NATOが慌てて削除、ウクライナ女性民兵の紀章「黒い太陽」はなぜ問題か

Newsweekより
問題となった紀章が示すように、ウクライナにも極右やネオナチはいる。旧ソ連から独立するためナチスを頼った過去もある。ではプーチンが侵攻の口実にした「ウクライナの非ナチ化」も本当なのか>

3月8日の国際女性デーにNATOの公式ツイッターにアップされた画像が波紋を巻き起こしている。

そこにはロシアの軍事侵攻開始から3週目を迎えつつあるウクライナで、必死に生きる女性たちの写真が4点含まれていた。その中の1点に、迷彩服の胸にナチスのシンボルとおぼしき紀章をつけた民兵が写っていたのだ。

この画像は既に削除され、NATO高官は本誌の取材に対し、紀章をうっかり見落としていたと話した。

NATOの公開画像にはウクライナの国旗を表す絵文字と共に、以下のようなメッセージが添えられていた。

「全ての女性たち、少女たちは、自由で平等な世界で生きる権利がある。今年の国際女性デーには、私たちはとりわけウクライナの勇敢な女性たちに思いを寄せている。彼女たちの強さ、勇気、苦境から立ち直る力は、彼女たちの祖国の IWD2022(IWDは国際女性デーの略)の精神の生きた証である」

問題の紀章は、ドイツ語でシュバルツェ・ゾンネ(黒い太陽)またはゾンネンラート(日輪)と呼ばれるもの。ナチスのオカルト的な秘儀に使われたとされるシンボルで、今では世界中の極右が誇らしげに見せつける図案となり、ウクライナの準軍事組織「アゾフ連隊」の公式ロゴともなっている。


SSエリートの象徴とされ
女性民兵の写真は元々、2月14日にウクライナ政府軍の参謀本部がソーシャルメディアで公開し、通信社などが配信したもので、翌日には英紙ガーディアンの1面に大きく掲載された。ただし、彼女が着用しているカーキの迷彩服の柄に紛れて、紀章そのものははっきり見えない。

NATOがこの写真を使ったコラージュ画像を公開した後、ツイッターの複数のユーザーが気づいて指摘し、急きょ削除されたのだ。

「私たちは国際女性デーに合わせたコラージュに、通信社が配信した写真を使った」と、NATO高官は本誌に説明した。「公式なものと確認できないシンボルが含まれていると気づいて、すぐに削除した」

黒い太陽は、聖書の黙示録の解釈として中世から提唱されてきた理想の国家「第三帝国」の紋章として、ナチス親衛隊SSが神聖視していたと見られ、ナチスの第三帝国が滅びた後も極右の間で受け継がれてきた。

「黒い太陽のコンセプトは、1950年代にナチスの残党やネオナチの間で、SSの秘儀に参加していたナチスのエリートと彼らの持つ超自然的なパワーなるものと絡めて盛んに語られていた」と、このシンボルについて論じた著書があるウィーン大学の助教ジュリアン・ストルーブは言う。

「第2次大戦後に極右とネオナチがこれを重要な意味を持つシンボルに祭り上げたが、問題の写真のようなマークが使われだしたのは1990年代になってからだ」

ナチズムとこのシンボルの直接的な関連性を物語るよく知られた話がある。SSの長官だったハインリヒ・ヒムラーが本拠地としていたドイツ北西部の古城ベベルスブルク城の床にこのシンボルが描かれていたことだ。世界の中心とされるこの城で、ヒムラーはオカルト的な秘儀をしていたと言われている。だがストルーブによると、黒い太陽の図案を極右が好んで使うようになったのはここ数十年のことだ。

ベベルスブルク城の装飾を見ると、このシンボルはSSと関連がありそうだが、ただの文様だったのか、そこに何らかの意味があったのかは不明で、ナチスの思想と結びついたシンボルとなったのは「戦後、それもかなり近年になってから」だと、ストルーブは言う。「今では極右の間で、自分たちの属性を示す印として使用されている」

黒い太陽が何を表すかについてはさまざまな解釈があるものの、今どきこのシンボルを使うのは「極右かネオナチだけだと見ていい」というのだ。

「SSの秘儀のシンボルだったとの解釈もあり、極右と親和性がある北欧とスラブ民族のオカルト的な儀式と関連があるかもしれないが、ただ単にナチスの鉤十字の代わりに使われているのかもしれない。鉤十字は数カ国で使用が禁止されているからだ」

Tシャツやタトゥーにも
ウクライナでは、2015年に制定された法律でナチズムだけでなく共産主義のシンボルも公式に使用することは禁じられている。アゾフ連隊は黒い太陽を紀章にしているので、ウクライナでこのマークを付けている人がいたら、この組織のメンバーかその支持者と見ていいと、ストルーブは言う。

ユダヤ人組織「名誉毀損防止連盟」付属の研究所の上級研究員で、極右やネオナチに詳しいマーク・ピッカベージも同意見だ。

「ゾネンラート、つまり日輪は多くの文明に共通する古代のシンボルで、さまざまなバリエーションがある」と、ピッカベージは言う。だが古代にルーツを持つ卍模様と同様、日輪も「ナチスが独自のバージョンを作り上げ、白人至上主義者たちはそれを採用している」という。「(日輪は)ナチスのシンボルとしてはそれほど広く使われていなかったが、SSが使っていたので、エリートのシンボルと見られるようになった。今ではこれを愛用するのは極右だけだ」

