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カンクン

カンクンへ行くことにしたのは言ってしまえば妥協案だった。

本当はカリブ海の向こう側の島々へ行きたかった。しかし、本命のキューバへの入国はアメリカのビザ制限により事実上不可能になってしまった。ならばとドミニカ共和国への渡航も考えはしたが、乗り継ぎの大変さとチケット代がネックになり、アクセスの良さとを天秤にかけ、メキシコシティからカンクンへ飛ぶことにした。

カンクンは1人で訪れるような場所ではないことは分かっていた。完全に欧米人たちのリゾート地。だからそもそもカンクンを観光するつもりはなかった。カンクンを拠点に日帰りでピンクラグーンなどの近郊の観光スポットを回ろうと考えていた。

それでもカンクンの空港に降り立ったときにやはりここじゃなかった感は拭えなかった。大きなキャリーケースを引っ提げた多くのグループ客がリゾートホテルからのピックアップを待っていた。バックパックを背負っている旅人なんて見渡す限りいなかった。その光景に辟易とし、何故か携帯の電波も入らず交通手段を調べることができなかったため、適当にタクシーに乗り込んだ。べらぼうに高い値段で「これがリゾート地か・・・。」と先が思いやられた。市街地に入りようやく携帯の電波が入ったところで調べてみると空港の客引きタクシーはぼったくりだった。なんなら別のターミナルから市街地へのバスも出ていたらしい。ちゃんと事前に調べるべきだった。旅慣れによる傲慢が招いた災いだ。

そんな最悪のスタートだったが切り替えて翌朝はピンクラグーンを目指すことにした。その翌日はグランセノーテなどで知られるトゥルムという街を1日かけて観光する計画を立てた。バスターミナルで両日のバスチケットを購入し、この日は眠りについた。

翌朝、まずはカンクンからバスで3時間ほどのところにあるティジミンという街へ向かった。バスの冷房が効きすぎてウィンドブレーカーを持ってくればよかったと後悔したが時すでに遅し。

ティジミンに到着した。下調べではそこからバスでリオ・ラガルドスという村を経由してピンクラグーンのあるロス・コロラダス(名前が似ていてややこしい)という村までタクシーで行くルートか、ティジミンから直接タクシーでロス・コロラダスまでの2通りがあるとのことだった。もちろん最安のルートは前者だが、俺もそこまでストイックなバックパッカーではないので後者を選択した。

ロス・コロラダスは本当に田舎で帰りのタクシーをピックするのが大変なのでティジミンでタクシーをチャーターするのも良いとのことだったが、あいにくティジミンで捕まえた運転手が午後から大事な用事があるとのことで断られてしまった。単に待つのが面倒なだけだったのかもしれない。それに帰りのタクシーもたくさんあるから安心しろ!と事前情報と食い違ったことを告げられ、本当か?と思ったが、その優しそうなおじさんを信頼することにし、とりあえずロス・コロラダスに向かった。

ティジミンから周りに何もない一本道をただひたすら北上し続ける。途中、大きな牧場などありはしたがあとは本当になにもないただの一本道。やはり人里離れたところへ行くと高揚する。1時間ほど走ったところで家がぽつぽつと現れてやがて村が現れた。ここがリオ・ラガルドスだとわかる。村を抜けてしばらくすると左手には綺麗な海岸線、右手にはピンク色の湖らしきものが見えた。これがピンクラグーンのようだがここは商業用(塩を採取している)らしく、観光用ではないらしい。まもなくしてロス・コロラダスの村に到着し、観光用のピンクラグーンまで乗せてもらいタクシーの運転手に別れを告げた。

ピンクラグーンは本当に美しかった。日差しが強かったため装着していたサングラス越しからでも色鮮やかさを感じた。カンクンでのぼったくりや空調の効きすぎたバスなどここに来るまでの苦労が一気に吹っ飛んだ。


ピンクラグーンを一通り見終わってからロス・コロラダスの村を散策した。と言ってもロス・コロラダスは歩きでも20分あれば回りきれるほどの小さな村。レストランや売店は数軒ほどで人もほとんど歩いていない。メキシコシティやカンクンの喧騒さとは大違いだ。これこれ、こういう何もないところに来たかったんだよなー。


ビーチにも行ってみた。ロス・コロラダスの海はピンクラグーンに引けを取らない美しさだった。これぞカリブ海。そうなのよ!これが見たかったのよ!ビーチ沿いに停まっているおそらくは漁に行くための小さなボートとそれに群がる無数のカモメたちもなんだか映える。ボートの上には目の前の美しい光景には目もくれず仕事に励む現地の人たち。こんなにきれいな海がデフォルトになってる現地の人たちが日本の汚い海を見たらどう思うのだろう。

そろそろティジミンに戻っておいた方がいい時間だ。タクシーを探すことにする。だがここまで村を散策していた薄々勘づいてはいたが、タクシーどころか車もほとんど走っていない。ピンクラグーンまで戻って受付の人に聞いてみたら夕方にティジミン行きのバスが出ているからそれに乗るしかないとのこと。おっちゃん、タクシーめっちゃいるんじゃなかったんかい!

夕方のバスまではまだ2時間ほどあった。何もやることがなかったので炎天下の中、ひたすらバスを待ち続けた。途中、近くの教会にどこから来たのか地元の子どもたちが集まりだした。やはりどこに行っても子どもはたくさんいる。

夕方になりようやくバスが来た。この時点で予約していたティジミンからカンクンのバスには間に合わないだろうことが確定した。最終のバスにはおそらく間に合う時間だったがチケットがまだ残っているかはわからない。チケットが残っていることを祈りながらロス・コロラダスに別れを告げた。

ティジミンに着いてチケットカウンターに駆け込む。運よくカンクン行きのチケットはまだ残っていた。よかったこれで帰れる!一安心。

帰りのバスは行き以上に空調が強く、恐ろしく寒かった。おまけに運転も荒く揺れもひどい。気分は最悪だった。

カンクンに着いたのは23時ごろになってしまった。とにかく寒いし気持ち悪いしで生きた心地がせず、道中のレストランやバーには目もくれず急いでホテルに戻った。ホテルに到着してすぐさまお湯を沸かし、持参していたカップスープを飲んでようやく生き返った。

翌日また早朝からトゥルム行きのバスに乗った。今度はウィンドブレーカーを持ってきていたので車内は快適だった。

トゥルムに到着してとりあえずグランセノーテに向かう。グランセノーテに入ると日本人の団体客がいた。メキシコで日本人を見たのは2回目だった。ツアーコンダクターの人に声をかけられた。話を聞くとこれからロス・コロラダスに向かうという。カンクンエリアの主要なスポットを1日で弾丸で回るのがツアーの売りだという。

「ロス・コロラダスなら昨日行きましたよ。バスとタクシー乗り継いでめちゃくちゃ大変でした。」というと

「うちのツアーにすればよかったのに。寝てるだけで全部連れていきますよ。」と言われた。

一瞬それもいいなーと思ったけど、やっぱりしんどさも旅の醍醐味だと考えを改めた。しんどかった分、そこで見る景色も味わい深くなると思う。俺が見たロス・コロラダスの海とあの団体客が見るロス・コロラダスの海は同じものでもきっと見え方がぜんぜん違う。

でも帰りのしんどさは行きより断然しんどい。行きは自力で、帰りは迎えに来てくれるツアーがあればぜひ紹介してほしいと思ったのであった。

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