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9-3 ままごとの逢瀬 ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~






女主人と下僕 タコ1挿絵

ザレン爺の書斎。 

ザレン爺はマーヤをじっと見つめたあと、急に顔を背け、皺だらけのひたいに手を当てて言った。

「いや!いや!やっぱり止めておこう!マーヤよ、悪かった!爺の冗談にしても、流石に失礼が過ぎる!」

マーヤはキョトンとし、そして笑った。

「あらまぁ!ザレン様が照れてらっしゃるなんて!…可愛いわ、なんだかそうして照れるお顔はやはりディミトリさんそっくり。ふだんは平気でいやらしい冗談ばっかり仰ってるくせに、なんだかんだで意外と照れ屋さんですのね!...でも、そうですわね、ディミトリの前でザレン爺様が私の髪を触ったからって、それくらいでディミトリさんを怒らせるなんて、そんなのどう考えても無理ですものね!しかも、あんなおだやかな人を、思いっきり怒らせて、さっき仰ったような教訓を与える事なんて、そんなお芝居は、できるわけ無いわ」

「いや、いや!そうではない」

「?」

女主人と下僕 もも



「ディミトリが激昂する所にお前を巻き込むのはさすがに…」

ザレン爺はマーヤを見下ろして、心配そうに続けた。

「第一、いくらなんでも、いい歳して、こんな、小ちゃい、ひよこの赤ちゃんみたいなのをいたぶるなんて…」

マーヤはムッとして抗議めいた声を上げた。

「まあ、なんて無礼な!ひよこが、さらに赤ちゃんになったですって?…いたぶるってあの、髪の毛と首を触るとかなんとか仰いましたわよね?たったそれだけ…ですわよね?それでそんな心配そうな顔なさるなんて、もう、ザレン様ったらそれこそ冗談が過ぎますわ!」

マーヤは、いつもより突っかかった。実は、マーヤは東洋系の血を引く自分の姿が、ランスの他の女性達と違って、年頃の女でありながら、自分だけ妙にあどけない童顔である事に、内心非常に劣等感を感じているのであった。

「んんむむぅ…まぁ、いいか。じゃあまぁ、ちょっと注意点を言っておくが、女の身体だってな、男同様、別に愛とか特別な感情がなくても、一定の条件で刺激を受ければふつうに昂ぶるようにできているんだ。だから、身体が昂ぶっても、それは単なるお前の身体が健康な証拠であり、それはいい事なんだぞ…だから変な罪悪感はもたんでいいんだぞ」

どうも大真面目でザレン爺は心配しているようなのである!

マーヤは一瞬ポカンとして、そしてくすくす笑った。

「たいそう自信家の爺様だこと」

「ま、ディミトリに後で鎮めて貰えばええか」

「ちょっと!ああもうっ!真面目な顔してなんという…!いやらしくもずうずうしいご冗談を…!ほんとにいつも腹の立つ!ええ、ええ、ご安心下さいな、そう致しますわよ!いやあね、髪を触ったくらいで私が…その…昂ぶったりするわけないでしょう!いくらなんでもザレン様ったら、冗談が過ぎますわ!......あ!解りましたわ!そういう事ね!ようするに、ちょいとうっとり演技してディミトリさんに見せろ、ってことですのね!」

マーヤはザレンが暗示する意味がついに理解できたと思って目をキラとさせて畳み掛けた。

「うーむ…何しても怒らんあいつを怒らせるには…確かにまぁ…お前をあいつから奪って見せるのが1番なのだが...それは前から解っては居ったのだが…」

といいつつもザレン爺は困り顔で再びマーヤの座っている来客用のソファーの方にやってきてマーヤの座るソファーの横に立つ。

「すまんな、じゃあ…本当に申し訳ないが…ほんのひと時、恋人ごっこを始めようか。では姫さま、しばらくの間この爺との逢瀬に付き合ってくれ」

ザレン爺はマーヤが座っているソファーのところに来て、マーヤの隣、しかし、ソファーの席の中ではなく、皮張りの肘掛の肘掛け部分を跨ぐようにどっかと座った。つまり2人は来客のソファーに並んで、2人で部屋の出入り口を眺めるような形になっている。

「まあ、いますぐここで?」

老いたとはいえただでも胸板の厚いガッチリした体格のザレン爺が、ちょっと遠慮して、マーヤと少し距離を取るように、肘掛け部分の高い部分に座ったものだから、マーヤはザレンを思いっきり見上げるような位置になる。

「そう」

ザレン爺は、苦笑しながらも筋張った力強い手でマーヤの手を取った。まさに老人という皺々のシミだらけの手だが、予想外に、熱いほど温かい。

(手の感じもディミトリに似ているわ)

とマーヤが思った瞬間、ザレン爺は、ゆっくりと腰をかがめ、マーヤの手の甲にうやうやしく口づけした。

いかつい顎やざりざりした白髪混じりの灰色の髭が触れるばかりで、唇は触れるか触れないかにわざと外す、実に気障な、社交場の挨拶のような口づけ。

煙草の煙の匂い。

そこまでは紳士極まりない口づけだったが、マーヤは手を引っ込めようとして、はっとした。

ザレンは、ふつうはすぐ放すはずのそのマーヤの手をそのままびくともしない力で握っている。

「ザレン様…???」

女主人と下僕 もも挿絵



ザレン爺は、マーヤにうやうやしく首を垂れて手の甲に口づけをした、その体勢のままで、眼球だけで、ギロリと部屋の扉口を睨んでいる。

そしてザレン爺は、マーヤの手の甲の上で、低い声で言った。

「さっきからぼんやり隠れて突っ立ってないで、早く入れ。」

ドアがゆっくりと開く。

いつのまにいたのやら、そこには、ディミトリが、例のガッチリした体躯、黒い瞳の、少し日に灼けたような健康的なつやつやと浅黒い肌のディミトリが、ポカンとして、立ち尽くしていた。

女主人と下僕 ツタ

次話


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