スーパーショート文学賞No.9 空に虹がかかる時 汐風
「あ、雨だ」
青く澄んだ空から、その明るさとは不釣り合いな冷たい雫が零れ落ちる。鞄の底で眠っているであろう彼を起こそうと手を差し込む。と、その瞬間、私を叩いていた雨がぴたりと止んだ。
「おはよう」
「おはよう、朝から災難だね」
頭上にできた影に声を掛ければ、陽だまりのような返答。その声の持ち主、私よりも頭一つ分大きい彼は、学科で一番の仲良しの陽向くん。眠そうにしながらも私が濡れないようにしてくれる姿は正に紳士。それでいて緩やかな空気を放つ彼の隣は私の学科唯一の癒しスポット。彼と話しているだけで疲れていてもたちまち回復してしまうのはきっと、仲がいいからなんて理由で説明できるものではないのだろうけれど。
「傘は?」
「忘れた」
ごめんね、折り畳み傘。君の出番は今日はないみたい。
「だったら一緒に行こうか」
「ありがとう」
陽向くんと居られて嬉しい反面、苦手である嘘を吐いたせいで悟られないか不安で仕方ない。今の空模様のように心がざわめく。どうにも晴れない気持ちを抱えながら、私は逆さの弧を顔に浮かべていつものように振る舞う。
「それでね……あ」
「どうしたの?」
彼は黒い傘を閉じて上の方を指す。つられて視線を上げれば、そこには。
「虹だ」
虹を見て、最初に伝えたいと思う相手が好きな人だ、なんてよく言うけれど。
「綺麗だね」
そう言って顔を赤らめる君が、私と同じことを考えているなんて、そんなことを思ってもいいでしょうか。
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