スーパーショート文学賞 No.17 天泣 灸

 鈍色の雲が風に浚われ、後には清々しい青空が残されている。
 それでも雨は降り続ける。陽の光を受けてキラキラと注ぐ滴が鍵の形に集まって、記憶の蓋をこじ開けようとしていた。

 この手が届くことなどない筈の人だった。何でも出来て見目も良く、誰に対しても優しい。いつだって集団の中心にいる、絵に描いたような人気者。陳腐なラノベか漫画にでも登場していそうなその人と、隅でひっそり気儘に過ごしていた自分とが交わる可能性はゼロに等しかった。
 それなのに運命の女神は何を血迷ったのやら、あの人と自分を強引なまでに引き合わせた。
 入道雲の下で初めて君と話した。
 友達だと笑った君の頬は紅葉より赤くて。
 寒々しい夜空なんて、君と分かち合った熱で忘れてしまった。
 ──何も、桜まで赤く染めなくてよかったじゃないか。君の好きな色に包まれて旅立ったのだと思えば、少しは安らかに眠れるのか。
 白と赤と黒を背にした君の目の形、頬の色づき、嗚呼、笑うときにはどんなふうに唇を歪ませていただろう。いつも身につけていた青が君の瞳にどう映っていたのか、今も分からないままでいる。

 空から落ちる雨粒が君の笑顔を滲ませていく。一度滲めば元通りにはならないけれど、日射しを浴びた水滴は極彩色に輝いている。
 瞑った目蓋の裏は、赤だけがひどく鮮やかで。君の赤と僕の青とがどうにも混ざってくれずにいる。
 目を開けば蒼穹はまだ遠く、手を伸ばそうにも届きはしない。もう少しだけ、このままでいさせてほしい。天の涙が、頬を伝う雫が降り止むまでは。


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