沖縄米軍基地問題に関する東京新聞記事PDF魚拓





戦後78年たった今なお、沖縄戦の激戦地だった沖縄本島南部には戦没者遺骨が数多く眠る。その土砂を米軍の辺野古新基地建設に使う国の計画に抗するため、遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さん(69)=那覇市=は、土地の県有地化を訴えている。「沖縄戦の惨禍を未来に伝えていける場所。全国に協力を呼びかけ、追悼と平和を考える聖域にしたい」と提案する。(中山洋子)

◆辺野古の米軍新基地建設の埋め立て土砂に

 「戦没者を冒瀆(ぼうとく)する計画は撤回するしかない」



2022年8月15日、靖国神社前で遺骨土砂採掘の賛否を問う街頭シール投票を行った具志堅隆松さん(右)

 ここ数年、具志堅さんは終戦の日に靖国神社前(東京都千代田区)に座り込み、参拝者らに訴えてきた。「靖国神社に行くのは戦没者に畏敬の念を示そうとしている人々。私たちの言うことはきっと理解してもらえると思っている」

 台風の影響などで今年は終戦の日の上京を断念したが、計画撤回を訴える思いは変わらない。「まだまだ国民に知られていない。知っていたら、人道にもとる計画が許されるはずがない」と信じる。

 沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設をめぐっては、建設予定地が軟弱地盤だったことが発覚し、防衛省は3年前、地盤改良工事のため土砂の調達先の候補地を拡大した。その中には、本島南部の糸満市や八重瀬町も含まれていた。

◆「今も掘れば必ず出てくる」

 耳を疑うような計画だった。具志堅さんが41年間に拾い集めた遺骨は300~400体ほど。「今も1メートル四方を少し掘れば砲弾の破片や風化した細かい遺骨など、戦争の痕跡は必ず出てくる。私たちが遺骨収集をした場所でも、膝を突いて目をこらすと必ず小さい取り残しがある。本島南部はそんな場所なんです」



平和の礎=沖縄県糸満市の平和祈念公園

 沖縄県によると、旧日本兵を含む沖縄戦の死者は約18万8000人と推定される。今年3月時点で18万5463体の遺骨は摩文仁(まぶに)の丘の国立沖縄戦没者墓苑に納められているが、2673体はまだ見つかっていない。

 今年5月、具志堅さんは衆院議員会館で開かれた意見交換会でも防衛省の職員らに訴えた。「旧日本兵は先輩であり戦友ではないのか。その遺骨で米軍基地をつくってあげるのは彼らと遺族への裏切りではないのか」

 実際、全国の遺族らも動き始めた。各地の議会が激戦地の土砂を埋め立てに使わないよう求める意見書を可決。今年6月までに参院に提出されたものだけで200議会近くになっている。

◆岸田首相「国の責務で収集」と言いながら…

 今年の戦没者追悼式典では、岸田文雄首相は「国の責務として遺骨の収集を集中的に実施」することも明言した。にもかかわらず、国は沖縄県内各地から土砂を調達してでも辺野古新基地建設を進める方針を崩そうとはしない。

 戦没者の尊厳を守るため、具志堅さんは今年3月、沖縄県に本島南部の未開発緑地帯を買い取るよう要請した。もともと糸満市と八重瀬町にまたがる広大な土地は、1972年の沖縄本土復帰後に沖縄戦跡国定公園に指定されている。ただ、多くは開発が進み、崖地を中心にわずかな緑地が帯状に残るのみという。「崖の下にガマ(洞窟)もあり、米軍の攻撃を逃れた人々の遺骨がたくさん出てくる」。開発には適さないが、琉球石灰岩の採石場として注目されている。

 具志堅さんは「沖縄戦体験者がいなくなった後、戦争の悲惨さを伝えてくれるのは遺骨収集を続けている場所。沖縄戦の戦跡を次世代に継承するには全国の協力も必要になる」と話し、ふるさと納税制度を通して買い取り資金を集めることを提案している。「財源確保に加え、戦没者をないがしろにする非人道的な計画を全国の人に知ってもらうきっかけにもなるはずだ」と訴える。

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ふるさと納税で「戦没者に畏敬の念を」 沖縄の男性が靖国神社で訴えた深い理由 遺骨が眠る土地が荒らされる

