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七夕         【雅尾ミャオ】

 日本一有名なカップル、織姫と彦星。『恋人たちのクリスマス』なんて曲があるこの世界で、聖夜にもお盛んにおよそ百四十字の独り言が呟かれるこの国。そんな日本で一番有名なカップルの、日本一有名な密会を邪魔してやりたいなどと考える、二人を阻む天の川を構成する六等星又はそれ以下のような考えの持ち主は多少なりともいるのではないだろうか。そして、そんな六等星又はそれ以下達の邪な考えは、多少どころではないその他大勢の無邪気な考えの持ち主達によって多少なりとも実現されているかもしれない。
 ショッピングモールの一角に立てられた笹に吊るされた短冊を眺めながらそんなことを考える。
 織姫と会う彦星。または彦星と会う織姫。待ち合わせ場所は射手座の右手辺りだろうか。多分彦星が先に来て、織姫がそこに
「ごめん!待った?」
 なんて言って来るのだろうか。彦星は、本当はあらゆるものの影が不自然なほどに伸びてやがて闇に溶け込んでしまう瞬間を目の当たりにできるくらい前から待っていたのだけど、
「いや、今来たとこ」
 なんて言うのだろう。
 一年ぶりに会ったものだからなんだかぎこちなくて、つないだ手もどこかこわばっているのだろう。
 そうして二人は天の川に沿って歩くのだろう。町の灯りに敷き詰めた星の絨毯の上をゆっくり歩くのだ。
 ただ、きっと素敵なデートはそこで終わってしまう。多少どころではないその他大勢の無邪気な考えの持ち主達によって。星をかき消してしまうのは、屋根によって星空を隔てた人々の、無関心な灯りだから。
 少し歩いたと思ったら、おもむろに立ち止まる彦星。その目の先には、無数の短冊。
 そう、彼らの、一年に一回の大事なデートの日は休日ではない。一年に一回の特別な仕事が課される日と丸被りしているのである。銀河一不幸なダブルブッキングかもしれない。二人分合わせたらクワトロブッキング。
 短冊を見つけた彦星は、デートの途中にもかかわらず、立ち止まってそこに書かれた無邪気な願いを叶えるべく仕事をしなければならないのだろう。(具体的に何をするのかは、俺は星ではないので分からないが)。
 織姫はそんな彦星を見て、オサレなお店でステキなお料理を食べている最中に彼氏が仕事の電話をしているような興ざめ感を覚えるのではないだろうか。とはいっても織姫も同様の仕事が課されているので、興ざめするのは彦星の可能性もある。そうやってお互いに興ざめし合い、七月には似合わない寒空のような寂しいデートタイムとなってしまうのではないだろうか。
 もしかしたら、お互い無邪気な短冊のせいで生じる特別な仕事に追われるあまり、デートの時間すら取れていないのかもしれない。俺は人生で約二十回七夕を経験してきたが、彼らが天の川を渡る様子を一回も地上から観察できなかったのはそういう事情があるのだろうか。地上からは観察できないだけで、本当は彼らにしか分からない方法で会えているのかもしれないが。
 ただ、地上からでは彼らの様子をきちんと観察することなどできないのならば、織姫様彦星様がきちんと年に一度の特別な仕事をこなしているのかも分からないのだ。
 七夕の夜、地上人達は日本一有名なカップルの逢瀬を週刊誌の記者のように見守っている。逆に、当の織姫様彦星様も、休日にカップルがおうちデートでアマプラで映画とか見るみたいに、無邪気な考えの持ち主が書いた無数の短冊を二人で寛ぎ眺めながら談笑しているかもしれない。
「ダイエットに成功したいなら、どうしてさっきお菓子とかたくさん買ってたんだろうね」
 とか、
「あの人、彼女が欲しいならまず寝癖を直さず外に出るのをやめたらどうかしら」
 とか言っているのかもしれない。短冊に書いた願いが叶うことに信頼性がないのは、そういう事情があるのだろうか。
 そんな様子を無邪気な考えの持ち主達が知ってしまったら、相当なショックに違いない。織姫様彦星様が、うっかりくつろぎシーンを週刊誌記者に撮られてしまうくらいの身近な距離にいなくてよかった。地球とその他の星が離れているのは、そういうプライバシー的な問題もあるのかもしれない。
 まあ、俺個人でいえば、織姫様彦星様が無邪気な人々の願望をダシにしておうちデートを楽しんでくれても構わないのだが。週刊誌に熱愛報道されるようなスーパースターも、本当はそっとしておいてほしいに決まっている。お星さまだって、年に一度の逢瀬くらいは幸せに過ごす権利はあるはずだ。
 だから俺は、
『よい七夕を』
 と、おせっかいな挨拶じみたことを書いた短冊を、背伸びして少し高い笹の葉に結びつけるのだった。
 
 

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