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一流作家が書いたら「この話には何かある!紐解く何かがある!」と言われ、無名作家が書いたら「なんだこれ」と言われるお話。『変な彼女』

僕の彼女は変だ。

「今から嘘をつくね」

唐突に彼女が言った。

「いいよ。嘘をついて」
「私、今日、歯を磨いていないの」
「それは嘘。ということはキミは歯を磨いた」
「うん。そうなるよね。でもこれって凄く変だよね?」
「なにが?」

彼女は真っ直ぐに前を向いている。

「だって私は"今から嘘をつく"と言ったの。そして、"歯を磨いていない"という嘘をついた。つまり、"歯を磨いた"ということ。何が言いたいかわかる?」
「わからない」
「私は嘘をつくと言ったのに、つまりは真実を伝えない、ということなのに結局、歯を磨いたという事実を伝えているの」
「なるほど。何となくわかるよ」
「あと、もう1つ思ったことがある。嘘をつく! と予告すると、部分的にしか嘘をつかないと思い込むの」
「どうゆうこと?」

彼女の顔を覗きこむ。美人だ。

「私は、"今日歯を磨いていない"と言ったの。"今日"と"歯"は何故か信じてしまうの」
「本当だ」
「昨日、壁を磨いた。という事実かもしれない。そもそも"磨く"という行動も嘘かもしれない」
「頭がパニック」
「私もよ」

彼女が持ちかけてくる話題は突拍子もなく、珍しい、変な話題ばかりだった。

あそこのカフェが美味しいらしい
いつか旅行に行きたいね
この服どう?

こんな話はしたことない。

いつも変な話題。

嘘をつける回数が決まっていたら、人は嘘をつかないと思わない?
五重の塔は、もしかしたら六重の塔だったかもしれない。つまり、妥協の塔。
本に栞を挟むのはわかる。可愛い栞の必要はない。所詮、男なんて、女を人生の栞だと思ってる。

話題は哲学的な要素が強くて、変だった。

いつも思っていた。彼女は変だ。でも美人だ。

だから彼女が5人の男と浮気をしていることを知ったときは、何とも思わなかった。
彼女は変だから、1人の男を愛するという普通の恋愛に当てはまるわけがない。

そもそも彼女は変だから、魅力的だ。5人の男を引き寄せる力を持っているに違いない。何より美人だ。

しかし僕は普通の恋愛を求めている。

浮気をする彼女とは付き合っていられない。だから別れた。

数年後、人伝で、彼女が結婚したと聞いた。すでに2人の子供がいるらしい。

変だった彼女は、普通の人生を歩んでいた。

本当に彼女は変だったのか? 変な女を演じていただけかもしれない。

5人の男と浮気をする自分の精神状態が崩壊しないよう、変な女を演じていただけかもしれない。

きっと、彼女は普通の女。

現に結婚して2人の子供がいる。

そもそも結婚して2人の子供がいることは普通のことなのか。

何が普通で、何が変なのか。


彼女と一度、紅葉を見に行ったことがある。紅葉デート。いわゆる"普通のデート"。

変な話題ばかりを持ちかけてくる彼女に対抗して、嘘をついた。
「大昔の人は、紅葉を夕焼けが反射しているだけと思っていたらしいよ」と言うと、彼女は「キザな世の中ね」と言った。

理解できなかった。彼女も理解していなかったのかもしれない。でも彼女の顔は誇らしげだった。それが5人の男と浮気をしている自分を守るためだったとしたら、彼女は普通の女に違いない。

何より彼女は美人だった。