2023年8月20日 12時00分


23日の沖縄慰霊の日を控えた平和祈念公園の「平和の礎(いしじ)」(沖縄県糸満市)に、新たに犠牲者365人分の刻銘板が加えられた。大半の295人を占めるのが、沖縄に向かう特攻作戦で撃沈された戦艦大和の広島県出身の乗組員だ。埋もれていた人々は、どのように掘り起こされたのか。凄惨(せいさん)な地上戦が行われた沖縄で、軍民の区別も国籍も問わない「平和の礎」に込められた理念を振り返った。(山田祐一郎、大杉はるか)

◆「水上特攻」の犠牲者、2021年に県外出身者の漏れが判明

 「大和で沖縄に向かって戦死した人の名が刻まれることの意味は大きい」。大和が建造された広島県呉市の「呉海軍墓地顕彰保存会」の竹川和登副理事長(78)が追加刻銘があった20日、感慨深げに話した。

 大和は、全長約263メートル、基準排水量64000トンの当時世界最大の戦艦だった。内径46センチの主砲は射程40キロ以上を誇り、「大艦巨砲主義」の象徴とされるが、太平洋戦争では主役は航空機に移っていた。1945年4月、米軍が上陸した沖縄に航空機の護衛もなく突入する「水上特攻」に出撃。鹿児島県沖で米軍機の集中攻撃を受けて沈没した。



1941年10月に高知・宿毛沖で撮影された戦艦「大和」=大和ミュージアム提供

 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)によると、3332人とされる乗組員のうち3056人が死亡。護衛の5隻も沈没し、約1000人が犠牲となった。

 今回の大規模な追加のきっかけをつくったのは、那覇市在住で戦没者遺骨収集に取り組んでいる南埜安男さん(58)。一昨年、「戦没船員名簿」と平和の礎のデータベースを照合した結果、沖縄県外出身者約400人の刻銘漏れを確認した。その後の調査で、大和の戦死者の多くが刻銘されていないことが判明し、旧知の広島経済大の岡本貞雄名誉教授に調査を依頼した。

 岡本さんは、呉海軍墓地を訪れ、戦艦大和の慰霊碑に刻まれた内容や名簿から、沖縄に向かう大和の戦死者のうち広島県出身者を確認。広島県に、沖縄県に追加申請するよう求めた。調査に協力した竹川さんは「岡本先生はすべての都道府県出身者も調査し、沖縄県へ申請するよう要請しようという思いがあった」。だが昨年12月に県が追加申請を行う直前、岡本さんは70歳で病気で亡くなり、思いはかなわなかった。

◆まだ2000人以上の刻銘漏れも調査は難航

 無謀な作戦で、生還の可能性を断たれた大和の乗組員。南埜さんの照合では、僚艦を含め戦死者約2400人が刻銘されていなかった。「今回、300人近くが追加されてもまだ2000人以上が残っており、大和関連の戦死者の半分にも満たない」と訴える。都道府県では、遺族への確認が難しいことを理由に追加申請が進んでいないケースがあるといい、「今回、2年前から取り組んでやっと追加された。遺族は年々把握しにくくなっており、戦後80年に向けて時間がない」と危機感を抱く。

 実際、今回の追加について広島県社会援護課は「名簿の提供を受け、県出身者として確認が取れたので申請をした。そもそも遺族から要請を受けて沖縄県に申請するのが本来の形。県として誰を申請するか調査しているわけではない」と説明する。

 南埜さんは各地の自治体が出身地として積極的に申請することを求める。「平和の礎は、沖縄戦で亡くなったすべての人々が対象のはず。大和だけでもあまりに多くの人が放置されている現状でいいのか。戦争の実相を後世に伝えるには、一人一人の名前が正しく刻まれなければいけない」

◆沖縄戦悼み95年に建立、03年に対象拡大し24万人超

 1945年3月26日に米軍上陸が始まった沖縄戦は、6月23日の牛島満司令官の自決で組織的戦闘が終結。地上戦で日米双方で計20万人以上が死亡し、県民の4人に1人が犠牲になった。

 「平和の礎」は、戦争終結50年となる95年に建立された。国籍を問わず、沖縄戦で亡くなった加害者と被害者、戦争指導者、一般県民23万4183人の名前が当初刻まれた。2003年には、遺族団体の要望もあり、対象を拡大。県出身者は、沖縄戦に限らず、満州事変(1931年)から46年ごろまでに戦争が原因で亡くなった人まで広げ、外国を含む県外出身者は、南西諸島周辺での戦没者や戦後約1年以内に戦争が原因で亡くなった人も加えた。



