見出し画像

3-1 女主人、割とすごいことをポロッと言って割とすごいことをポロッと行う 小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~




本来は休憩するほどの道のりでもないような気もするのだが、道の途中で、ちょっと休憩しましょうか、とマーヤが言い出して、オープンカフェ形式の茶亭に入った。

金髪の美男の給仕は、美しい若い婦人、しかもやや東洋の血の入った珍しい稀人とみて喜び、ひさしの近くの、通行人から目立つ上席に案内しようとしたが、マーヤは奥まった席をえらんだ。

ディミトリは「俺は馬の世話でもしながら待ってます」と遠慮しようとしたが、マーヤは自分のテーブルに、もう一つ茶を頼んで、ディミトリを強引に座らせた。

しかもそんなディミトリにマーヤは唐突にとんでもないことを質問したのだった。

「あのうディミトリさん、わたくしディミトリさんに聞きたいことがあって」

「は」

「あの、ディミトリさんでも、別に好きでもなんでもない女性でも、そのう、女性の身体をちょっと触ってみたいとか、口づけしてみてもいいかな、とか...そういう感情って、あるものでしょうか」

「!」

ディミトリはさっきの馬上でのことを思い出してかっと顔を熱くしたが、その表情にはいつものてれてれした笑顔の恥じらいの感情ではなく、珍しく屈辱の固い表情があった。

「いまさら....さすがにちょっと...ひどい言いぐさじゃないですかね...!俺をこんなところにまで連れ回したのは、貴女ですよ?!貴女が望んで俺をここまで連れ回したんだ。しかも遠慮なく腕を回せなんて仰って、その挙句に..その良い草とは」

「え?」  

いじけていたはずのマーヤはぽかんとして、想定外の方向に怒り始めたディミトリを見つめた。

ディミトリの敗戦奴隷の首輪と、いかにもいかつい姿。

長年の必死の努力の甲斐あって、「敗戦奴隷らしからぬやさしい穏やかな人物」との評判を手に入れ、いまや女子供にもまあまあ好かれてはいるが、それでも今でもたまに初対面の女性からは汚らわしい存在として心底恐怖されたりすることもある。

そういうときのやるせない気分が、今の気持ちに重なる。

「さっきので俺が気持ち悪くなったんですね、そういえばさっきからマーヤ様はなにやらお怒りでしたもんね、やっぱり俺は危険だ、こんな男は家には入れられないわ、書庫の整理は良いから帰れ、ってことですね…だが、いまさらそこまで仰るなら...はじめから馬で二人乗りなんぞお受けにならないで欲しかった!」

ディミトリは自分らしからぬ畳み掛けるような早口の口調でマーヤを責めてしまった。無礼なふるまいと自覚しつつも、引っ込みがつかず嫌な態度が止められない。

「えっ、えっ…?」

「ええ、ええ、構いませんよ、馬上で俺に触られてさぞかし気持ち悪かった事でしょう。申し訳ありませんでした!俺は、いま直ぐ帰ります。馬車でもお呼び致しましょう」

ディミトリが何とも険しい表情で幾分震えるような声で呟いたのを見てマーヤは大慌てで言い直した。

「待って!何を馬鹿な事を仰るの!違うの!違うの!あべこべの意味ですの!最近わたくしがディミトリさんに嫌われているようなのがあまりにつらくて聞いてしまったのよ!」

「へあッ?!」

そのうえマーヤは堂々と割とすごいことを言った。

「あのう、わたくしとしては、さっき馬上のディミトリさんの腕、ものすごーーく温かくて本当にきもちようございましたわ!自分の腕と全く違う、逞しい感触で...わたくしどきどきしておりましたわ」

「?!?!」(この人!いま何て言った?まさか?聞き違い?)

「でもディミトリさんは、腕を回すのもいやいやな感じでわたくしをひどくお避けになったではありませんか!...よっぽどわたくしがご不快なんだなぁと...さすがに悲しくなってきて...そりゃ、好き嫌いはディミトリさんのせいではないですけれど、悲しすぎてちょっといじけてしまいましたの...ごめんなさい」

「え、マーヤ様が悲しい?え?な?!ちょっと待って下さい、いや、俺の方がこんなに近づいてはどんなに怖がられるか、嫌がられるか、とさっきからびくびくしていたんでさぁ、俺がマーヤ様を不快になど思うわけありません」

(てゆうか!この人!さっき、何て言った?俺の腕にどきどきしたとか、それどころか、き、きもちよかったとか、なんかそんなことおっしゃった?よな?え?)

