見出し画像

チューをせがむ母、チューができない父


 妻は、娘のことを「大好き」といってはばからない。

 この世で一番大切な存在である娘のことだったら、どんな苦労だっていとわない、と公言している。

 自分は2,000円のユニクロの服ばかり着ているくせに、娘には、一着30,000円はするであろうファミリアの服だって、平気で買ってあげたりもしている。

 でも、しつけには、とても厳しくて、時に僕たちを震え上がらせる。

 たとえば僕たちが、ひとしきりぬいぐるみ遊びをしたあと、片付けもせずに、テレビを見始めたりしようものなら、すぐに一喝!

 「片づけへんかったら、容赦なく、ぜんんぶ!明日! 捨ててやる!」

 空気が凍る。すぐに動かないと、次は何を言われるかわからない。

 というか、殺される。

 僕たちはお片付けを開始する。

 おかげで、部屋はいつもきれいに保たれている。

 そんな妻だが、娘にチューばかりせがんでいる。どうやら、寝っ転がると、無性にチューがしたくなるらしい。要はキス魔だ。

 しかしはた目に見て・・・娘にチューをせがんでいるときの妻は、タコそのものだ。

 唇を突き出し、両手で娘をぎゅうっと抱きしめ、しっかりホールドしながら、チュゥしよぉ、チュゥゥと、まるでオオダコのように、娘に襲いかかっている。


 かつてはしぶしぶそのチューを受け入れていた娘も、今やきっぱりと拒否をするようになった。全力で、顔を遠ざけている。両手で顔を覆って、そのかわいい唇を、守り通している。

 どぉしてよぉぉ! と、ようやくあきらめた妻の悲壮感たっぷりの顔。

 悲しみにくれる、タコだ。

 今日も、娘の唇は守られた。
 

 そんなふたりを眺めながら、ふと僕は思う。

 僕は娘には、チューなんてしない。なんかね、照れくさいのだ。複雑な、この気持ち。だから、娘がいたずらっぽい顔で僕にチューしようとしてきても、僕の方が、顔を背けてしまう。

 なんでだろう。

 やっぱり、すぐに男子にチューばっかりする女の子には、なってほしくないからなぁ。

 だから、僕は娘にこう言うのだ。

「チューは、大事な人にとっときなさい」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?