「平和の礎」の前で手を合わせる人々=沖縄県糸満市の平和祈念公園で(2018年撮影)

 対象者拡大で、2004年には戦艦大和の元乗組員約180人やハンセン病療養所で亡くなった111人が追加された。沖縄県によると、今回の大和乗組員を含む365人の刻銘などで計24万2046人に。内訳は同県出身者14万9634人、他の都道府県出身者7万7823人となっている。

 国外は1万4589人で、米国が1万4010人を占める。日本の植民地だった朝鮮半島出身者も1万人余り命を落としたとされるが、実態把握は難しく、日本政府も調査していないため、刻銘者は463人にとどまっている。

◆平和祈念資料館とともに、戦争の愚かさを

 「平和の礎」建設には、沖縄戦で鉄血勤皇隊に動員された大田昌秀知事(当時)の思い入れがあった。著書「死者たちは、いまだ眠れず」(新泉社)で「『平和の礎』はたんなる慰霊の塔ではありません」「『非戦の誓いの塔』と言えます」「戦争の不条理、愚かさに対するわたしたちなりの認識にもとづいているのです。それはまた、県民に共通の痛恨の思い、悔しさの表明」と書いている。

 そして「戦場で地獄を体験した人たちは、国籍をこえて人間同士の立場に立って平和を求めた」「敵として戦った米英軍の戦没者だけでなく、朝鮮半島出身や台湾出身の犠牲者をも刻銘することによって、沖縄戦における日本側の被害状況について理解するだけでなく、他国民に与えたわが国の加害の責任についても自覚することがある程度可能になると考えた」と記す。

 1977年から戦没者実数調査を進め、「平和の礎」刻銘検討委員会座長を務めた石原昌家・沖縄国際大名誉教授(平和学)は、県主導で調査に当たるよう進言したことを明かす。「戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象となる軍人・軍属の戦没者は把握できても、名前がつけられる前に戦場で亡くなった赤ちゃんもいたし、戸籍名簿は空襲や日本軍の命令で焼却されていた。米国や英国、朝鮮半島出身者の名簿も必要で、県も相当苦労した」

 対象時期を広げると、海外で亡くなった沖縄の戦没者も明らかに。「沖縄の人たちも皇軍兵士で、加害の側面が明るみに出た」。一方、バックナー米司令官や牛島司令官の名前も。「官位は取り払い、五十音、アルファベット順に名前が並んでいる。司令官も一兵卒もない。要するに『戦場の跡』を記録している。ある人にとっては見つからない遺骨の代わりになり、ある人にとっては慰霊や追悼になる。訪れる人の立場によって違う」

 「戦場の跡だから敵も味方も戦争指導者も被害者もない」。米兵や英兵の名前を刻むことに批判はなかったが、日本の戦争指導者の刻銘には「『内なる加害』である皇軍兵士への怒りが相当あった」と石原さんは話す。「刻銘だけでなく(隣接する)平和祈念資料館を見て、どうしてこういう惨状が生まれたのか、戦争の原因と結果が分かるようにしてある」

◆デスクメモ

 コロナ禍が始まった3年前、慰霊の日の追悼式会場を平和の礎付近から国立沖縄戦没者墓苑に移す案が出た。各都道府県の軍人を顕彰する慰霊碑が立ち並ぶ丘で、「殉国史観と結びつく」と批判され、元に戻った。今年もまた、軍民、国籍の区別ない追悼の場に多くの人々が訪れる。(本)

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戦艦大和乗員295人も「平和の礎」に追加 敵味方、軍民の区別なく刻まれた「非戦の誓いの塔」込められた理念は

2023年6月21日 12時00分


研究名目で日本から持ち出され、オーストラリアの博物館などで保管されていたアイヌ民族の遺骨4体が1世紀ぶりに国内に返った。アイヌの遺骨を返還する動きは進んでいるものの、本来あるべき場所に戻っているとは言いがたい。元々は研究目的というが、そもそも「民族を知る」とはどういうことか。江戸期に北の大地を探索した先人たちの軌跡から、探求のあり方を考えた。(木原育子)

