堀川波鼓

先日の卯月紅葉に続けて卯月の潤色を読もうかなとも思ったのだが、収録順に堀川波鼓を。文庫でも読んでいるので再読。
世話物だけピックアップして年代順で読んでいるのだが、成立年が資料によって異なる影響で、どの順で読むべきか分からなくなっている。素直に全集の収録順に従えばよかったかな。

姦通物の中でも一番リアルというか、酒の勢いで姦通、しかも妊娠までするのがその名も「おたね」である。
「姦通しました」が、「思はず誠の恋となり」と表現される。
口止めするはずが、何をどう考えて帯をほどいたのか、ほどかせたのか…。

歌舞伎では昨年やっていたのだが、多分、最初に読んだのがその前後で、この内容を歌舞伎でとなると随分生々しいのではと思った記憶がある。

嘘は嘘で塗り固めることになる、綻びを繕えどまた綻ぶ。上巻は少々説教臭い見方もできるが、では、きっかけを作った床右衛門をどう退けるべきだったのか、というのは分からない。
また、この床右衛門は、源右衛門との姦通の証拠を抑える役割を担う。悪い奴だが役を果たせば放っておかれる、そんな立ち位置。

下巻で敵討ちに向かいながら、「きらず」「うたない」などの言葉を耳にして二の足、しかし「きったり」「(鼓を)うて」で打ってかわって勇み出す。
キーワードかあちこちに散りばめられているのは浄瑠璃の常であると共に、登場人物自身が言葉遊びをしている。験を担いでいる、と言うべきか。
読み手(義太夫の聴き手)や、恐らくは江戸時代の観客達が言葉を楽しむと共に、作中でも言葉を弄んでいるのだな。

鑓の権三重帷子でも、馬から落ちて落馬して笑われる場面があったと思う。これは笑いの要素でもあるが、登場人物が言葉を楽しむ姿を見ると、浄瑠璃(特に世話物)は本当に当時の町人達を描いているのだなと感じる。

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