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9-4 ザレン爺との遊戯 ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~




前話↓


女主人と下僕 ツタ


手の甲とはいえ、ザレン爺に接吻されたままなのに、目の前に愛するディミトリが呆然と突っ立っている...!


ディミトリの驚き見開いた瞳を見てマーヤはいまさらきゅうっと心臓が縮むのを感じた。

冗談半分に受け入れてしまったのは、大きな間違いだったのかもしれない。

手の甲にキスなんて社交場でのあいさつでもやるけれど、何かがまずい...何かがまずい....

…どうしよう!こんな遊戯を受けるんじゃなかった!!!

マーヤの心が動揺している反面。

手の甲こそびくともしないようにしっかり握られているとはいえ、ザレンの愛撫は、予想外に、呆れるほど淡い、つまらないような、やさしいものだった。

何かがおかしい。

ザレンは今度はひげ面の自分の頬や、脂っこい皺だらけの額を、マーヤの手の甲にそうっと繰り返し押し付け始めた。

それはつまり、社交上の貴婦人の手の甲に行う形だけの接吻の、さらに簡易的な省略形だ。

位の高い貴婦人のために、唇を使わず、形式的に手の甲に自分の頬や額を軽く接触させるだけのことを接吻にみなす、畏まった形だけのあれだ。

もしくは、枯れた上品な老人が、親戚の小さな孫なんかに、わざと畏まって大人のレディー扱いして、孫を喜ばせてやる、そんな時にやるような気障な動作だ。

だが、ちょっと違うのは、そのザレン爺がマーヤの手の甲に頬を押し付ける動作は、畏まった挨拶の時のようにたった一回ではなく、何度も何度も繰り返し、続けられているということである。

先日のディミトリのように手のひらをぐりぐり舐めまわすようなことなどなく、比べると何とも頼りない優しさ。

「ディミトリ、マーヤのちょうど前のそのソファーに座れ」

「...マーヤ様?えっ…あのザレン様?…これはいったいどういうことなんで...?」

あまりの意味不明な状況に混乱してしまったらしく、ディミトリは素直に言われたとおりに座ってしまった。

ソファーテーブルをはさんで、出入り口側の3人掛けのソファー中央にディミトリ、奥側の3人掛けソファーにマーヤとザレンが座っている。

要するに3人はひとつの応接テーブルに寄り集まって座っている。

ディミトリとザレン達の間には応接テーブルが挟まれているが、ディミトリが身を乗り出して手を伸ばせばマーヤに触ることができる程度の近い距離だ。

思えば滑稽な状況ではある。

手が届きそうな至近距離のかぶりつきで、ディミトリは爺いとマーヤの戯れを眺めさせられる形だ。

ザレンは片頬を歪ませるような笑みを浮かべしかし目をギロと光らせながら言った。

「…ディミトリ、どうした?わしの事を絶対的に信頼してるんだろう?…そのまま見てろ」

皮肉な嘲りの声だった。

今度はザレンはソファーから立ち上がった。

ザレン爺はすたすたとソファーを回り込んでマーヤの真後ろに立ち、後ろから、今度はマーヤの髪を手ぐしでそろりそろり、サラサラと解きほぐした。しかしマーヤのを挟んで、眼だけは、向かい側に呆然と座っているディミトリをギロリと見下ろす。

そんなふたりの睨み合いはマーヤには見えず、マーヤが感じているのは背後からの触るか触らないかの、ザレン爺の乾いた熱いくらいに温かい手のひらの

柔らかい、柔らかい…刺激。

ただひたすらに優しい撫で方だが、それでもマーヤは動揺して向かい合わせのディミトリに目を合わせられず顔を背けてしまった。

「おお…!!!そうだった…この感触を忘れていた…こうやって東洋の黒髪を梳くのは何十年ぶりの事だろう…万本ものすべてが真っ直ぐな…東洋のカメリアの照り葉のように艶やかで…ひんやりとした…夏のせせらぎに手を入れた時のような…思い出すな...昔の恋を...」

やはり何かがおかしい。

想像と違う。

例えばザレン爺はマーヤの肩でも抱いてディミトリの目の前でこれ見よがしに軽い接吻のフリでもするのかしらと考えていたが、

そうではなかった。

寝入ったひよこを起こさないように撫でる程度の、だから何?と尋ねたくなるような淡い淡い刺激は、髪の毛の上に手をかざしているだけではと思うような触るか触らないかの刺激は、更に、どんどん、どんどん淡くなる。

えっ…???きもちいいけど…こんな事をしてなんだというの…?

