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11-1 いちおう釘は刺して置いた 小説「女主人と下僕」


★今回の記事はほん、のり、やらしいよ★


前話♡


紅茶の帯


マーヤが、ザレン茶舗のザレン爺に会いに行き、そして家に帰って、届いたザレン爺のプレゼントの山の中で手紙を読んだその晩。


月の明るい日であった。


マーヤは寝付けず、夜遅くまで二階の広い「寝室兼書斎」で本を読んでいた。

マーヤの家はザレン街区でも全くの街はずれで、広い庭に囲まれた煉瓦造りの一軒家である。隣接の家からは畑や木々で離れている。だから、たまに別の街に行く馬車が遠くの道を通るぐらいで、夜はとても静かだ。

門から玄関の扉までには自然風の庭と小道があるが、防犯と美観を兼ねて、小道には踏むとそれなりに目立つ音でジャリジャリなる小石がたくさん撒いてある。

肘掛け椅子で本を読みつつ、うつらうつらしていたマーヤはハッとした。

もう23時過ぎだというのに。

さっきからずうっと、15分ほど、玄関前の小道を、何者かが、行ったり、来たり、立ち止まったり、しているような、かすかな、音がする。

だが、呼び鈴もならないし、ドアをそっとノックする音すらしないのだ。

薄気味悪いといえばそうだけれども、例えば泥棒が、じゃりじゃり音が立つと解っている、玄関の真ん前のあんな砂利の道を、平気で何度も行ったり来たりなんて、するだろうか?

マーヤは急いで窓を開けた。

庭に立つ黒い人影と、目が合った。

ディミトリだ。

馬にも乗らず中心街から、ゆうに30分以上かけて、とぼとぼと、歩いてきたのだ。

「ディミトリ様!」

マーヤは小さい悲鳴のような声を上げて、燭台をひっつかむと、無防備な白いネグリジェとガウンのまま一目散に下に降り、用心など忘れて玄関を開けてディミトリの元に駆けだしていった。

「呼び鈴を鳴らして下さればいいのに!」

ディミトリは、それには答えず、すこしうつむいて低い声でいった。

「すいません。こんな、仕事が遅くなってその、変な時間に来てしまいました。すいません。…ええと、その、安心して。いちおうの所は…これ以上ザレンがマーヤ様にちょっかい出さねえようにザレンに釘は刺して置きましたからね」

「!そのことでディミトリ様に何か危害が及んだりはしてませんか?!」

「9割9分9厘大丈夫です。なぜってじじいの本当の狙いはマーヤ様をどうかすることではなく俺を煽っていいように操る事ですから。とにかく俺に拗ねられてはザレンだって都合が悪いのは確かなんだよ。だから俺が注意さえすればマーヤ様が変な目に遭う危険は避けられる。俺、これからも、貴女の為に、できる限りの事は、致します。…たとえ貴女に見限られようとも、これからも俺は貴女の味方です、それをお伝えしに、参りました」

「な、なんて事を仰るの!ディミトリ様!」

だがディミトリはそれに返事はせず、マーヤの言葉を遮るように話を続けた。

「…あともうひとつ俺にはその、言わなければならない事があります。…その、俺は大丈夫だから。つまりその、マーヤ様にはどうか、俺の心配なんか、絶対にしないで欲しいんだ。俺はまだ仮市民で表面上は首輪付きだけれども、もう実質はザレンには俺の生殺与奪の権など一切無ぇんだよ。それに、万一、ザレンとどうしようもない仲違いになったって大丈夫なんだ。なぜって、俺を拾ってくれそうな…旦那衆だって…ぽつぽついない訳ではないんです。ザレンの商売敵とか、輸入業者とか、ね。だから、その、安心して。…とにかくこのふたつだけは伝えなければ、と思って、参りました」

「ディミトリ様…」


「絶対に伝えたかったのは、このふたつです。だが、そもそも、マーヤ様。俺は今日ここに来て良かったんでしょうか」

「え」


「…もしご迷惑なら、そ、その、俺、これで、帰ります」


ディミトリはいかつい図体を縮こませるようにして下を向いた。その自信なさげな様子は、ザレン爺や取引先との交渉時の、あの切れ者の青年とはとても思えなかった。


「な!何をバカな事仰るの!いいから入って!どうか、どうか…お願い!…帰らないで…帰らないで欲しいの…」

マーヤはディミトリのごつい手をぐっと掴んで、燭台を片手に灯りの付いていない暗い家の中に招き入れた。

ディミトリは、一瞬、立ち止まるような動作は見せたが、マーヤのしっとりひんやりした手を感じた瞬間、頭脳で考えている苦悩や胸の痛みとは真逆の、身体中に鳥肌が立つような官能の喜びが身体中を駆け巡り、心と身体がばらばらに引き裂かれたような混乱のまま、結局、マーヤの言うがままに手を引かれ従った。


ほとんど真っ暗な玄関を抜けて、マーヤは二階のいつものマーヤの部屋にディミトリを連れて行った。

「…もう二度と逢って下さらないかと思った…!わたくしの方こそお尋ねしますわ。ディミトリ様は、あんな事があったわたくしなんて、もう既に見限ってしまったのではなくて?」

