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木憶

霧島葵は、早朝の冷え込む空気を感じながら、鈴木拓海の研究室へと足を運んでいた。昨夜受けた依頼が頭から離れない。依頼人は、拓海の死が単なる事故ではないと訴えていた。彼女は深呼吸をし、古びた木製のドアを押し開けた。

研究室に足を踏み入れると、葵はすぐに周囲の空気が重いことに気づいた。壁には歴史的な地図や古い写真が所狭ましと貼られており、デスクには無造作に積まれた書類やノート、書きかけの論文が山積みになっている。部屋の中央には、開いたままの大きな古文書が置かれ、埃が薄く積もっていた。それらをじっくり見ていると部屋の奥で何かを探している音が聞こえた。葵は声をかけた。「涼子さん、ここにいらっしゃったんですね。」
彼女は驚いたように顔を上げた。目には涙が浮かんでいる。今回の依頼者で被害者の妻の涼子さんだ。
「霧島さん、どうも。こんな形でお会いすることになるなんて……」
「お悔やみ申し上げます。鈴木先生のこと、とても残念です。彼の研究について少しお伺いしたいのですが。」
涼子は悲しそうに頷き、葵に向かって歩み寄った。
「ええ、もちろん。拓海はここで多くの時間を過ごしていました。彼の研究は彼の人生そのものだったんです。」
葵は机の上の資料に目を向けた。その中には、「記憶の木」に関するノートがあった。
「これが彼の最後の研究ですか?」
涼子はノートを手に取り、優しくページをめくった。
「そうです。彼はこの『記憶の木』の研究にすべてを捧げていました。この木は、過去の人々の記憶を吸収し、保持する力があると信じていました。」
葵はノートの内容に目を通しながら、気になる一文を見つけた。
「『記憶の木の秘密を知る者に注意せよ。木に触れた者は真実を見ることになる』……このメモについて何かご存知ですか?」
涼子は少し戸惑った表情を見せたが、やがて話し始めた。
「拓海は、何か重要な発見をしたと私に言っていました。でもその詳細は、私も知りません。ただ、彼は何かに怯えているようでした。」
葵は涼子の言葉に耳を傾けながら、デスクの上に置かれた留守電のメッセージ機器に目を向けた。
「もしよろしければ、彼の最後のメッセージを確認させていただけますか?」
涼子は静かに頷き、メッセージ機器の再生ボタンを押した。
留守電のメッセージから鈴木拓海の声が流れた。
「霧島さん、重要な発見をした。あなたに見せたいものがある。急いで来てくれ……」メッセージはそこで途切れた。葵はその言葉に胸がざわつくのを感じた「彼が見せたかったもの……それが、この事件の鍵かもしれませんね。」
涼子は悲しげに頷いた。
「どうか、真実を見つけてください。拓海のためにも……」
葵は研究室を後にし、調査を進めるために鈴木拓海が生前交流していた人物たちに話を聞くことに決めた。私は生前彼らと交流があったため、いつもより気合が入った。

その日の午後、葵は大学の歴史学部の教授、藤崎直樹のオフィスを訪れた。藤崎は拓海の同僚であり、彼の研究について詳しい人物の一人だった。葵は礼儀正しく挨拶をし、藤崎の反応を観察した。藤崎は知的で温厚な印象を与える男性だった。
「霧島さん、鈴木のことを調べているのですね。彼の死については非常に残念です。何でもお力になれればと思います。」
「ありがとうございます、藤崎先生。鈴木先生の研究内容についてもう少し詳しくお伺いしたいのですが、彼は『記憶の木』に関して何か重要な発見をしたと言っていました。そのことについてご存知ですか?」
藤崎は少し考え込み、慎重に言葉を選んで答えた。
「ええ、鈴木は確かに『記憶の木』について熱心に研究していました。しかし、彼が具体的に何を発見したのかについては詳しくは知りません。ただ、彼が最近非常に興奮していたことは確かです。」
葵は藤崎の話を聞きながら、何か隠されていると感じた。
「鈴木先生は何かに怯えているようだったという話も聞きました。何か心当たりはありますか?」
藤崎は微かに眉をひそめた。
「それは初耳です。彼はいつも冷静で、理性的な人物でしたから。しかし、研究が進むにつれて、何か大きなプレッシャーを感じていたのかもしれません。」
葵は藤崎の言葉に疑念を抱きつつも、次の手がかりを探るために礼を言ってオフィスを後にした。

その夜、葵は鈴木拓海の自宅を訪れた。彼の未亡人である涼子が待っていた。涼子は葵を暖かく迎え入れ、リビングルームに案内した。部屋の中には、拓海が生前に愛用していた書斎があった。
「霧島さん、こちらが拓海の書斎です。彼がここで多くの時間を過ごしていました。」
涼子は静かに言った。葵は書斎の中を注意深く見回し、何か手がかりを探し始めた。すると、一冊のノートが目に留まった。ノートには、拓海が最後に書いたと思われるメモが挟まれていた。
「このメモ……」葵はつぶやきながら、メモを読み上げた。
「『記憶の木に隠された秘密を知る者に注意せよ。木に触れた者は真実を見ることになる』」
涼子は不安げに葵を見つめた。
「そのメモ、拓海が何か重要なことを掴んでいた証拠かもしれませんね。」
葵はメモを手に取り、慎重にページをめくった。その中には、拓海が「記憶の木」に関する詳細な研究記録や、最近の進展についての記述があった。彼は何か大きな発見をしたと確信していた。
「涼子さん、鈴木先生が最近会っていた人物について教えていただけますか?特に、彼の研究に関心を持っていた人物がいれば。」
涼子は考え込み、答えた。
「藤崎直樹先生とは頻繁に連絡を取っていました。彼は拓海の同僚で、同じ研究テーマを共有していたようです。」
葵は藤崎が関与している可能性に気づき、さらに調査を進める決意を固めた。

翌日、葵は藤崎直樹のオフィスを再訪した。今回は彼の態度に注意を払い、より具体的な質問を投げかけた。
「藤崎先生、鈴木先生の最後の研究についてもう少し詳しくお伺いしたいのですが、彼が『記憶の木』に関して何か重要な発見をしたと話していたのを覚えていらっしゃいますか?」
藤崎は一瞬目を逸らし、冷静に答えた。
「ええ、彼は何か大きな発見をしたと興奮していましたが、具体的な内容については話していませんでした。ただ、彼が最近非常に緊張していたのは確かです。」
葵は藤崎の反応に違和感を覚えつつも、さらに踏み込んで質問を続けた。
「鈴木先生が最近接触していた人物について、何か情報をお持ちですか?」
藤崎は不自然なほどに静かになり、口ごもるように言った。
「拓海が特に頻繁に会っていた人物といえば……私くらいです。彼の研究に興味を持っていただけで、特に深い関わりはありませんでした。」
葵は藤崎の態度に疑念を抱きつつも、今後の調査の方針を決めるために彼のオフィスを後にした。

葵は涼子さんと今までの経緯をまとめ怪しい人物について詳しく調べることにした。すると藤崎が犯人である証拠が挙がり証拠を警察へと渡した。

後日警察から犯人を逮捕したと連絡が来た。依頼が解決したという報告と、料金を支払ってもらうため、刑務所へと向かった。

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