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no.6

その喫茶店は入り口右側のショーケースがたまらなく洒落ていて、高さの違う円柱のお立ち台に、オムライスやハンバーグなどの食品サンプルが並ぶ。
扉のガラスはくもった色をしていて中の様子がよく見えない。良い喫茶店によく見られるギャンブル性のある入り口だ。

お店の中央には金色の円盤が無数に連なり吊り下げられたシャンデリア的なものがあり、エアコンの風を受けて定期的にカラカラと音を立てる。音楽は流れておらず、テレビもついていない静かな空間に響くカラカラは、なんだかちょっと異世界への通路のよう。その真下には六角形のテーブルが置かれ、10人ほどが囲んで座れる席になっている。トイレの入り口やキッチンへの扉は上部が丸く、その時代の建築のおしゃれさを感じる。
サラリーマンらしいお客さんが席を立つと、その奥に水槽が見えた。小さくて青い、電気スタンドで照らされた四角の中で美しい金魚が2匹泳いでいる。映画の小道具みたいだと思った。

猫のエプロンをした奥さんがキッチンの旦那さんに注文を通す。

よく切れるナイフでポークソテーを食べる。一緒に運ばれてきたのはスープでなく味噌汁、しかも挽き肉が入っていて驚いた。しかしなんだかそんなちぐはぐさも愛おしく感じる喫茶店マジック。
サラダのドレッシングは甘さと柑橘の味が効いた手作りの味でごく薄い輪切りのきゅうりと切り込みの入ったトマトが添えられている。ポテトサラダはなつかしい味。洋食屋さんで修行した人が作っているのかしらと思う、ちゃんと美味しい味がした。

ごはんを食べ終わる頃、ミキサーの音がしてバナナジュースがでてきた。コースター代わりの銀のプレートが美しい。


突然流れ出すクラシック。食事と一緒に当たり前のように塩と醤油が運ばれ、当たり前のように楊枝が置いていかれる。何十年も続く当たり前がわたしには少し新鮮で、こういうお店のお客への寄り添い方にぴったり合う言葉を、わたしはずっと見つけられずにいる。いつか答えがみえるかは分からないけれど、なくならないでほしい大好きなお店がたくさんあるから、通い続けなければならない。

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