スーパーショート文学賞 No.4 「狐につつまれたような話」 煤
No.4
狐につつまれたような話 煤
僕のランドセルは悟ったような声で歌った。
田んぼから拾い上げたばかりのそれはいつもよりも孤独に満ちていて。どうにか畦道に踏みとどまった僕は、実はそれすらやるせなくて、細く長い溜息を吐いた。
目尻に落ちた雨粒に軽く目をつむる。辺りの空気の機嫌を損ねないように腕を広げる。瞼の黒に秋空を見上げた。空に張りついたように遠くの山々から響いてくるうなり声は、僕のそんな姿を気にも留めない。
頬を伝う雫は温く、冷たく、温く。太陽の光は、こんな僕には、平等にしか降りそそいでくれない。
いっそのこと──
雨に冴えた頭が導くのは、たった一つの答え。
僕は昔見た映画のワンシーンを思い出した──ああ──腕はめいっぱいに広げたまま、視界を埋め尽くす小麦色の田んぼにゆっくりと背を向ける──ああ、誰も──太陽の光をともなって降り注ぐ雨は一層強さを増していた。僕を責め立てる──誰か──声を上げるまもなく、僕の体は傾ぐ。天が落ちていく。世界が遅れていく。終わる──終わる。
目が合った。
山並みから畦道へと足を、その黒ずんだボロ布のような足を引きずりながら。何対にも連なる赤提灯のような胴節をうねらせながら。鈴のような足音を高らかに響かせて。その背から顔にかけて一列ずらりと並んだ紅白の文様は、いつかお祭りで見た狐の面に似ていた。
その姿が視界から消える最後の一瞬。
その狐面は笑った。
──いっそのこと。
いっそのこと、見捨ててくれたら良かったのに。
田んぼで入水などという馬鹿なことを考えた冴えた頭は、すっかり晴れ渡った秋空を眺めて、そう呟いた。
いっそ誰にも見捨てられてしまえたら、どれほど楽だっただろう。
「なんだよ、あれ」
久しぶりに。そうだ、久しぶりに、僕は笑った。
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