コレクター

昔からそうだった。


ポケモン図鑑は完成させたい

ガチャガチャの中身はすべて集めたい

クラスメイトの誕生日はたくさん知りたい


昔からそうだった。

物欲が強いわけではなく、完璧主義なわけでもない、

ただ興味があるものは兎に角たくさん集めたくなる。そういう子供だった。


"もったいない精神"に少し近いかもしれない。

少なからずそういう部分はあるのだろう。

ポケットに突っ込んだくしゃくしゃのティッシュや、

一つ食べれればよかった100円ガムだって、

いつか何かの役に立つかもしれない。そんな感覚はなくもない。


確かに現在価値の低いものが役に立つかどうかは決してわからない

ただそれの未来の可能性を考えて行動を選択するのであって云々。


集めたくても集められないものだってもちろんある。

子供って特に見栄っ張りだから法螺を吹く。

持ってなかったりしても勢いで法螺を吹く。

一度法螺を吹くと引っ込みつかなくなって更に嘘で塗り固める。

そういう子供ってよく見かける気がする。

そういう大人ってよく見かけるっけ?



稀代の法螺吹きでも絶対に覆せないものがあって。

過去だけは誤魔化せども変えられない。

背後の足跡だけは消すことができない。

どうしてだろうね、

結構忘れちゃうんだし、なかったことにできてもいいじゃんね。


でも、忘れてしまうのも何だかもったいない気がして。

とても綺麗だったあの景色や

感動したあの日の記憶や

鳥肌が立つほど気持ちがよかったあの風やら、

そんなものは勿論だけど、


混乱の渦中にいたあの鬱屈や

痛み苦しみ哀しみ、涙、叫び、

言葉にならなかった心の滴の数々やら、

思い出したら身の毛がよだつ様な記憶やら、

そういったものも全部、

自我の渦に呑まれて消えていってしまうのが、

何だかもったいない気がして。



どうせ覆せないなら全部取っておけたらいいのにな、

って昔からの癖がでちゃう。



そういえばブログってもう廃れた文化なのかな

かつてを記録していたあの場所も残しておきたいな

別に何に使うわけでもないんだけど。

これがブログでないならなんなのかと少し疑問を覚えてる。


どうせならアナログ、デジタル、今までのすべての記録も、

どこかにまとめて集められたらいいのに。

って、昔からの癖が。

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