でも本当に良かった。これならディミトリが怒ることは無いわ。

徐々に、マーヤは安堵し、正面のディミトリに向かって「大丈夫よ?」という顔で微かに微笑みながら目くばせした。

ディミトリも「本当ですか?」という顔で目で返事する。 

そのタイミングでザレンが口を挟む。

「マーヤよ。いくらなんでも恥ずかしかろう。目隠ししてやる」

「…あっ…」

薔薇  細い

ザレンは片手でマーヤの髪を撫で続けながら、もう一方の大きな大きな掌でマーヤの目をそっと覆った。

ザレンの手のひらの男の匂い、いつもの葉巻の香り。燻された、甘い、古い木材の樽のような...。

そしてザレン爺は静かに喋りだす。

「ディミトリ…この前の逢瀬の時は、爺にいわれたように、マーヤを抱く前にこうやってはじめに、そうっとそうっとふうわり髪を撫ぜるところからちゃんとはじめたか…?」

「か、髪の毛?…」

もちろんディミトリはそんな事はしていない。

「だろうな。お前はそれどころではなかったはずだ。昂りきった、若い男が、しかもお前のような精力有り余って半分気が狂っているような男が、初めての逢瀬で時間をかけて髪の毛を優しく撫でてやるなんて、そんな心の余裕があるはずもない…解っておる…だが…それではダメだ。なんでダメなのか、いまから教えてやる」

「…?」

「こういう、淡い淡い刺激というのは、とても大切な愛戯の序章となるのだ。ちなみに髪の毛にはもちろん感覚など通ってないが、だからこそ髪の毛一本一本から究極に淡い刺激を毛根を伝わらせて頭皮に送り込むことができる…頭皮というのは非常に重要な性感帯なのだ…さらには髪の毛全体で耳たぶやら首筋、鎖骨、顔面、といったこれまた重要な性感帯を…一気に目覚めさせることが出来る…」

「は?頭皮が…性感帯、です、と?」

ザレン爺は、ぽかんとした表情で返事するディミトリを、半は無視するように、続けた。

「もちろんくすぐったがらせてはならんぞ?もし、くすぐったがるようであれば、背中を優しくさする程度の強さにもどし、女がくすぐったがらなくなれば、またどんどんとどんどんと淡く…そういうふうにして、徐々に、徐々に、徐々に、女の身体が、淡い、淡い、とてつもなく淡い刺激に、注意深く耳をすませて、その感覚だけをを集中して拾いだすようになるまで…どんなに時間をかけてもいい…そうっと…そうっと…なにより安心させるのが大切なのだ…」

ただただザレンはマーヤの髪の毛をそっとなぜているだけだ。

「というのはな、お前だってたとえばもしも、淡い淡い感覚を感じている時に、突然痛い目に遭わされたら、ものすごく痛みが増幅して感じるだろう?だから絶対安心できる、そう、確信できる時にしか女は中々淡い感覚を拾えない…」

だから?だからなんだというのだろう?こんなつまらない刺激が愛戯だというのか。この爺様、ボケたのか。

ディミトリもマーヤもまだザレンが何を言っているのか判らない。ディミトリも怒りを失ってぼんやりとマーヤを眺めている。

「そして、痛みのかわりに、もし、こんな、淡い、淡い感覚でも感じるくらいに…身体中が敏感になっている時に…そうやって、心も身体も開ききった状態のままで…なのに、そのまま平常時でも痺れてしまうような、爆発的な深い快感がやってきたとしたらどうなるか…解るか?…もちろん、いまはそんな事はせんが…ディミトリ、お前がマーヤとちゃんとした夫婦になったら、いずれそういう事をマーヤにやってやるのだ。それが女と寝るという事だ」

