スーパーショート文学賞 No.5 空の君 来場者E

彼女が泣くと雨が降る。

政府はそんな彼女を拘束し、直属の施設に幽閉しました。

『降雨車』と無機質に名付けられた護送車は要人も真っ青の厳戒態勢で街を征きます。

明日は北海道、来週は沖縄まで、朝となく夜となく、彼女は泣くのです。涙腺がすり切れて、じくりじくりと眼の裏が痛みます。そうしてその悲しみにたえかねて、牢の中一人シクシクと涙を流すと、こんどは「泣くな!」警護の怒号がとびます。

「今日、この地域で雨を降らせる予定はない。早く止ませろ。特法日照権の侵害になる。」

彼女はピタリと泣きやみます。暴れてどうにかなる相手ではないとわかっていましたし、またぞろ妙な薬を(それを彼女は『笑顔の薬』と呼んでいましたが)打たれてはたまりません。

喉のひきつってひきつって息のできなくなるのはもうこりごりでした。つぶりしめた瞼から流れ出る熱いものが淡い軌跡を遺します。

日に日に弱っていく彼女を思って声を上げる人々も少なからずいましたが、水不足を盾にされると皆一様に口を閉ざしてしまいます。

そうして。

泣いて、泣いて、泣いて、笑って、笑って、すすり泣いて、霧のように泣いて、止んで、ぱっと泣いて、雪解けに泣いて、あはは、笑います。あはは、止められず、笑います。

喉を焼き切る乾いた吐息は熱風となり山肌をかけおります。微睡みに光る雫は夜空に散る星になります。その内に渦巻く激情は。

宙の彼方で、また星が一つ終えました。

地球には今日も、天気雨が降っていました。

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