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アミューズメント洋食屋


お昼ごはんにと思っていたお店にふられ、それならばと以前からマップに印だけつけていた洋食屋を目指す。
最後の角を曲がると、店の前に人の列。ちょっと驚いたけれど、急いでいるわけでもないので最後尾にそっと並ぶ。

お店のお姉さんが列の先頭から注文をとると、どの人もオムライスで、と答える。
おやおや、私、ポークチャップとエビフライとオムレツが一緒にのったオリジナルランチにしようと思ってたんだけどなと、マップの写真でメニューを見返す。なるほどオムライスは曜日限定らしい。

満を持して先頭。「よかったらご注文お伺いします」「オムライスをお願いします」見事に流された。

お待たせしましたと声をかけられ暖簾をくぐると、店内は想像とあまりに違う。コンパクトなお店の真ん中に厨房が鎮座し、それをぐるりとまるく囲むカウンター。そこに人々が並んで座り、マスターが鍋を振るう様子を眺めている。
外からは全く見えていなかったその様子に、内心キャーキャー言いながら椅子に座る。黙っていたけど確実にニヤニヤはしていたと思う。

そこからは完全にアミューズメントだった。
深さのある鉄フライパンに卵が敷かれ、ケチャップライスが重なってくるくる。滑るようにお皿に乗り移り、ふわりと形作られる。なんと気持ち良いんだろうか。魔法みたいに次々に生まれるオムライスを、自分の前に並んでいた人数と照らし合わせながら眺めて待つ。
こんなにじっと見たらやりづらいかしらとちょっと気が引けたけれど、このカウンターのつくりはきっと、それも込みで楽しんでねということだよなと自分勝手に解釈してずっと見る。

ついにあれは私のオムライス。
ソースをかけられて差し出されたオムライスを、食い気味にいただきますと伝えながら受け取る。
たまごの表面はしっかりしているけれどケチャップライスとの境目は生に近いので、スプーンを入れると茶色いソースに黄色がとろりと広がる。たまごとしっとりしたケチャップライス、ソースをいっぺんに口に入れると、これこそオムライスだ、と幸せな気持ちに満たされた。

後から入店したお客さんがビフカツを注文したおかげで、オムライス以外の調理過程も目撃できた。
茶色いビンで肉を叩いてから下味をつけ、パン粉をまとわせる。パン粉は作業台の引き出しの中にびっしりと敷き詰められていて、コンパクトなスペースでいろんなメニューを作るための工夫にいちいち感動してしまう。全然飽きない。

そしてお店をまわす3人のチームワークが何より美しい。マスターが手際よく調理する横で、女性がごはんをよそっておいたりパン粉のカスを取り除いたり、美味しく素早く作るために必要な作業を次々こなしている。そしてもう1人が客席を片付けて注文をとる。これまた無駄なくスピーディーで、ごちそうさまでしたと聞こえてから外で並ぶ列の先頭に声がかかるまでが一瞬。あまりに完成されたチームプレイに、マスターと奥様と娘さんなのかもと勝手に想像する。

もう一つ、マスターが鍋を振る時の頭や目の動きが、陶芸家であるうちの父がろくろを回す時のそれによく似ていて、まさに職人だと思った。長年その作業を繰り返した人の動きはかっこいい。
たまにチラリと壁のテレビに視線が向くのもなんだか良かった。

流されてオムライスにしたのは大正解だったなと思いつつ、他のメニューも食べてみなければとも思う。ああ、いい食体験をありがとうと満たされた気持ちで暖簾をくぐった。


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