ただ髪の毛を、触れるか触れないばかりに、そっ…と撫ぜているだけ。頭全体を撫でるあいだも、掌に一本二本髪の毛が触れたのかしらという程度だった。

むしろ触れてすらおらず、掌をかざして掌から発散される体温を感じさせられているだけなのでは?と言いたくなるほど。

ところが、究極まで、刺激を淡くしていってくればくるほど、たしかに、マーヤの皮膚感覚は妙に敏感になってきた。

ディミトリもはっきり気づいた。

(この女…いま、俺の目の前で、爺いに嬲られて、喘いでやがる!)

数日前、夢中でマーヤに襲いかかっている時はさっぱりわからなかったが、

マーヤの吐息のごくわずかな変化、わずかなくなくなとした動き…必死になって無表情を装い快感をこらえるも、身体中をぞわぞわと駆け巡る快感をこらえきれなくなって、眉根を微かに寄せてしまうその動き。

ふいに、ほんの顎を上ずらせそうになるのを必死でこらえ、快感の声を上げそうになっては歯を食いしばって殺している、その表情!

決して、決して、ディミトリに悟られないように必死に取り繕ってはいるが、いつのまにやら、確実にザレンに感じさせられてしまっている。

なにより、頬がしっとり汗ばんで艶やかに光り、首まで赤らんでいるのが動かぬ証拠であった。

こんな状況なのに先日裸でディミトリに撫でくり回された時よりも、マーヤはよほどすっかり身体を開かされているのだ。

目隠しされたマーヤには見えないが、ディミトリは次第に鬼のような形相になっていった。

そんな、怒りをこみ上げさせはじめたディミトリを、ザレン爺は、悠々と、にやにや嗤い、しっかりとこれ見よがしにディミトリに目を合わせてはじっくりと睨みつけながら、マーヤの髪の房を取ってそれにそっと口づけしたり、さわさわとマーヤを刺激し続けた。

女主人と下僕 もも

こんななんでもない刺激のはずなのに、マーヤが気づいた時には掌や足の裏の真ん中を通ってじんじんと熱いような感覚に身体の芯まで貫かれていた。

しかも逃げようにも甘いしびれが身体中をめぐりその場に腰が抜けたように腰砕けに動けなくもなっていた。

ザレン爺は男が本当に興奮している時のあの間抜けな本気の雄の声ではなく、100%冷静な時だけにしか操ることかできない、あの、恐ろしく完璧な恋愛芝居としての、女を煽り興奮に誘い、夢幻世界に堕とすための手管としてだけの、あの、まるで興奮しているかのようないやらしい、作り物の囁き声を自在に操って、

マーヤの耳たぶに自分の口髭が触れるぐらいにして、低い、聞こえるか聞こえないかの掠れた囁き声で、マーヤに丁寧に術を重ねていく。

「マーヤよ。…いいか…そのまましっかりと目を閉じておれ…できるか?…そう…そのまま…わしの掌の目隠しを取るが、そのまま目を固く瞑っているのだぞ…?」

その時、ディミトリは、ザレンをぶん殴ってでも、ザレンを止めるべきだった。しかしディミトリはザレンを止める事ができなかったのだ。

主人の爺と下僕の立場の自分だから?

いや違う。

いまのマーヤから目を離すことができないのだ。

数日前に、ほぼ夫婦同然に寝所で戯れあったはずのマーヤ。

秘所やら足の裏までまで徹底的に舐めまわし幾度も幾度も絶頂させかわいい声をあげさせた女。

すっかり自分のものになったはずの女。

その女が、自分の目の前で、爺の指先ひとつで、徐々に、徐々に、

蛹から這い出してゆっくりと極彩色の蝶の羽を拡げはじめ、

自分が見たこともないような雌の顔に変貌し、自分の知らない雌の声で喘ぎだしている。

その姿から、どうしても、どうしても、目が離せないのだ


女主人と下僕 ツタ

次話

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