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サクラ大戦3 マールブランシュ号の撃沈についての謎

SOS!:海難事故の真実と真相

This is not a true story.
It is based on official novel and eyewitness accounts.
これは架空の話であり、公式小説、専門的な文献、
関係者の証言を元に構成しています。

1925年6月11日、豪華客船マールブランシュ号は北海に沈みました。不幸な海難事故と思われたこの沈没は、前代未聞の事件へと発展します。
突如もたらされた証言に、事故調査官たちは唖然としました。あまりにも稚拙なミスによってマールブランシュ号は致命的な状態へと陥っていました。


 さてメーデー風のOPはさておき、今回はサクラ大戦3から花火、フィリップ、そしてグリシーヌたちが乗っていたマールブランシュ号について。
 あの船の沈没に至るまでの経緯と原因は巴里前夜の2巻で示されている。すでにサクラ大戦3をプレイした読者ならお分かりのように、この事故によって花火はフィリップを失い、その後本編に至るまでこの事故による深い傷を負うことになった。

 こうした事故の経緯を踏まえたうえで考えると、いくつか疑問が湧いてくる。主な疑問は事故の原因となったイギリスの潜水艦 XK-177の行動にある。この艦のクルーたちは何故事故を引き起こしたのか?小説をもとにしつつ、いくつかの疑問を考えていこう。

疑問点①:魚雷の発射

 マールブランシュ号が沈没した原因は小説でも触れられているように、潜水艦が誤って発射した魚雷が命中したことによってだった。この時点で頭を抱えるような話だが、そもそもの疑問点はここにある。

 時代や国、また艦船が異なれば多少の差異はあっても、基本的に軍艦の兵装というものは発射するにあたってそれなりの準備が必要になる。艦砲であれば射角の計算などがあるし、そもそも砲弾の装填をしないと撃てないのはどんな砲でも同じだ。
 これは潜水艦の魚雷を発射する際にも同じことが言える。一般的に魚雷を発射する上では以下のような手順を踏む必要がある。

1. 魚雷発射の準備指示
2.魚雷の進路設定や信管などの準備
3. 魚雷の装填と発射管への注水
4. 艦長の指示によって魚雷を発射

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(写真はWW2のドイツの潜水艦にあった魚雷発射指揮装置。これによって魚雷を制御する。)

上記のような感じになる。細かい発射手順については以下を参照してもらいたい。

これは1950年に制作された潜水艦の魚雷火器管制に関するマニュアルだ。要点をまとめれば、魚雷の発射に関しては複数人が行うものであり、ボタン一つで勝手に撃ったりできる代物ではないということだ。

 にもかかわらず、XK-177は誤って魚雷を発射してしまった。それも2本も。訓練中の行動とはいえ、あまりに稚拙すぎる。この訓練中の過程においてはミスを防止する機会が何度となくあったといえるが、それをことごとく無視した形となってしまった。

 そもそもの話になるが、XK-177は訓練であるとしても魚雷の発射自体は行う予定ではなかったように思える。というのも、仮に魚雷発射の訓練をやるとなれば潜水艦一隻だけではできないからだ。通常であれば魚雷発射訓練には
1.訓練を行う潜水艦
2.  目標となる軍艦
3.  模擬魚雷を回収する軍艦
この三隻が必要となる。そうではなくXK-177が単独で動いていたとすると、魚雷発射の訓練をするにしても手順の確認のみで終わる予定だった可能性がある。
 このような発射手順の確認という訓練であれば、わざわざ実弾を装填する必要はない。訓練用の魚雷を用意し、設定から装填、注水、発射スイッチの確認といった手順をすれば済む話である。これに対して実弾を装填してしまったことが第一のミスになる。
 そして第二には実弾を用意した上、信管の設定までして船を撃沈できる状態にしてしまったことだ。実戦的な訓練をするとしても、設定まではともかくそれを装填して発射できる状態にするのはそれ相応の危険を伴う。当然装填した状態で発射すればどうなるかは火を見るより明らかだ。
 ここでのもう一つの疑問は訓練用の魚雷ではなく、実弾が装填されていることを艦長と魚雷発射のスイッチを押すオペレーターが理解していたかだ。もししていたならスイッチを押してはいけないことをよく承知しているはずである。実弾を発射することがどういうことか理解していない軍人はさすがにいないだろうし、まして公海上でやるのだからなおさらだ。
 さらに言えば、百歩譲って魚雷を発射することが目的の訓練だったと考えたとしても、訓練用の目標も回収する船もいないのに実際の魚雷に信管をセットし、起爆する状態で発射するのは危険極まりない。とはいえこの点は「誤って発射した魚雷」という小説の一文からありえないことになる。

