とっくり

酒造会社で働く27歳の女性社員・河田柊は、ある日突然、とっくりの顔出し着ぐるみを着ることになった。地元のイベントで新商品の宣伝をするためで、着ぐるみはその新商品を象徴するとっくりを模して作られたものだった。

とっくり着ぐるみは、体の部分は丸々とした形、頭部はとっくりの口部分となっていて、そこから柊の顔が出るようになっていた。表面には手書き風の筆文字で新商品の名前が大きく書かれている。

「私がこれを着るんですか?」彼女は戸惑いを隠せずに上司に尋ねた。上司は微笑みながら、「河田さんなら、きっと似合うと思うよ」と言うだけだった。

イベントの日、河田柊は無理矢理とっくりの顔出し着ぐるみを着せられ、会社の新商品を宣伝するために、地元の賑わいの中で宣伝活動を始めた。その姿はとても異様で、地元の人々や観光客は彼女をじろじろと見つめ、驚きや困惑の目で見てくる。それでも彼女は新商品の宣伝を続けた。

新商品の名前とともに「一杯どうぞ!」と大きな看板が掲げられ、柊の着ぐるみ姿を背景にスタッフが商品をアピールする。

そのスタッフの一人である鈴木という男性は、柊の同僚だ。彼もまた柊と同じく、宣伝活動をしていたが、彼はスーツ姿だった。

「すみません、柊さん。私はこんなんなのに…」と鈴木は申し訳なさそうに柊に謝った。柊は恥ずかしい感情と上司の愚痴を言いたい気持ちを抑えながら「大丈夫ですよ、鈴木さん。これも仕事ですから」と答えるしかなかった。

とっくりの顔出し着ぐるみ姿の柊を見た地元の人々は驚きの声をあげ、笑いをこらえきれずに失笑した。

「何あれ、とっくりの顔出し着ぐるみ?」「笑える。」「可哀想に…」と、皆が柊のことを見ては笑い、困惑し、再び笑った。それでも柊は一生懸命に新商品を宣伝し、笑顔を振りまき続けた。しかし、その笑顔は次第に硬くなっていき、笑顔を作るのも難しくなった。

最初は我慢していた柊だったが、次第に心が折れていった。同僚からも「とっくりちゃん」とあだ名をつけられ、イジられる毎日。ついには「もう、我慢できません。」と言って、酒造会社を辞めようとする。しかし、同僚や上司たちはそれぞれ

「そんなのできるわけないじゃん、来年もやって貰うよ」

と言った。彼女はそれに抵抗することができず、結局辞めることはできなかった。彼女がかつて持っていた元気や笑顔は、もうどこにもなかった。

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