◆遺骨返還「皆さまの苦しみを心よりおわび」



返還されたアイヌ民族の遺骨を抱えるエンチウ遺族会の田沢守会長(左)=6日、オーストラリア・メルボルン(共同)

 6日、オーストラリア・メルボルンの返還式典。「遺骨持ち去りがもたらした皆さまの苦しみを心よりおわびする」。遺骨を保管してきたビクトリア博物館のティム・グッドウィン理事はそう言って頭を下げた。

 今回戻った遺骨は、1911〜36年に見つかった4体。当時日本統治下だった南樺太(サハリン)のポロナイ川河口付近で発掘された遺骨を含む。「樺太アイヌ」の遺骨が海外から返還されるのは初めてだ。

 近年、世界に散逸したアイヌの遺骨返還が相次ぐ。ドイツでも2016年に、保管していたアイヌの遺骨が盗掘されたものだと判明し、翌年返還された。研究者の調べで英国や米国などでも保管されていることが分かっており、日本への返還は続くとみられる。

◆子孫ら疑問「慰霊施設や研究室に預けられることが返還なのか」

 ただ遺骨が戻った後の日本国内の動きは、アイヌの尊厳回復につながっているとは言いがたい。

 6日の式典後、北海道アイヌ協会の大川勝理事長は記者団に「白老に立派な慰霊施設を造ってもらった。アイヌが一堂に集まってきちんと慰霊したい」と説明。4体のうち3体は、白老町に国が整備した民族共生象徴空間(ウポポイ)内の慰霊施設に保管される。

 一方で、樺太アイヌの遺骨は、北海道大で一時保管された後、文部科学省の第三者委員会が返還の当否を審査する過程に入る。樺太アイヌの子孫らでつくる「エンチウ遺族会」が引き渡しを希望しているからだ。

 エンチウ遺族会の田沢守会長(68)は帰国後、「こちら特報部」の取材に応じ、胸の内を明かした。「国やメディアは『返還』というが、国の慰霊施設や北大の研究室に預けられることがなぜ返還なのか。アイヌ民族としては、一刻も早く土に返したいと思っている」

◆「なぜそこまで条件や足かせをつけて渋るのか」



2019年8月、北海道浦幌町で、返還された遺骨を再埋葬する浦幌アイヌ協会のメンバーら(共同)

 アイヌは和人から耐えがたい差別や搾取された歴史をもち、国が建てた慰霊施設に再び収められることに苦痛を感じる人も多い。

 国が14年に定めたガイドラインでは、全てにおいて国が判断するプロセスをたどる。まずアイヌ側から遺骨を特定して返還申請する必要がある。返還の対象団体も出土した地域に住んでいたアイヌの団体が原則で、「確実な慰霊」が可能か否かの審査もある。

 遺骨の返還運動を続けてきた木村二三夫氏(74)は「アイヌを土に返す道筋に、なぜそこまでして条件や足かせをつけて渋るのか。自分たちが盗掘していったものを謝罪して返すのは当たり前だ」と憤る。

 文科省が19年に発表した調査では、国内で北大や東京大など12大学に遺骨1574体が保管されていた。20年の調査ではこのうち1320体余が慰霊施設に移されたが、大学に残る遺骨もある。博物館保管分も合わせると、遺骨の数字はさらに膨らむ。提訴などがなければ、ほとんどの遺骨がアイヌ側に引き渡されていない。

 遺骨返還訴訟を担ってきた市川守弘弁護士も「訴訟における和解を通じて、『遺骨はアイヌの地域集団に戻す』という道筋を勝ち取ってきた。しかし、今回の返還で遺骨を慰霊施設や北大に預けるのは、その道筋を反故(ほご)にするものだ。アイヌの権利を再び否定することにつながる」と訴える。

◆アイヌ探求の歴史とは…搾取の歴史につながった一面も



アイヌの生活史を忠実に残そうと描いた村上島之丞の「蝦夷島奇観」(国会図書館デジタル・コレクションより)

 アイヌの遺骨が国内外に散逸するのは近代以降だが、アイヌに関するまとまった記述が見られるようになるのは江戸後期からだ。間宮海峡と北方民族に関する書籍がある探検家の高橋大輔氏(56)は、「日本の北方探索は、当時のロシアの南下政策に伴う国境対策の観点で始まった。その過程でアイヌを探求するようになった」と説明する。