 ここでの要点をまとめると以下のようになる。

1.  訓練用ではなく実弾の魚雷を用意した上、信管まで設定して起爆可能な状態の魚雷を準備した水雷担当者
2.  同様に(おそらく)実弾の魚雷が装填されていることを正確に報告しなかった水雷担当者
3.  意思疎通が不十分であることを認識しないまま発射命令を下した艦長

 秘密裏に訓練をしたかったために標的役や回収役の軍艦を伴わなかったにしても、「魚雷を装填したことにして発射ボタンを押す」のか「魚雷を装填した上で発射ボタンを押したことにする」のかはよくわからない。いずれにしても魚雷の発射まではあまりに杜撰で粗雑だった。訓練航海で乗員の訓練がまだ不十分であったとしても、あまりにも稚拙なミスだった。少なくとも信管がセットされていない状態であれば、マールブランシュ号が沈没することは避けられたはずだ。

疑問点②:訓練計画の発案

 XK-177の訓練は秘密裏に行われていた。そこまではいいのだが、秘密裏におこなうのであれば何故公海上で特に制限をかけるでもなく訓練が行われたか?というのが二つ目の疑問だ。
 秘密裏に航海をしてそこから魚雷の発射などをしたければ、訓練海域を設定するなどして民間船の立ち入りを制限するなどしたほうがよほどリスクは低い。この時代の潜水艦については小説内でも触れられているが、常に潜航して進むわけではない。必要な場合にのみ潜航し、それ以外は浮上したまま航行する。公海上を航行していて他の艦艇を見つけたら急いで潜航、というのでは機密とするにはさすがに無理がある。この辺の目的は不明だが、仮に訓練海域が指定されていたなら魚雷を発射してしまっても当たる可能性はかなり低くなっていた。まして民間船の通行量も多い北海の東側で訓練を行うというのは不用心なことこの上ない。マールブランシュ号の予定航路・沈没地点は北海の東側であり、こちらは西側に比べて交通量が多い。そこに進出して魚雷発射の訓練をやるのは見つけてくれと言わんばかりの行動にも思えてくる。

 ようするにXK-177の訓練は計画時点でお粗末だったというべきものだろう。機密とするにしては不用心だし、結果として民間船を撃沈するに至っているわけでかばいようもない。訓練計画の発案者とそれを承認した上層部にも責任がないとはいえないだろう。

疑問点③:魚雷が命中した理由

 ここまでは魚雷が誤射されたことや計画段階でも不備について考えてきた。しかし見方を変えれば何故魚雷は命中したのかという疑問にもいきつく。
 というのも魚雷というのは適当に撃ってあたるようなものではないからだ。潜水艦が魚雷を命中させる上では、多くの情報を収集した上で適切な情報を設定しなくてはいけない。
 疑問点①のところでおおよその発射手順は示したものの、ここでの疑問を解決するカギは魚雷を命中させるために必要な手順になる。そこで疑問点①で示した発射手順のうち、2番目の魚雷の準備に注目してみよう。

 魚雷を命中させるうえで必要なのは以下のようになる。

1. 目標の位置
2. 目標の進路
3. 目標の速度
4. 目標の喫水(船のうち沈んでいる部分の長さ)

潜水艦

 魚雷そのものは水中を進むため、速度は銃弾のようにあっという間に到達するわけではない。そのため目標の位置を把握し、その速度と進路から何秒後、何分後にどこにいるかを割り出さなくてはいけない。それに基づいて潜水艦の位置を調整し、発射に最適な位置へ移動するわけである。同様に魚雷の深度調整をするためには、目標が水面下にどれくらい沈み込んでいるかを知らなくてはいけない。これを間違えれば目標に到達しても船底を通り過ぎてしまう。

