CALL4 新宿留置場事件 〜警察官による被収容者への違法な戒具拘束や侮辱行為を許さない〜#刑事司法.高熱の同房者に毛布を。そう頼んだ彼を、留置担当官はパンツ一枚にして拘束したPDF魚拓





国家権力側の暴走がもっとも起こりやすい場所

「Aさんは大人しいというか、暴れたり、常識外れな声を出すようなタイプではありません。そういう人が突然、保護房に連れて行かれたのは、見せしめ以外の何でもないと思います」と、小竹さんはいう。

弁護団のひとりで、NPO法人 監獄人権センター(以下、CPR)の代表を務める海渡(かいど)雄一弁護士もこう続ける。

「痛かったことに加えて辱めを与えることで、被留置者の心をボロボロにしているんです。留置担当官は自分たちの仕事を“収容者を統率すること”といっていますが、ここに本質が現れています。
彼らは、まだ罪を犯したかわからない被留置者と自分たちに、はっきり上下をつけています。人を従わせる、統率するという発想で、国家権力が受刑者や被留置者を虐待する、これはいちばんやってはいけないことです」

自身も大学時代に留置場に入れられた経験がある小竹さんは、保護房での懲罰が、Aさんの心に与えた衝撃は大きいと思います、と話す。

「留置場では、管理する側とされる側で、人間が厳然と分かれています。それまで普通に大学生活を送っていた私は、そのとき自分が一段低い人間に落とされたんだと感じました」

「管理する側・される側が入れ替わることは絶対にありません。差別が構造化された場所は、安心して暴力を振るうことができてしまう世界なんです」

刑事収容施設内の秩序維持、そして被留置者や受刑者を統率するため……。留置担当官にしてみれば、自身の行為を正当化する理由はいろいろある、と小竹さんは続ける。

「法律上の規則はあるけれど、保護房があり、身体を拘束する戒具もあって、要件に合えばそれを使用できるという状況では、どうしても拡大解釈が起こりやすくなります。拘禁施設は放っておくと、不当な公権力の行使が起こりかねない場所で、だから監視システムが必要なんです」

戒具の使用がなぜ、どれほど危険なのか。海渡さんはこう説明する。

「ベルト手錠のことを知らない人は“拘束された手首が、ちょっと赤くなったくらいでしょ”と思うかもしれません。でも、拘束によって血流が止められ、うっ血状態になっているところで血栓ができ、急に戒具を外すことでその血栓が飛んで血管を閉塞させたら、人は死んでしまうんです。新宿署でも、名古屋刑務所でも、血栓症で人が亡くなっています。血流を止めることはしていけないと、刑事施設法にも書かれています」

「それを無視して身体拘束をしていたら、次の犠牲者がでてしまう。それくらい危険なことをしているのに、警察や刑務所の職員にはその認識がありません」
100年ぶりの「監獄法」改正から、16年が経って

外部の目が入らない拘禁施設では、何が起こり得るのか。1995年にCPRを立ち上げて以来、拘禁施設の被収容者にも人権があることを訴え、処遇の改善を求めてきた海渡さんは、四半世紀にわたる自身の取り組みを交えてこう話す。

「当時の刑務所では、反抗的とされた受刑者が保護房に入れられ、革手錠で片手前、片手後に締められることが相次いで発生していました。私たちは受刑者をサポートしましたが、酷い扱いを受けて傷を負い、亡くなる人もいました」

「1998年10月、CPRは刑事施設内で起きている人権侵害について、国際人権(自由権)規約委員会に報告し、委員会から日本の刑務所で危険な拘束具が多用されていることを問題視する勧告を引き出すことができました。
勧告後、法務省が全国に通達を出し、革手錠の使用が激減するという成果もありました。刑務所制度の改革に向け、日本弁護士連合会と法務省が共同でイギリスやドイツなど海外の刑事施設の視察や勉強会をおこなっていた……そういう時期に、名古屋刑務所事件が起きたんです」

名古屋刑務所事件とは、2002年10月、同刑務所で複数の刑務官が受刑者に暴行を加え、3名の死傷者を出した事件を指す。亡くなった2名のうちひとりは、保護房内で刑務官から臀部(でんぶ)に消防用の高圧ホースを噴射され、直腸を損傷し、死に至っている。

「刑務所内を改革するため、2003年4月に行刑改革会議が始まるのと前後して、過去10年間1,600人分の死亡帳が出てきました。保護房で亡くなったケースや、死因が全くわからないケースも多く、その中の238件について、刑務所内で起きたことを記録している視察表とカルテを出してもらい、調査を進めました」

「視察表を見てさらに驚いたのは、明らかに虐待によって殺されたとわかる人が何十人も出てきたことです。そこから徹底的に調査したことが監獄法改正につながり、保護房に入れるときはビデオを撮る、革手錠は廃止する(代わりに現在はナイロン製が主に使われている)など、戒具の使用に厳しい制限が設けられました」

「実際、虐待が減っていた時期も、あるにはあったんです。でも、今回の事件や最近、立て続けに起きている事件からは、統率するためには痛い目に遭わせてもいいという考えが復活しつつあるように見えます。あらためて制度改革が必要だと思っています」

