ペンキ

木本亜衣、24歳。都内で広告代理店に勤める彼女の役職は、社内では「クリエイティブ・ディレクター」。しかし、それは華やかな仕事を想像させる名前とは裏腹に、日々の仕事はデスクワークが中心。さらに、亜衣の直属の上司は、業界では有名なスパルタタイプの部長・村田だった。

「木本、次のプロジェクトの担当はお前だ。新商品のペンキ、広告戦略を考えてくれ」突然、村田から告げられた彼女の新たな任務。新商品のペンキは一般の家庭でも使いやすいという特徴があり、その魅力を伝えるためには何でもする覚悟が必要だった。

そして、村田のアイデアで生み出されたのが、「ペンキの缶を模した顔出し着ぐるみ」だ。円筒形のボディ部分が缶を表現し、上部の蓋部分に顔を出す形状。ボディ部分は紺色で、顔出し部分はシルバー。まさにペンキ缶そのものだ。しかも、着ぐるみの中には白の全身タイツを着ていることが要求された。

「え、私がそれを着るんですか?」亜衣は戸惑いを隠せなかった。

「そうだ、お前が一番適任だ。新商品の魅力を伝えるため、ペンキの缶になる覚悟を見せてくれ」

村田の言葉に、亜衣は唖然とした。

「頑張ります…」彼女は諦めの境地でそう答えるしかなかった。亜衣の頭には、ペンキ缶になる屈辱が浮かんだ。恥ずかしい、無理、こんなこと本当にするのか…。そんな思いが渦巻き、彼女の心は混沌としていった。

その後、亜衣は取り組みを始める。ペンキ缶の着ぐるみに続き、白の全身タイツも用意される。亜衣の不安は尽きず、しかしそれを隠し、村田の命令に従うしかなかった。

その日、着ぐるみの試着が始まった。全身タイツを着てペンキ缶の着ぐるみを身に纏う亜衣。彼女はまさに「ペンキ缶」そのものになっていた。しかしその格好は亜衣自身が想像していたよりも遥かに恥ずかしいもので、彼女の心は限界を迎えていた。

広告撮影当日、亜衣は着ぐるみを着て、キャンペーンガールとしての仕事を始める。しかし、その格好は目立ちすぎて、スタジオのスタッフからも薄ら笑い声が聞こえる。さらにその様子が会社のSNSにアップされ、社内外問わず有名に。亜衣の心はさらに打ちのめされていく。

終わりのない恥辱に、亜衣の心は完全に閉ざされた。ペンキ缶の着ぐるみを着せられたこと、そしてそれを全世界に晒されるという経験は彼女を深く傷つけ、彼女の自尊心を崩壊させた。

広告戦略は成功したかもしれない。しかし、その代償として亜衣を変えてしまった。彼女は仕事に対する情熱を失い、心もすでに空っぽだった。

「すみません、もう、私には無理です…」彼女の言葉は、無感情で、そして空虚だった。亜衣は仕事に対しての気力を失い、彼女から次第に笑顔が消えていった。

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