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no.5

朝から暑い日。黒いワンピースが熱を吸収しているのを感じながら、今日も喫茶店の扉をひらく。

色のついたガラス戸で、やっているのか一瞬不安になる。中に入ると新聞を読む常連さんが1人。お店の奥さんがいらっしゃいと声をかけてくれる。奥の方が涼しいよと言われ、入り口近くのゲーム機つきテーブルに未練を感じながら奥に向かう。奥のスペースは一段高くなっていて、深緑色の絨毯みたいな材質の壁に水槽が埋め込まれている。左右に電車の窓みたいに並ぶ水槽には、金魚やら小さい魚やらが泳いでいた。

モーニングセットを運んできてくれた奥さんが、お皿を置きながらはい、よろしくーと言う。トーストとサラダ、目玉焼きに薄いハム。コーヒーはなんだか懐かしい味がした。座った席の横の水槽にはなんとすっぽんがいて、首を伸び縮みさせている。時折前方の窓の中にいる金魚と目が合う。
1人、また1人常連さんが入ってくる。奥さんはおじいさんにあっついなーと声をかける。でもこれもずっとは続かないから!と言う。高らかに笑う声がなんだかとっても頼もしくて、言葉のひとつひとつに説得力があった。
クラシックが高貴に、しかしとても穏やかに流れている。

お店は今年の秋に50周年を迎えるらしい。敬意と感謝が勝手に溢れておめでとうございますと言うと、また高らかに笑われてしまった。この空間が積み重ねてきた時間の中に、ほんのちょっと、私も混ぜてもらう。おもてなしとかホスピタリティとかそういう言葉ともちょっと違う、懐の深さにただただ惹かれる体験だった。

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