 例えば、間宮林蔵の師、村上島之丞(1760-1808年)が描いた「蝦夷島奇観(えぞがしまきかん)」は、アイヌの生活史を絵筆で忠実に表現し、民俗学的な視点で捉えた国の重要文化財だ。高橋氏は「この時代の記述はアイヌを知りたいという純粋なまなざしにあふれる。だが次第にこれらの絵からどんな商売ができるのか読み取られ、搾取の歴史につながった一面もある」と語る。

 ちなみに、この時代の北方探索者は村上島之丞も含め、なぜか伊勢国(三重)やその周辺出身者が多い。伊勢市で古書店を営み、地元の郷土史に詳しい奥村薫氏(72)は「伊勢神宮周辺には御師(おんし)と呼ばれた参拝や宿泊などの世話をする神職がいた。地域ごとに担当エリアを分け、独自の情報ネットワークを持っていた。伊勢は幕府の直轄領の天領でもあり、幕府の情報を入手しやすい立場でもあった。必然的に伊勢やその周辺の人が幕府と関わっていたのだろう」とし、「アイヌに関する話は北海道だけの話ではない」と話す。

◆交換で得たアボリジニの遺骨はどこに? 果たすべき責任

 近代に入り、大正から昭和初期になると、頭蓋骨など骨格の比較から民族のルーツを探る人類学が盛んになった。今回のオーストラリアから返還された遺骨も、1911〜36年にかけて、アイヌ研究で知られる解剖・人類学者で東京帝大医科大(東京大)の教授を務めた小金井良精(よしきよ)氏らが、オーストラリア側に研究目的で寄贈したものだ。

 メルボルンの返還式典に同行した北大の加藤博文教授(先住民考古学)は「国をまたいだ返還が実現し、一義的には良かった。だが、なぜ盗掘してまで遺骨を持ち出したのかについての説明や実態調査、国などからの公式の謝罪もされていない」と指摘する。

 樺太アイヌの遺骨は、オーストラリアの先住民族アボリジニの遺骨と交換し、この遺骨は日本側に残っているとされる。加藤氏は「日本にアボリジニやハワイ、台湾などの先住民族の遺骨がどれだけ保管されたままの状態か調査が必要だ。アイヌの遺骨だけでなく、日本も責任を果たさなければならない」と語る。

◆「日本の人類学は世界の潮流に逆らっている」

 米国では、90年にアメリカ先住民族の墓地の保護や遺骨返還に関する法律が整備され、先住民との関係改善が図られてきた。

 九州大の瀬口典子准教授(人類学)は「米国では人類学者が遺骨の出自、地域を特定し、積極的に子孫のコミュニティーに返してきた。アイヌ側が遺骨を特定して申請しなければ、返還プロセスが始まらない日本とは全く異なる」と指摘。

 日本では2019年にアイヌの同意が得られていない遺骨は調査研究の対象としない倫理指針が示されたが、各学会で見解が違い、合意できていない。瀬口氏は「米国では研究者と先住民族の双方が将来納得できる形で、協働研究する道を模索している。日本の人類学は世界の潮流に逆らっている」とする。

 先住民族の復権に取り組む室蘭工業大・丸山博名誉教授は「世界の先住民族研究は、脱植民地化に向かっている。先住民族を知的好奇心の対象とする研究から、先住民族自身の意思に基づき植民地化で著しく損なわれた先住民族の生活、文化、社会などの再興を目指す研究へと転換している」とし、「日本でもそうした研究が進められて初めて、遺骨返還などアイヌが直面する課題の解決に向かうのではないか」と続ける。

◆デスクメモ

 研究の名の下、国をまたいで、盗掘した先住民族の遺骨をやりとりする。ぞっとする話だ。少数派や死者への敬意を全く感じられない。返還の動き自体は好ましいが、その先が迫害をしていた側だとしたら、適切ではない。誰の遺骨なのか、よく考えて対応すべきだろう。(北)

【関連記事】「謝罪しれっ」北大の副学長に、旭川アイヌ協議会長は声を荒げた…北海道・アイヌ民族の遺骨問題

持ち去られたアイヌの遺骨が子孫に返還されない 「一刻も早く土に」を阻む背景とは

2023年5月14日 17時00分


琉球王家の子孫という沖縄県民らが、昭和初期に旧京都帝国大(京都大)の研究者によって同県の墓から研究目的で持ち去られた遺骨の返還を求めた訴訟の控訴審判決が、大阪高裁(大島真一裁判長)であった。判決は請求を退けた一審京都地裁を支持し、原告側の控訴を棄却する一方、付言として「持ち出された先住民の遺骨は、ふるさとに帰すべきだ」と断じた。請求を退けながら、付言では返還を強く促した意味とは。(安藤恭子)





