タブレット

家電量販店の一角で、女性スタッフの酒井天音は呆然と黒の全身タイツを手に取った。上司の岩崎が「これを着るんだよ」とニヤニヤしながら言った。店長からの指示だという。新商品のタブレットPCのPR活動の一環で、天音がタブレット型の顔出し着ぐるみを着ることになったのだ。

着ぐるみのデザインは、巨大なタブレットPCを模したもの。まず全身タイツ着て、タブレットの着ぐるみは大きなタッチスクリーン風の印刷が施されていた。その上部には小さな穴が開いており、そこから顔を出す仕組みになっていた。

「バカにしてるんですか?」天音は岩崎に睨みつける。「こんな格好で、店の中を歩き回るんですか?」と声を震わせた。しかし、岩崎は悪びれる様子もなく、「着ぐるみは流行りだよ。それに、お前ならできるさ」と言った。

しかし、天音は「流行りだからって…」と呆れた声で言った。「こんな恥ずかしい格好で、しかも全身タイツなんて…」と声にならないほどの怒りを感じた。しかし、この仕事は、天音にとって生きがいであり、今すぐにでも辞めるわけにはいかなかった。

「それにしても、なんで私が…」天音は思わずつぶやいた。だが岩崎は、「お前の笑顔なら、客もきっと喜ぶよ」と言って、にっこりと笑った。

そんな岩崎の笑顔に、天音は無言でただただ黙っていた。しかし、内心では「こんな格好で笑ってられるか」と怒りを抑えきれない気持ちだった。今までにない恥ずかしさと、自身の境地に追い詰められた天音は、全身タイツをゆっくりと手に取り、更衣室へ向かった。

更衣室で全身タイツを着てみると、天音の予想以上に体のラインが強調されてしまう。それを見て、ますます恥ずかしさが増す。ただでさえ着ぐるみだけでも恥ずかしいのに、その上からタブレットの着ぐるみを着せられるなんて考えるだけで赤面する。

「それを着て、出てきて!」と岩崎が更衣室の外から大声で言う。それを聞いて、天音は「もう、いい加減にして…」とつぶやきながら、顔を出す部分の小さな穴に顔を通す。その瞬間、全身タイツの上からタブレットの着ぐるみを身に纏った。

出てきた天音を見て、岩崎は大きな拍手を送った。「なかなかいいじゃないか!画になるよ!」しかし、それを聞いた天音は、ただただ顔を赤く染めて何も言えなかった。

そんな中、店内に響くアナウンス。「本日のスペシャルゲスト、タブちゃんの登場です!」その言葉に、天音は「私が、タブちゃん…」とつぶやくしかなかった。

店内を歩くたびに、来店客から指差され、笑われる。そんな中でも、天音は必死に笑顔を絶やさないように努める。「はい、写真撮ってください!」と声を出す。しかし、中には「なんだ、これ?」「面白いな」と笑っている人もいれば、同情的な目で見てくる人もいた。

その日、天音は長い一日を過ごした。普段とは異なる仕事内容、着ぐるみの暑さ、そして何よりも恥ずかしさ。それでも、彼女は最後まで笑顔を忘れず、タブちゃんとして一生懸命に仕事をした。

着ぐるみを脱いだ後、鏡に映る自分の顔を見て、天音はほっと息をついた。「こんな日もあるか…」と疲れた顔でつぶやきながら、この恥ずかしい一日を振り返って、また顔が赤くなった。

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