マーヤはそっとディミトリに一歩近寄ったが、ディミトリはマーヤを抱き寄せようとせず、むしろ避けるように、一歩下がった。

「そんな訳ありません。だが…なんというか、あまりにも自分で自分が不甲斐ない」

「どうして」

一瞬の沈黙があった。

「解るでしょう。そもそもがマーヤ様と俺では身分不相応なのに、男として…雄としてまで全然ダメだと、思い知らされました」

「馬鹿!なにを仰るの…あの、ディミトリ様。わたくしそのことについてひとつだけいいわけしたい事があるの」

「?」

「あの、ザレン様に髪と手やらを触れられて…わたくしの身体は確かに反応はしましたけど…もしあの時ザレン様しか居なかったら、わたくしはあんな感じにはならなかったわ」

「…?」

「あそこまでとんでもなく正確にツボをピンポイントで刺激されれば確かに身体は反応はしますけれど…それは上手なマッサージみたいなもので…」

「嘘だ!…それは絶対に、嘘だ」

おだやかさを必死で装っていたが、ディミトリの射るような瞳、僅かに震える声には、明らかに憎しみじみた嫉妬が隠れていた。

「おめえ様は、ザレン爺様にくすぐられたあの時…時に一瞬、俺に素っ裸にされて床にいた時よりもよほど感じていたよ…!」

(だめだ、言ってはいけねぇ事を言っちまった!まずい、ダメだ、こんな、この話はたとえこの人に見限られようとも、何があろうとも、一生永遠に口には出さないつもりだったのに…!)

だが、口に出した瞬間に、我慢していた感情が、ぶわっとディミトリの体内を再び駆け巡りはじめて止まらなくなっていった。

あの一件から3日経った今の今まで、絶対に考えないようにしていた、ずっとずっと押し隠していた、たとえマーヤといずれ本当の夫婦になって何十年経ったとしても、それでも思い出したらやるせなさで腹が煮えくりかえりそうな、何か。

愛が続いた時はもちろん、いやむしろ、愛情やら友情やらが全て消え去った後にこそ鮮烈に後を引いてしまうような種類の、何か。

本当はマーヤはなにひとつ悪いわけではないのは解っている。だが。だが。だが!

その、いかつい男の憎しみ混じりの刺すような熱っぽい視線をマーヤは も の と も せ ず に 甘く優しい瞳で見つめ返して、言った。

「ですから、それよ。今のディミトリ様のその眼」

「…は?」

「ディミトリ様は時々そうやって…なんというか…ちょっとその怖いような、獲物を追い詰めるような瞳で、熱い息を吐いて、わたくしを見つめなさるでしょう。わたくし、本当にそれだけは本当に…それをされると野犬に襲われて観念してしまったウサギか何かのようにへなへなと力が抜けて腰が砕けてしまいますの」


「…え?はっ?俺が、マーヤ様を見つめ…たら?はっ?」



虚を突かれた男は、ぽかんとした表情でマーヤに返答した。


(えっ?しかもこれは一体どこにつながる何の話なんだ…?)


「でね、いいから、聞いて」

マーヤは、こんな、夜中にやってきた、飢えた野犬みたいな様子の、ぎらぎらした瞳の恐ろしげないかつい男を前にして、だのに、全身にディミトリの視線を浴びる事でむしろ首までうっすら赤く上気させて、目までうるうると潤ませ、立っているのもやっとという風情で、微かに喘ぐような声で返答した。


「ザレン様のあれは、ちょっとしたペテンなのです。

いくらもの凄い技と言っても、好きでもない男にあんな程度の技を施すだけでは、女はくにゃくにゃにはならないの。でも。そこに。『女の想い人』という刺激物があれば、話は違うわ。

ザレン様はね。女の想い人を女の目の前に座らせ、そしてその男を思いっきり煽って興奮させてその興奮する様を女に見せつけながら、女の身体を刺激する事によって…女を、身体だけでなく、精神的にも興奮させたのです。

つまり種明かしするとディミトリ様がわたくしの刺激物だったの。わざとディミトリ様をあんな息遣いもはっきり解るほどわたくしに近づけたソファーに座らせ、その上で私を刺激し始めたのは、全部計算ずく。

わたくしの官能する姿をディミトリ様に見せつけ、まるでザレン様の技だけで私があんなになったように見せかけて、ザレン様はディミトリ様を騙したわけなんです。

ディミトリ様はあの時、応接テーブルの目の前で、いまよりも、いえ、先日わたくしとベッドの中にいた時よりも、よほど容赦のない、怖ろしいぐらいの眼でわたくしを見つめていたわ…息遣いも何もかも、よほど真剣なご様子で…

しかも、ディミトリ様に見つめられただけでどうかなっておりますのに、そのにディミトリ様そっくりの、まるでディミトリ様がお歳だけ召された同一人物のようなお姿の、お声までディミトリ様そっくりのザレン様に、ガッチリ動けないように掴まれ、あんな風に触られて…目隠しされていてもそこにディミトリ様の荒い息が迫ってきて…なんというか、ディミトリ様が2人に増えたような…」


「嘘だ、嘘だ、嘘だ…!」


そんな荒ぶるディミトリに、マーヤはなんだかちっとも緊張感のない態度でやさしく返事した。


「じゃあ…しょうがないわ。あの、ディミトリ様。ちょっとだけ目を瞑って下さいますか」

「えっ?」

「いまからわたくし、女性としてあるまじき事を致しますね。でも、どうしても、どうしても、これだけは解って欲しい事なの。…あの、そんなのではだめ。もっとしっかりと眼を瞑ってしっかり頭を天井に向けて下さい、そう…そのまま動かないで…」

「…。」

ディミトリが眼を瞑って天井を向いていると、ひんやりとした細い指が

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