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2-1 女主人、下僕を拉致す 小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~



また2週間ほどして、マーヤはまたザレン爺の書斎に居た。
「どうも最近浮かない顔だな」
「そうでしょうか」
「ディミトリとは上手くいってるのか」

ザレン爺は後ろのドア横でディミトリが立って控えているのに平気で言った。

「ザレン様!ディミトリさんに失礼ですわ。ディミトリさんは私の事なんぞ何とも思っておられません」

「なにを言うやら。見ればわかるだろう。後ろのディミトリを見ろ。ほれ、今もあんな真っ赤になってうろたえておるではないか。マーヤ殿さえ良ければ、今日からでも毎晩貸してやる。もういっそ毎日マーヤ殿の家に寝泊まりさせてそこから毎日出勤させる事にしようか」

いくら有名茶舗の本店の事実上の店長をやっており、有力者のザレンの庇護下にあるとはいえ、ディミトリはあくまで敗戦奴隷であり、下級市民権すら無い、極端にいえばランスの国では人間として扱われていない男である。

本当は上級市民の身持ちの固い子女に、敗戦奴隷の男を夫に薦めるなんて、悪い冗談にしてもありえないはずの非礼である。ところが。ザレン爺は、他に人がいない時を狙ってではあるが、平気の平左でマーヤにディミトリを充てがうかのような冗談をしょっちゅう言い放つのだ。

(いかれてるとしか言いようがねぇ!爺様!止せ!!止めてくれ!)

そのたびに、ディミトリはあまりのことに肝が冷えて、背中に汗が流れる。

マーヤのような上級市民はもちろん、普通市民だとしても、ふつうの女であれば火のように怒って、ディミトリをおぞましそうに見て嫌がるような冗談のはずだ。

ところが不思議なことに、マーヤは恥ずかしそうにはするが、さほど怒っても無いようだし、ザレン爺も平気の平左なのである。

ディミトリにはそのあたりがよくわからない。

「貸すって…。もう!…でも、あの、ザレン様、冗談でなくて、本当にディミトリさんを借りていいの。噂で…時々植木の世話なんか請け負ってくださるって聞いてますけど」


ザレン爺は一瞬ちょっと驚いたようにマーヤを見てそしてニヤニヤした。


「おおついに!祝言はいつにするか?んん?」


「…軽口はお止しになって。…もし…もし可能であれば…昼間に書庫の整理をお願いしたいのよ。本って案外重たいでしょう。男手があると嬉しいの」


「聞いたか、ディミトリ。ついに姫様がお前をご所望だ、チャンスだぞ。嫌われないようにせいぜい頑張れよ?」


ザレンが突然ディミトリに話を降ったのでディミトリはますます緊張した。

「マーヤ殿。馬を貸してやろう、一番大きい葦毛に乗っていけ。帰りはディミトリひとりで戻るのだから、ふたり乗りで。ディミトリにぴったりと後ろから抱かれながら寄り添って家に帰るがいい」

ディミトリはさすがにびっくりしてザレンに言い返した。


「ザ、ザレン様!2人乗りってそんな、相手は女性ですよ?!馬車を」


マーヤはそのディミトリのうろたえぶりをみてむしろうっすら腹だたしいような気持になった。


「あたくしと一緒に馬に乗ることすらお嫌ですか...」


「!!!!そんな!いえまさか」


ディミトリはマーヤの珍しい不機嫌な態度が訳が分からず当惑していた。


「ではわたくしがいいと申しているんですからお受けしてください」


マーヤがどこか固い、冷たいくらいの声で言い放った。


「はっ?え、ええ」


ザレン爺は面白そうに笑いをこらえている。


「で。ザレン様、いつがよろしいかしら?」


「今日、今から。ちょうど今日は茶舗がひまな日だ」


これにはディミトリだけでなく、マーヤもびっくりしたが、ともかくも唐突にマーヤはディミトリを家に連れて行くことになったのである。


-------


店の前の石畳で立って待っていると、ディミトリが馬に乗ってゆっくりとやってくる。

昔から評判は聞いていたが、馬に乗るディミトリがあまりに見事に手綱を取り、あまりに見事な姿勢を見せるので、マーヤはさっきのいじけた気持ちを、つい、ひととき忘れて、ただほれぼれと眺めた。


「噂には聞いておりましたが...素晴らしい手綱の取りっぷり...なんと正確な...まるでパレードの時の騎兵隊の曲芸のようねえ...なんて美しい...」

「そうなんです、この葦毛、見事な毛艶でしょう」


「そうじゃなくて、馬に乗ったディミトリさんが美しいと申しましたのよ...」


ディミトリは、照れつつも、このひとはまた大げさな世辞を仰るんだから参るよ、と、まさか自分の姿をマーヤが本気で褒めているとは決して信じず、当惑気味で恥じ入った。


「え?ええっと…街の人の中では、馬に乗る姿勢が良いんですかねぇ...?生まれが田舎者で羊とか馬とか飼ってたんでガキの頃から馬を慣らすのは俺の仕事だったんです...」


途方に暮れるディミトリを困らせないよう、マーヤはそれ以上言わず、心の中で呟いた。


(いつにもまして美しい背中だわ...堂々たる男ぶり...確かにこの方は世間的な優男の美男ではないのでしょうけれど、わたくしはこういう人の方が素敵だと心底から思うのに。でもこの人はご自分がどんなに美しいのか、ご自分では一欠片もわかってらっしゃらないのねえ...)


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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾーヤ帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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