 ここからもわかるように、魚雷を正確に目標に当てるためには多くの情報を正しく収集し、それに基づいて魚雷を設定した上で発射しなくてはいけない。
 そう考えていくと、XK-177が完全に意図しない形で魚雷を発射し、マールブランシュ号に命中したとするにはあまりに無理がある話になる。たまたま撃った先に客船がいて当たるというのは広大な海では天文学的な確率であって現実的ではない。百歩譲って撃った先にたまたまマールブランシュ号がいたとしても、深度設定をしていなければどうやっても船底の下を通過するだけで当たるはずもない。深度設定もなしで魚雷を当てるにはXK-177が浮上したまま魚雷を発射するくらいしかないが、それは流石にありえない話だ。

 以上のことを踏まえて何故魚雷が命中したかを考えると、XK-177がマールブランシュ号を意図的に魚雷発射訓練の目標とし、命中させるために必要な情報を収集していたという結論になる。もちろん本当に発射するつもりはなかったろうが、水雷担当者と艦長の不十分な意思疎通によってミスが発生し、その結果撃沈に至った可能性は十分にある。
 もちろんこの話は仮説にすぎないが、ただ発射するだけではどうやっても命中しないものを当てるためにはこう考えるくらいしかない。魚雷という三次元的な機動をとるものを正確に命中させるためには、正確な情報収集が欠かせない。そうした点で言えばイギリスの潜水艦クルーは優れていたとも言えなくはないが、それにしてもその後の行動と結果は論ずるに値しないものだろう。

疑問点④:魚雷命中後のXK-177の行動

 さらに疑問なのはマールブランシュ号に魚雷が命中した後のXK-177の行動だ。この行動については小説内で触れられていないものの、少なくとも乗員・乗客の救助活動に何ら寄与しなかったことは確かだ。

 彼らの行動が秘密裏であったとしても、正直に状況を報告して母港の基地なり海軍なりに通報することで、間接的にでも救援を要請するなどはできたはずだ。直接の救助にかかわらないにしても、救助に対して何一つできることがなかったわけではない。にもかかわらず彼らは特に何をするでもなく現場を離れたようだ。

 ここで思い出されることが一つある。1904年10月21日の夜から22日の早朝にかけて発生したドッガーバンク事件だ。同じく北海上で起こったこの事件では、日露戦争によって極東へ向かうバルチック艦隊がイギリスの漁船を誤って撃沈した上、救助もせず立ち去ったというものだった。当然イギリス国民は激高して群衆がトラファルガー広場でデモ行進を行い、時の国王であるエドワード7世も「最も卑怯な暴行事件である」と述べていた。さらにイギリスはバルチック艦隊に対して巡洋艦隊を出撃させて追跡していた。さらにバルチック艦隊が途上の補給地であるスペインのビーゴ港に寄港した際、スペインに対して「石炭はおろか真水さえも供給するなら中立違反と考える」と警告するほど激怒していた。

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(ドッガーバンク事件の絵。Russian Outrage(ロシアによる蹂躙)とあり怒りの深さをうかがえる。)

 サクラ大戦の世界でも日露戦争があったのでこの事件もおそらくあったろうが、よりによってそこから20年ほどたった後に皮肉にもイギリス海軍が同じマネをしてしまっている。イギリス海軍がフランスの民間客船を誤って撃沈した上、それを救助したのがイギリスの航空艦隊所属の艦だったから皮肉としか言いようがない。

 さらにいえばイギリス政府の後始末もあまりに杜撰極まりなかった。ドッガーバンク事件の際のロシアでさえ、ロシア政府は非を認めて補償金を支払っている。一方でマールブランシュ号についてイギリス政府はすべてを否認した上で責任を一切認めていない。補償もなければ責任の所在、事故調査の国際的な委員会なども開かれていないという状態だ。撃沈されたマールブランシュ号で魚雷を目撃した人物が生存しており、さらにはイギリス海軍内部から匿名の上、証拠となる書類付きで告発されているにもかかわらずである。自分が被害者になった時は大騒ぎしたくせに、自分が加害者になった時はだんまりを決め込むという笑えないことが1926年のイギリスでは行われていた。

 しかし何故イギリス政府は責任を認めなかったのだろうか?事故後の対応はお粗末そのものであり、小説内でもイギリス政府の言っていることを誰も信じていない様子が見て取れる。推測にはなるものの、これまでの仮説を前提にしたうえでイギリスの立場になってみれば、事実を否定し続けた理由も浮かび上がってくる。