「本当?本当に?わたくしの事が嫌で避けているのではなくて?でも、最近特に...ヨサックさんの一件以来...ほらあの時私がディミトリさんにとても無礼なことを申し上げてから、ディミトリさんはわたくしだけをお避けになるご様子で…他の女性には変わらずお優しいのに、わたくしだけ!いつもわたくしだけ避けなさる!」

マーヤの瞳には今すぐ落涙せんばかりに涙がたまっているのを見てディミトリは呆然とした。

「は?!ま、まさか!...あり得ません、マーヤ様を避けるつもりなど、決してありません!...あ...ひょっとして...!ええと…その、ご存知のように、俺、ちょっとしたことですぐ情けないくらい顔が赤くなるもんで、その、その、とくに最近もう、マーヤ様の前だと毎回アホみたいに赤くなっちまって、その、それが恥ずかしいもんで、あんまり近くにマーヤ様に寄られるとびびっちまって一歩下がることは...あるにはありますが...まさか、そ、そのことを仰ってるんですかね?」

「本当に?本当にそれだけ?わたくしを特別嫌ってる訳でなくて?!なら嬉しいのですが。...あと...もう一つ聞きたい事があるの。」

「は、はぁ」

続けてマーヤはさらにとんでもない事をディミトリに訊き始めたのだ。

「さっきも言いかけた事ですけど、あのそのディミトリさんて生理的に女性嫌いとかそういうのって、あります?...ディミトリさん以外の世間の男性って、その、ほら、ザレンのお爺様とか典型的ですけれど、特に愛情がなくても、どんな女性でもちょっと触ってみたいとか口づけされてもいやな気はしないとか、そういう風に聞きますけど、ディミトリさんて、いつも女性には決して触れようとしないし、ザレン様みたいな色っぽい冗談は決して仰らないじゃない?だからその...ちょっとお坊さんみたいな...なんというか、わたくし、いえ、女性にちょっと触られるのも心底ご不快…だったりします?」

「な!いや、その、マジでそんな馬鹿なこと考えてるんですかい、いやそのあの!酷い照れ性なだけでその...しかし、何ですか!なんで突然そんな話を!」

「本当?女性が不快なのではなく、単に照れ屋さんなだけ?もしも照れ屋さんなだけなのなら凄くうれしいのですけど…」

(え?うれしいだと?はぁ?)

ディミトリは混乱してきた。マーヤはさらに訳の分からない事を言いはじめる。

「じ、じゃあ、もうちょっとズバッと聞きますわね。その、仮に、ディミトリさんにとって興味がない女性、想い人でも何でもない女性がいるとするじゃありませんか」

「は、はあ」

「その女性が、もし急に、その...抱きついてきたり...口づけしてきたりしたら...凄く不快?それとも、別にまあ、一回くらいなら許せる?」

「????」

「後腐れもないの。ただ一回だけそういうことされて、ありがとうって言って去っていくだけ」

「そ、それが嫌かどうかをマーヤ様の前でいま俺の口から言えと」

「教えるのはどうしても嫌?本当に本当に大切な事なの!!!」

「??...まあそりゃ...俺も男ですから...ありがたいくらいで特に嫌なわけもねえすけど...何ですかまさかそういう事がしたいって言ってる年増の婆さんでもいるとか...?まさか」

「解った。じゃあ目を閉じて」

「ちょと待って!ちょ!もうその婆あが近くにいるんですか?!それで俺をこの茶亭に連れてきたんすか?!」

「お願い!...悪いけど、じゃあこれは命令って事でお願いしますわ!ほら前に、本当に大事な事ならば多少の無理でもわたくしの命令を聞いてやる、ってわたくしに言ったわよね?!...ばかばかしいとお思いでしょうが、これはわたくしにとっては本当に本当に大事な事なの!一生に一度あるかどうかというお願いなの!どうかわたくしのわがままをお聞き届けなさって!...お願い、とにかく目を閉じて!!」

「いや、そんなアホな命令って、いくらなんでもマーヤ様の目の前で知らねえ婆あに抱きつかれるのはちょっとかんべんし」

その瞬間、マーヤはディミトリの両目を、白いしっとりとしたマーヤの両手で覆い、マーヤはディミトリの椅子の隙間に片膝ついて、ディミトリにほとんど襲い掛かるような姿勢で、ディミトリの唇に自分の柔らかい唇をそっと押し付けた。

そのままマーヤはディミトリの唇と頬にさらに繰り返し柔らかく唇を押し付けた。


ここから先は

0字
あまりにもエゲツナイごくごくごくごく一部部分以外は★無料★ですよ!

昔々ロシアっぽい架空の国=ゾーヤ帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?