百按司墓を訪れる原告の玉城さん=2019年11月、沖縄県今帰仁村で

◆琉球民族を先住民族と認めた初の判決

 「棄却は残念だったが、琉球民族が先住民族であると明確にされた。遺骨を持ち去った研究者と私たちは、日本国民として同じ立場とはならない。これからは胸を張って先住民としての権利を主張し、墓へ帰す協議を求めることができる」

 9月22日にあった控訴審判決。「こちら特報部」の取材に、原告の玉城毅(たまぐしくつよし)さん(73)=うるま市=は喜びを表した。弁護団によると、琉球民族を先住民族と認めた判決は初という。

 遺骨が持ち去られたのは今帰仁村(なきじんそん)の「百按司墓(むむじゃなばか)」。第一尚氏の王族ら14~15世紀の有力者がまつられたとされる風葬墓だ。4年前に記者が訪れた際も、苔(こけ)むした森の中、岩壁の暗い奥に青白い骨が散らばっていた。研究のために沖縄各所で骨を持ち出して「白骨累々として充満」「百按司墓を採集し尽くした」と記録した人類学者の姿を想像し、ぞっとした。

◆「返還は世界の潮流になりつつある」

 京都大は26体の遺骨を箱に入れて保管している。原告らは2018年、遺骨返還や慰謝料を求め京都地裁に提訴。一審判決は、研究者らが1930年前後に多数の遺骨を持ち出したとし、玉城さんら2人を第一尚氏の子孫と認めつつ、子孫らは他にも多数いるとして、祭祀(さいし)継承者とは認めず、返還請求権はないとした。

 控訴審判決は一審判決を踏襲しながらも結論の終わりに「付言」として、世界各地で先住民の遺骨返還運動が起きていることに触れ、「返還は世界の潮流になりつつある」「遺骨は単なるモノではない。ふるさとで静かに眠る権利があると信じる」と踏み込んだ。

 訴訟による解決は限界とした上で「関係者が話し合い解決へ向かうことを願う」と促し、将来的な遺骨の保存研究を要望した日本人類学会の書面には「重きを置くことが相当とは思われない」とくぎを刺した。

◆「学知の植民地主義」が続いている

 原告側の丹羽雅雄弁護団長は「アイヌ民族の遺骨を巡る近年の訴訟は、和解で返還の道筋が示されてきた。判決もその流れをくんでいる」と話す。一方で、京都大は「本学の主張が認められたと理解している」とコメントを出した。

 波平恒男・琉球大名誉教授(沖縄近現代史)は「本裁判の問題は、葬制も文化も全く異なる多数派の大和の法に基づき、少数派の琉球人の遺骨返還請求という先住民の権利が裁かれた点にある」とみる。琉球の墳墓は地域の共同体によってまつられ祈りの場とされてきた一方、裁判では本土の家長制を前提とする民法の所有権規定が判断された。

 この矛盾を解消するため、先住民の権利を定める国際人権法に従った国内法の整備が急務だと指摘する。

 「研究者が琉球処分後の沖縄から持ち出した遺骨について、大学は今も所有の正当性を主張し、頑として離さない。『学知の植民地主義』が続いている証左だ。訴訟が求めたのは遺骨の所有権ではなく、元の所に帰して皆でまつるということ。京都大はそのための協議に応じるべきだ」

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「先住民の遺骨はふるさとに」 沖縄県民側の求めを退けた高裁判決が付言で示した、全く別の意味とは

2023年10月2日 12時00分


沖縄県名護市辺野古での米軍新基地建設を巡り、福岡高裁那覇支部は国が県に代わって埋め立ての設計変更を承認する「代執行」を認める判断をした。だが、深刻な環境破壊を伴う難工事で県民の反発も強い。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設が「唯一」なのか、国は問い直すべきだ。

