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【小説もどき】漁港①

漁港の朝は、早い。

ユウは両手で顔をぴしゃりと叩き、重い瞼に喝を入れた。テレビを見ると、午前四時十分。こんなに無理をして早起きなんて、どう考えても健康に悪い。

ここに来て二週間程経っただろうか。岩手の漁師町で、漁業に勤しんでいる。正直に言って、これは、今、漁業をしているのは、想定外だった。

先月までは、高校生で、受験生だった。大学受験を控えて勉強していた日々は、ユウの頭の中では、まだ色褪せていない。第一志望の大学は不合格だった。これはまあ、よくある話だ、ただ問題は、成績の良さに慢心して、第二志望以下の大学を”適当に”決めてしまったこと。担任の先生も、ユウは第一志望の大学に合格すると信じていた。だから軽い気持ちで、地元の国立大学を第二志望にしてしまったのである。

その国立大学の合格発表の日、不合格の事実を伝えて、ユウは親を泣かせてしまった。

それがひと月ほど経ち、午前五時の船に揺られている。潮風に吹き上げられる前髪の付け根が、少し痛い。高校生の時のように、髪を整髪料で整えるのも、今では必要ないことだ。空はぼんやりと明るく、風は身を切る冷たさを持っている。太陽は雲に隠れて見えない。眩しくもないのに、ユウは目を細めて、ため息とも深呼吸ともつかない息を吐いた。

「船に乗るの、何回目だ」
「‥二回目です」
「船酔いしねえか」
「しません。‥多分ですけど」

そんなことを言いつつ、初めて船に乗った時も、この船頭と一緒だったのを、ユウは覚えている。ジョージという名のこの男性は、ユウにとっては、「何を考えているのかよくわからない人」である。

しかし、悪い人ではない。この町に来た日の晩から、かれこれ二週間住まわせて貰っている家の家長である。船に乗った日以外にも、海岸地帯での作業を一緒にしてきた。そんな中で、彼は、ユウが「訊いて欲しくない」質問を一つもしなかった。単に興味がないだけなのかも知れない、それでも、彼の優しさが見えるようで、嬉しかった。

船から降りて、浜での作業が少し。久しぶりに海に出られて、今日は良い気分転換だったなと思う。ここに来て数日は、自分の仕事をこなすことに集中していて、余裕がなかった。それが今は、漁業の良いところと悪いところを分析するくらいの余裕はある。良いところは、自然と接しているところ。悪いところは、きつくて、汚くて、危険なところ。

小学生の頃まで自然の豊かな田舎で育ったユウは、家の中よりも外が好きだった。家の中と外で、こんなにも空気が違うのかと、よく驚き、笑ったものである。
しかし、漁業はきつい。朝は早いし、ユウにとっては重労働で、ちゃんと食べないと体がどんどん弱くなってしまう。自分には向いていない、と何回も思ったし、3K (きつい、汚い、危険)を英語で言うなら、3D (Demanding、Dirty、Dangerous)かな、なんて、得意だった英語の知識で遊んだりもした。

※続きます

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