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13-3 爺 飼い犬に噛まれ喜ぶ【小説:女主人と下僕】


そしてディミトリはザレン爺に向き直り、すたすた歩いて、ザレン爺が居る巨大な書き物机に両手を置きザレン爺ににじり寄って頭と頭が触れ合わんばかりに接近して顔を突き合わせ、そして目を怒りに光らせ、囁くようにザレン爺に告げた。

「先日、ザレン様は俺の妻に、義理の祖父になる契りを結ばれ、そのついでに勝手に俺の妻を抱きしめなすったと言うお話ですなぁ!」

(ほう。本当にディミトリに真っ向から伝えたか。マーヤ)

「いかにも」

「その時にマーヤからもお伝えしたと思いますが…今後は夫である俺の許可なしではマーヤに触れるのは、二度とならねぇ!」

普段見せない怒りをあらわにするディミトリは大きな猟犬のごとき迫力があったが、ザレンは全く動じず、ほとんどにやにやしているぐらいに悠然とした表情で嘲笑うように言い放った。

「ふ、ふ、で?それをわしがなぜ守る筋合いがある?守ってどんな得がある?…このわしにお前がそれをどうやって守らせる?」

ディミトリはそんなザレン爺にひるむどころか、やはりそう来たかというような顔で表情を変えず返した。

「要するによ、爺様は、爺様そっくりだがまだまだ若いこの俺が、爺様の代わりにこの街でガツガツ稼いで思いっきり暴れまくるのを、冥途の土産にもう一度眺めて愉しみたいんだろう」

「そうだ」

「俺という操り人形を使って、爺様の若き青春の再演ってやつか」

「ふ、ふ、まあそんな風に思っておけ」

「吐くほどくだらねえ…そんなくッだらねえ事が一体全体何が面白えのかさっぱりわからないが…任しときな!お望み通りやってやる…俺はまだまだ爺様が驚くようなタネを隠し持ってるぜ?解った解ったもう勘弁と言いたくなるほど程堪能させてやるから、大人しく桟敷席にちょこんと座って見てるがいい。これが交換条件だ!残念だったなぁ、あんたがどれだけ脅して見せたってあんたがやりたい企みは、この俺にしか出来ない仕事なのは解ってるんだよ…!」

ザレン爺の目がギラリと光った。

「おぅや…?いつもめそめそおどおどと遠慮ばかりしているお前にしてはずいぶんとハッタリの効いた台詞だな」

「ただし!もし今後マーヤ様にちょっかい出した時は、こないだ申し上げた通り、ザレン茶舗全店舗をぶっ潰すのはもちろん、ザレン様を死んだ後まで墓の中で後悔でひいひい泣くほどの目に遭わせてご覧にいれます。…潰すのなんて、稼ぐより10倍も簡単だって事は忘れないようにしておいた方がいい」

「うむ、うむ、上手いぞ、可愛や、その調子だ。ようやく解ってきたな。男が生きる方法はたったひとつしかない。手札が無いなりに、それでも自分の手札を上手く切って交渉する、それだけなんだよ、残念ながらな」

ディミトリはザレン爺にずいと近寄った。

「いいから返事しろ。二度と俺の女房に勝手に触らんと、ここで、誓え」

「うむ。いいだろう!お前がいい働きをする限りは、少なくとも『わしは』手を出さんで置いてやろう…『わし』はな。ふ、ふ。まずはそこは約束してやる。あとはお前の働き次第で決定する!」

そう。ザレン自身は『は』手を出さないとしても、ザレンにみっちり女たらしの技ととてつもない性技を仕込まれた色男を何人もマーヤに差し向けられる危険はいまだに大ありなのだ。

だがマーヤの前で爺にこれだけ誓わせただけでもディミトリの今の立場でできる限界まで交渉に成功したとも言える。

ディミトリは表情を変えずに無言でザレン爺をそのまま睨み続けた。

ザレン爺は、鎌首をもたげたヘビのようなどこか無機質な瞳を光らせた。そして覆いかぶさるように至近距離で自分を睨め付けるディミトリなど何も感じないかのように、悠然と真っ直ぐに下からディミトリを見上げて

「ディミトリ。今日をもって、今後、一生、相手のモラルやら優しさに訴えて事をなそうとするのを、金輪際、諦めい!」

と一喝した。一喝、と言ってもそれは大声でもなんでもない静かな落ち着いた声だったが、背筋にぞくっとする何かを含んでいた。だが前と違い、ディミトリはザレンの底知れない瞳にひるまずしっかりとザレンを睨み付けたまま答えた。

「ようっく理解いたしました…先日のザレン様のクソ忌々しい破廉恥なご教示のお陰様でね!」

そしてディミトリはザレンを上から睨み付けながらも、ザレン爺の書き物机についていた手を離し、二歩下がった。そして姿勢正しく胸を張った直立から、ゆっくりと床に片膝ついて、さらに礼儀に乗っ取り、五指をキッチリとそろえた右腕を心臓の上に当てるようにして、皮肉なほどにうやうやしく跪いた。しかしディミトリの瞳は輝くように見開かれてザレン爺の眼を真っすぐに見つめそして口元には威嚇というよりもどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

「商売をはじめとして、幾多の、数限りない、ザレン様の的確な御導きに、わたくしは深く感謝しております。今後も、ザレン様の、他では得ることの出来ない、唯一無二の御指導を賜ることを切に願います。いままでもこれからも、わたくしディミトリは『ザレン様おひとりのために』誠心誠意、気張らせて頂きます…誓約が守られる限りは…!」

ちょいと芝居がかっている程のディミトリの最敬礼を、ザレン爺は軽く眉をあげつつ相好を崩しながら満足げに見つめた。

「む、最後はメリハリの効いた礼節のある立ち振る舞いで締めたか。うむ、今日のお前の返事は引っ込み思案なお前らしからぬ、ずいぶんと奇抜で破廉恥なショーであった。わしの言わんとすることが解ったようだな、ディミトリ。堪能したぞ…満足だ!…よし、では、仕事に戻れ。それと、店を閉めた夕飯後に例の店の買収の進捗の報告に来い」

「御意に」

そしてディミトリは立ち上がり、最後にマーヤにさっと駆け寄って名残惜しそうにマーヤの肩に一瞬口づけした後、踵を返して帰っていった。




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