 建設を予定する辺野古沖の海域で「マヨネーズ並み」とされる軟弱地盤が見つかったが、県が国の設計変更を認めなかったため、「代執行」訴訟が起こされた。

 代執行は国が県の権限を取り上げることを意味する。今回の判決は玉城デニー知事に設計変更を承認するよう命じたが、知事が従わない場合、国が県に代わって承認し、工事に着手できる。県側は最高裁に上告できるものの、逆転勝訴しない限り、工事を止めることはできない。知事の法廷闘争に事実上、区切りを付ける内容だ。

 しかし、日米合意を盾に「辺野古が唯一の解決策」と繰り返す政府側に非はないのだろうか。

 「マヨネーズ並み」の軟弱地盤は深さ最大90メートルにも達する。国は海底に7万本もの砂杭(くい)を打ち込むというが、実際に可能なのか。

 政府の地震調査委員会は昨年、沖縄でマグニチュード(M)8の巨大地震が起きる可能性を公表した。工事の難度が高い上に、さらなる地震対策も迫られる。そのような海域に基地を建設する発想自体が危ういのではないか。

 費用も膨大だ。当初見積もりで3500億円以上だった総工費は再試算で約2・7倍に膨らんだ。資材や人件費などはさらに高騰しており、工費がどの程度まで膨れ上がるのか、予測は困難だ。

 そもそも建設予定地の大浦湾は約260種の絶滅危惧種を含めて多様な生物が生きる自然の宝庫であり、厳格な環境保全が求められる。貴重な海は破壊ではなく、保護の網をかけるべきだ。

 沖縄県民の「辺野古ノー」の声は選挙で明白だ。在日米軍専用施設の7割が沖縄県に集中する。米軍基地の県内移設で、長期にわたる忍従を強いていいのだろうか。

 辺野古新基地は滑走路の短さなど、米国側からも軍事的見地からの疑義が出ているという。

 普天間返還は当然だとしても、辺野古への移設は到底、合理的とは言えない。国には移設先の見直しを含めて、米国側と再協議するよう求めたい。

<社説>「代執行」判決 辺野古は「唯一」なのか

2023年12月21日 08時26分


地域主権主義に根差した政治や行政を目指す「ローカル・イニシアティブ・ネットワーク」(LIN-Net)は20日、東京都千代田区で7回目の集会を開き、上京中の玉城(たまき)デニー沖縄県知事が講演した。国が県の事務を代執行して強行する名護市辺野古(へのこ)の米軍新基地建設の現状を報告し、「選挙で負託を受けた知事の権限を一方的に奪うことは多くの県民の民意を踏みにじり、憲法で定められた地方自治の本旨をないがしろにするものだ」と訴えた。





集会で、辺野古新基地建設の現状を説明する玉城デニー沖縄県知事

 玉城氏は、防衛省が提出した新基地予定海域の軟弱地盤改良に伴う設計変更申請を巡り、国土交通相が昨年12月末、知事に代わって承認する代執行を行った経緯を説明。「国の判断だけが正当と認められ、地方自治を否定する先例となりかねない」と民意を無視する国の姿勢を問題視した。

◆国の指示権を拡大する地方自治法の改正を危惧

 講演後のシンポジウムでは、LIN-Netの世話人で政治学者の中島岳志氏が「政府がむちゃくちゃな解釈で強行した代執行は沖縄だけの問題ではない」と指摘。自治体に対する国の指示権拡大を盛り込む地方自治法の改正によって、強権発動に拍車がかかると危惧した。

 同じく世話人を務める東京都世田谷区の保坂展人区長は「コロナ対応でも国がいつも正しかったわけではない」とし、「国は殿様、自治体は家来という姿に戻そうとしている」と批判した。

 LIN-Netは集会で、政府が今国会での成立を目指す地方自治法改正案に対し、「地域主権を深く傷つける恐れがある」として反対する声明を採択した。

 集会には、オンラインも含め約500人が出席。6つの分科会に分かれ、参加者同士での意見交換も行った。(山口哲人)

【関連記事】参加型民主主義や地域主権って? 岸本聡子区長や保坂展人区長が膝詰め対話 杉並区で「LIN-Net」集会
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「沖縄の民意踏みにじった」玉城デニー知事が辺野古新基地の代執行を批判 「LIN-Net」集会で講演

2024年4月20日 20時01分







沖縄県の玉城デニー知事は24日、防衛省で木原稔防衛相と会談し、米軍基地周辺の河川などで発がん性の疑われる有機フッ素化合物(PFAS=ピーファス)が検出されている問題を巡り、基地への立ち入り調査や原因究明、国による対策費用の負担などを要請した。木原氏は「必要な対応を行っていきたい」と述べた。