 もし仮にイギリス政府が非を認めた場合、より正確な調査のためには当事国以外の手で国際的な調査委員会が開かれる可能性は大いにある。その結果明らかになるのはあまりにもあってはならない事実であり、それが白日に晒された日にはイギリス海軍の立場は地に落ちることは容易に想像できる。軍事機密は露呈し、練度と常識のなさが明らかになり、さらに賠償金を課せられる可能性は十分にある。責任という部分では加害者たる艦長はもちろん、管理責任で計画発案者に加え上層部の一部、さらに政府にも責任追及が及ぶことは避けられない。事実がすべて明るみに出た場合、イギリスという国が背負う代償は計り知れないものになることは確かだ。

 一方で政府がすべてを否定した場合はどうか?これは小説を読めば明らかになる。生存者の証言から原因が魚雷による攻撃ということが明らかになり、さらに内部告発で犯人がイギリス海軍の潜水艦だということは明確になっている。しかしこの段階ではあくまで発射したことが明確になっただけで、それ以上に問題のある民間船舶を勝手に訓練目標としていたという可能性は明らかになっていない。事件はお粗末なイギリス海軍の起こした信じられない事故としてまとめられて終わり、政府が非を認めた場合と比較すればダメージははるかに少ない。
 おそらく当時のイギリス政府は事実を公表した場合としなかった場合の両者を比較検討し、結論としてすべてを否定する道を選んだと考えられる。

事故における問題点のまとめ

 ここまで読んでもらえればわかるだろうが、小説内で行われた事故後のイギリス政府の行動は単なる軍事機密とミスを隠すためだけのことではない。計画段階から始まり、それを承認した上層部に潜水艦のクルーに至るまで、あまりにも杜撰な行動を隠蔽しようとした節がある。これらの問題を単にミスの一言で済ますことはできない。

 マールブランシュ号の事故については以下のような問題があった。

1. 訓練海域の指定といったリスク回避を一切せず、民間船の航行量も多い北海東部を訓練海域に選択した計画発案者
2. 秘密裏に行われる訓練にもかかわらず、航行量の多い海域が選ばれていることに何の疑問も抱かず承認した軍の上層部
3. 信管などを設定した上で起爆可能な状態の魚雷を装填した水雷担当者
4. 民間船舶を勝手に訓練目標に定めた上に事故とはいえ撃沈し、さらに事故後の救助要請などの後始末もしないまま海域を離れた艦長
5. 以上の常識では考えられないすべてのミスを握りつぶそうとし、事実が生存者の証言と内部告発で明らかになっても否定し続けたイギリス政府

 書いていて何というか、もう頭が痛い。イギリス側関係者がことごとく頭現場猫レベルな上、奇跡的というか天文学的な確率で信じられないようなミスが玉突き事故を起こしている。きっとネルソン提督も草葉の陰で泣いていることだろう。あの大英帝国海軍の上から下までこのザマなのだから。
 サクラ大戦3のバックグラウンドとして語られるマールブランシュ号の沈没については、いろいろ考えてみると当事者で加害者側であるイギリス海軍と政府のあまりに杜撰で信じられないような対応が浮かび上がってきてしまった。こうなるとこの事故に巻き込まれて人生を大いに狂わされた花火、フィリップ、そしてグリシーヌと乗客の一行がかわいそうになってくる。

 なおサクラ大戦の世界におけるイギリスは作中において全く言っていいほどロクなことをしていない。『ル・ヌーヴォー・巴里』でもイギリスの諜報部であるMI6が出てきたが、彼らも時計がなくなったと騒いで外交問題にしようとしたり、尋問や相手の素性のチェックもせずに捕らえたメルとシーを拷問にかけた挙句、巴里花組の面々に撃退されて後始末で大きな代償を払ったりしている。製作陣はイギリスに恨みでもあったのだろうか?
 こうしたツッコみどころしかないサクラ大戦の世界におけるイギリスだが、新では倫敦華撃団も登場して多少なりとも過去の汚名をそそぎつつある。彼らの今後の活躍によってはイギリスの名誉も回復するはずだが、いったいどうなることだろうか。

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