「ナチスの第三帝国が崩壊した後、ネオナチ、そして、その後はその他の白人至上主義者たちが、ナチスが使っていた多くのシンボルを採用した」と、ピッカページは説明する。「ナチス版の日輪もその1つだ。シンボルにはよくあることだが、この5、6年で急に人気が出て、白人至上主義者の御用達のシンボルとなり、(Tシャツなどの)図柄に使われ、日輪のタトゥーを入れる連中も出てきた」

「(この紀章が)軍服についているのも、同じようにネオナチズムや白人至上主義の印象を与える」と彼はつけ加えた。

ウクライナとナチスとの関係は、国内外で大きな議論のテーマになっている。ウクライナは1941年から1944年にかけてナチス・ドイツに占領された。この時、一部のウクライナ人は侵略者に抵抗したが、ソ連からの独立を模索していたステパン・バンデラのようなナショナリストたちは、ナチス・ドイツと協力してソ連と戦うことを選んだ。現在のウクライナでは、ナチス・ドイツによるホロコーストも、その約10年前にソ連の統治下にあったウクライナで起きた人為的な飢饉「ホロドモール」も、ウクライナ人に対するジェノサイド(大量虐殺)だったと見なされている。

1991年に独立を果たした後のウクライナでは、ビクトル・ユーシェンコ元大統領をはじめとする一部の指導者が、バンデラのレガシーを高く評価してきた。それにより、ウクライナ・ロシア間の緊張が深刻化。2014年の反政府デモで西側諸国との関係強化やNATOとの連携を目指す政府が誕生すると、ロシア政府はウクライナを「極右勢力が率いている」と主張した。この西側寄りの政権の誕生が、ウクライナ東部での親ロシア派による武装蜂起、そして南部クリミア半島のロシア併合につながった。

「ナチ化」阻止は本当か
本誌はこれまでにも、ウクライナ軍と民兵組織の中に極右やネオナチの支持者がいると報じ、複数の専門家や元当局者に話を聞いてきた。彼らは軍や民兵組織の中にそうした者がいること、そして彼らが(ロシアによるウクライナ侵攻の前もその後も)西側諸国からの軍事支援を得ることについて、警鐘を鳴らしていた。

一方で彼らは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに対する「特別軍事作戦」はウクライナの「非ナチ化」のためだと正当化したことについては、「プロパガンダ」だとして一様に異議を唱えた。極右は「ユーロマイダン(2014年にウクライナで起きた反政府抗議運動)」で一定の役割を果たしたが、隣国ロシアと地政学的に距離を置くことを求めるウクライナ社会のより幅広い層とも協力した。

ロシアはウクライナ侵攻のせいで、国際社会から政治的にも経済的にも孤立しつつあるが、それでもロシアの当局者たちは、ウクライナ国内で活発に活動する極右の存在を強調し続けている。

「ヨーロッパがつくり出した病的な雰囲気や憎悪が、ウクライナのナショナリストたちを、取り返しのつかない行動に走らせないという保証はどこにもない」と、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は3月9日の会見で述べた。

ザハロワはさらに「ロシアは過激思想から遠く離れており、あなた方の方が近いところにいる」と続けた。「あなた方の国の市民は、その悪影響を受けることになるだろう。このナチズム、ナショナリズム、過激主義というバクテリアは、目覚めさせるのは容易でも、追い払うことは不可能だからだ」

ロシア政府はまた、アゾフ連隊のようなナショナリストたちについて、複数の「疑惑」を主張。ロシア軍の部隊が包囲している複数の都市で「彼らが市民を人質に取っている」、ロシア軍が砲撃したとされている人道回廊を「彼らが塞いでいる」、ロシア軍が空爆したとされている東部マリウポリの産科医院を「彼らが占領していた」と主張した。

本誌はこれらの主張について、ウクライナ国防省にコメントを求めたが、すぐに返答はなかった。しかしウクライナ政府は一連の疑惑を断固否定しており、ユダヤ人である同国のウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、戦闘でもメディアでも、ナチス式の戦術を使っているのはプーチンの方だと主張している。

ゼレンスキーは7日に、アメリカの主要なユダヤ組織の幹部たちとのビデオ会談の中で、「プーチンはウクライナの市民を、国籍が違うというだけで殺している」と主張し、さらにこう続けた。「これはまさにナチスのやり方だ。ほかに表現のしようがない」

解決策を模索
ゼレンスキーは同時に、プーチンとの直接交渉も模索している。ウクライナとロシアの代表団は、ロシアの同盟国であるベラルーシで、今後も停戦交渉を行う予定だ。

ロシア政府はウクライナに対して、1)戦闘を停止すること、2)ウクライナ東部の親ロシア派組織が自称する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を承認すること、3)クリミア半島に対するロシアの主権を承認すること、4)NATOへの加盟申請を取りやめて、中立を保つよう憲法を改正することを要求している。

ゼレンスキーはロシア側の「最後通告」に黙って従うことはないとする一方で、プーチンと直接話すことで、「実現可能な解決策」を見出せるかもしれないと述べている。

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