近況

人生で1冊の本を選べと言われたら水野敬也先生の「LOVE理論」をあげるかもしれない。この本は間違いなく自分の人生を変えたと言っても過言ではない。この本はいわゆるモテマニュアル本で、恋愛必勝法を理論的に紹介する構成なのだが、普通のモテマニュアル本と一味異なるのが−そしてそれがこの本が自分にとって人生最高の1冊である所以である−最終章「ファーストラブ理論」である。この章では、これまで散々恋愛理論を紹介した挙句に、真に理想の人と結ばれるためにはそれらの理論をすべて捨て去ることを読者に要求するのである。要は異性の好みに合わせ、様々なテクニックを身につけていったところでそれは本当の自分とはどんどんかけ離れていってしまう。それではありのままの自分でいれて、そのありのままの自分を受け入れてくれるような人とは出会えないのだと。

好きな人ができずにずっと悩んでいた。最後に人を好きになったのは高校生のときに付き合っていた子かもしれない。人としても尊敬していたし、彼女と過ごした日々は今でも良い思い出として残っている。お別れをしなければならなかった時は本当に辛かった。
それ以来、ずっと好きな人ができなかった。何人か良いなと思う子と付き合ってみたりはしたが、すぐに飽きてしまい、長く続くことはなかった。もういっそのこと一人でいるほうが楽なんじゃないかとさえ思っていた。
それでも普通に好きな人ができて、普通に恋愛を楽しんでいる周りの人たちが羨ましかった。
自分も周りの人たちのように普通に恋愛がしたい。そのためには自分磨きをしなければならない。自分のレベルを上げれば理想の人と出会うことができるはずだ。そんな思いで手に取った「LOVE理論」だった。

「LOVE理論」の教えを実行し、女の子が喜ぶような行動に徹し、たしかに少しずつだが女を落とせるようになってきた。何人もの女の子を同時並行で口説き落とし、良い思いをしたこともあった。でもそのうちの何人かとも付き合ったりしたが、全く楽しくなかった。それもそうである。その子たちと向き合っている自分は何枚も鎧をまとった状態で、本当の自分とはかけ離れていたのだから。

そういうことかと悟った。理想の人に出会うための旅はまた振り出しに戻った気がした。ではどうしたら理想の人と出会えるのだろう?そもそも理想の人ってどんな人かもわからなかった。

人生で最高の1冊をもう一つあげるとしたら(その時点で最高の1冊ではないけれど)平野啓一郎先生の「マチネの終わりに」だろう。平野先生は数多の著作を通じて分人主義というのを説いている。分人主義とは、本来人に内在する本当の自分というものは存在せず、対時する相手によって使い分けている自分(これを分人という)のどれもが紛れもなく自分であり分人の構成比率こそが本当の自分を形成するというものである。例えばこの人といるときの自分はとても輝いていると思えば、その人と会う時間、その人と会っている時の分人の割合を増やすことで自分をどんどん肯定し、好きになっていける。
「マチネの終わりに」は主人公の薪野が洋子と出会い、恋に落ちる物語なのだが、2人はお互い一緒にいる時の自分を肯定し、まさしくお互いにとって理想的な関係である。その情景の描写が本当に美しく、いつか自分もそのような分人を引き出してくれる理想的な相手と出会いたいと思わせてくれる。

長々と書いてきたが、最近ようやく大切にしたいと思う人ができた。本当に久しぶりに。その人はとびっきり綺麗な訳でも、何かに秀でている訳でもない。それでも大切にしたいと思ったのは、波長が合うとか、一緒にいて楽とかそんな次元を超えて、その人といるときの自分が本当に肯定できるというか、自分をものすごく好きになれた。彼女の前では今まで散々使ってきたありきたりの恋愛テクニックなど全て脱ぎ去ってありのままの自分でいれた。ああ、水野先生や平野先生はこういうことが言いたかったんだなあと身に沁みて理解した。

付き合うことになって初めてのデートは本当に楽しかった。今まで異性とどこか出かけてもずっと違和感があり、心から楽しめたことなど一度もなかった。もう自分は何か人として大事な部分が欠落しているのではないかと悩んだ時期もあった。でもそんな疑いは杞憂であったことを彼女が証明してくれた。今までの苦悩を思い出して思わず泣いてしまった。でもそんな時も彼女は驚くことなく自分を受け止めてくれた。笑って喜んでくれた。

もうすぐ30にもなるのにこんな日が来るなんて、初恋(ファーストラブ)の時の気持ちを抱くことができるなんて思いもしなかった。今こうして自分がいるのはもがき苦しんでいた自分があったからだと今ならそう思える。水野先生や平野先生の作品に出会っていなかったら、また違う人生になっていたかもしれないなとも思う。

こんなの知り合いに見られたらものすごく恥ずかしいが書かずにはいられなかったので残しておきます。

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