▲1995年に監獄人権センター(CPR)を立ち上げ、現在、代表を務める海渡さん。CPRの設立以来、戒具と保護房を使用した人権侵害の問題を指摘してきた

証拠の映像が、人為的なミスで存在しない

保護房で24時間、監視カメラが作動していることは、被留置者のプライバシーの侵害ではないかという意見もある。だが、事実を客観的に映すカメラは、被留置者だけでなく、そこにいる留置担当官の行為も、忖度(そんたく)せずに記録する。

小竹さんは、証拠保全のために新宿署に足を運んでいるが、結論をいえば、保護房に入れられたAさんの映像は残っていなかった。

「留置場には保護房だけでなく、いくつか監視カメラがあり、録画操作はボタンでおこなわれているそうです。ところが、『2022年6月初旬に一度、録画を中断して、その後、再開するためにボタンを押すのを7月中旬まで忘れてしまったため、その間の映像はない』と。新宿署の副所長からは、そう説明されました。でも、映像が本当にないのかどうか、信用しがたいですよね」

仮に新宿署がいうように、約1カ月半、監視カメラがトラブルで作動していなかったとしても、Aさんを保護房に入れ、戒具を装着するまでをハンディカメラで映した、約3分間の映像は存在する。だが、被告の東京都は、“公務員の職務上の秘密に関するから”という理由で、映像の提示を拒否している。

「東京都はアルジュンさんの裁判で、映像を証拠として出さざるを得なかったことを後悔しているんだと思います」

提訴から4年8カ月、3月17日に判決がいいわたされたアルジュンさんの事件で、裁判所は留置担当官の救護義務違反を認め、東京都におよそ100万円の支払いを命じた。
この裁判では、アルジュンさんが新宿署の保護房に入れられたときの映像が、弁護団に開示されている。そこには、ネパール語で「痛い、苦しい、だんなさま、やめてください」と懇願しているアルジュンさんを、留置担当官をはじめ16人で取り囲み、戒具を装着する署員の姿が映っている。

だが、今回、新宿署は映像の公開を拒否している。このため弁護団は、当人と関係者の証言のみから、立証せざるを得なくなっている。

▲「留置担当官や刑務官も上下関係に悩まされているので、彼らが働きやすい職場になれば、状況も変わるかもしれません」と小竹さん

拘禁施設内にも人権はある

あまりの痛みに戒具を外してもらいたくて「ごめんなさい」と謝るAさんに、留置担当官は「こういう法律があるから仕方ない」といって拘束を続けたという。だが、熱のある同房者のために毛布の差し入れを依頼したAさんの一連の言動と態度は、冒頭に記した保護房収容、戒具の使用要件のいずれにも当てはまりはしない。

留置担当官が、勝手な裁量によって懲罰を与えてよいなどという法律も当然ない。

昨年12月、愛知県の岡崎留置場では、公務執行妨害で逮捕された男性が、延べ130時間にわたりベルト手錠などで拘束され、亡くなった。監視カメラは、戒具で拘束され、寝転がされた状態の男性を、複数の署員が足で動かしている様子をとらえている。

同じ月には、名古屋刑務所の刑務官22人が2021年11月から2022年8月にかけて、複数の受刑者の顔や手を叩く、顔にアルコールスプレーを噴射する、尻をサンダルで叩くなどの暴行を繰り返していたことが判明し、報道された。

被留置者や受刑者への度重なる暴力、その背後には、罪を犯した人、犯したかもしれない人が制裁を加えられるのはやむを得ないと、このような懲罰的処遇を肯定する社会の空気があるのではないか。この問いに、海渡さんと小竹さんはこう答える。

「罪を犯した人たちに警察が甘い態度でいたら、また罪を犯す。そう考える人もいますが、それは間違っています。痛い目に遭わせ、威圧によって抑制するだけなら、外に出て痛い目に遭わなくなれば、元の木阿弥です。
でも、人は人として扱われることで初めて自分の過ちに気づき、自分の生き方を省みることができるんです。受刑者を支援することが、社会全体を安全にすることにつながると、僕はそう思います」

「どんなことでもそうですけど、差別は知らないことによって助長されます。私は彼らも同じ人間で、私たちと変わらないと思っています。
国が受刑者の社会復帰を支援することは、法律でも定められています。彼らを一段低く見て、傷つけてもよい理由はありません」

Aさんは今も、自問しているのではないだろうか。同房者と一緒に熱のある人のために毛布の差し入れを頼んだことの、何が問題だったのか。一度、過ちを犯した自分には“人として”の意見を口にすることは、許されないのだろうか、と。

留置場、刑務所、入管の収容施設など、外部の目が届かない拘禁施設内で、規律秩序や保安の維持に名を借りて被収容者に対する職員による違法行為が繰り返されている。

こうしたことが明らかになっても、自分には縁のない、他人事だと多くの人が傍観しているうちに、国家権力は管理体制を少しずつ強めてゆく。
その先にあるのは、誰にとっても生きにくい社会ではないだろうか。

▲今回のケースは誰の身にも起こりうることであり、法律に定められた手続きによらずに懲罰を行うことは憲法違反であるということを多くの人に知ってほしい、と弁護団

取材・文/塚田恭子(Kyoko Tsukada)
撮影/穐吉洋子(Yoko Akiyoshi)
編集/丸山央里絵(Orie Maruyama)

https://www.call4.jp/story/?p=2264
高熱の同房者に毛布を。そう頼んだ彼を、留置担当官はパンツ一枚にして拘束した