◆木原防衛相「沖縄訪れ対話の時間設ける」

 玉城氏は会談後、米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾=ぎのわん=市)や嘉手納(かでな)飛行場(同県嘉手納町など)周辺で、国の暫定指針値を超える濃度でPFASが検出されており、両飛行場が汚染源である蓋然(がいぜん)性が高いと指摘。「問題解決には汚染源の究明や抜本的な対策が必要だ」と記者団に説明した。基地周辺の河川などは飲料水の水源でもあり、浄化費用の補助も求めた。



自見英子沖縄北方担当相㊨にPFAS対策を要請する沖縄県の玉城デニー知事=24日、内閣府で

 普天間飛行場の移転先となっている名護市辺野古沖の軟弱地盤工事に関しても、玉城氏は「胸襟を開いて対話の機会をつくって」と要望。木原氏は「沖縄本島を訪れ、対話の時間を必ず設けたい」と応じた。具体的な時期のやりとりはなかったという。木原氏の昨年9月の大臣就任以降、2人の会談は初めて。

 防衛省訪問に先立ち、玉城氏は環境省や内閣府も訪れ、PFASの汚染基準値の設定なども要請した。(川田篤志)

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沖縄・玉城知事がPFAS対策を国に要望 「米軍飛行場が汚染源である蓋然性が高い」と調査、対策費を要請

2024年1月24日 21時11分


 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡る代執行訴訟は県側の敗訴となった。関連工事の承認を担う県はかねて認めてこなかったが、今回の高裁判決は国の求めに沿い、承認を命じた。県が拒めば、国による代執行へ移る。沖縄の人々が猛反発するこの判決。ただよく読むと、矛盾を思わせる記述が浮かび上がる。そんな判決を受け入れていいものか。(西田直晃、岸本拓也)

◆辺野古埋め立て「代執行」の承認を求める



辺野古沿岸部(2019年撮影)

 「多くの沖縄県民の民意に即した判断を期待していただけに、きわめて残念」

 代執行訴訟の判決が出た20日の夕方、玉城デニー知事のコメントが発表された。この日の午前中に大葉性肺炎と診断され、26日までの療養が決まったため、代理の池田竹州(たけくに)副知事が報道陣に読み上げた。

 辺野古の新基地建設を巡って防衛省は2020年、海底に砂杭(くい)を打ち込むなど軟弱地盤対策のための設計変更を沖縄県に申請した。県は調査不足などを理由に承認しなかったため、工事関連の法律を所管する国土交通相が22年、不承認を取り消す裁決を出し、玉城知事に是正を指示した。

 異を唱えた県は国を提訴したが、最高裁で今年9月に敗訴が確定。国は10月に代執行に向けて提訴し、今月20日に福岡高裁那覇支部が判決を出した。

 高裁は「25日までに県は承認せよ」と命じたわけだが、この判決は矛盾を感じさせる記述が目立つ。

◆実質的な審理が行われた形跡は全くない



代執行訴訟の判決文

 判決の末尾には裁判所の付言が添えられ「県民の心情に寄り添った政策が求められている」と言及した。にもかかわらず「新基地は不要」という沖縄の民意は一顧だにされなかった。

 20日の判決言い渡しを傍聴したジャーナリストの布施祐仁氏は「心情に寄り添うなどと言いつつ、今回の判決は国交相の裁決、最高裁決定を踏襲しただけで、実質的な審理が行われた形跡は全くない。10月下旬には玉城知事も法廷に姿を見せ、沖縄の立場を述べたのに、県民の公益は一切考慮されなかった」と語る。

 矛盾を思わせる記述は他にもある。付言で強調されたのは「国と県とが対話を重ねることを通じて抜本的解決の図られることが強く望まれている」という点。しかし、辺野古に新基地を建設して米軍普天間飛行場を移設させる計画を巡り、国との対話を求める県の主張は退けられた。

◆これでは「三権分立が機能していない」



玉城デニー沖縄県知事

 高裁が固執したのは、普天間の辺野古移設。実現しないと、騒音被害や航空機事故といった普天間の危険性が除去できないとして、関連工事の承認を巡る国の代執行に道を開いた。

 国が描く計画を追認する判決に対して布施氏は憤りの言葉を口にする。「裁判所の責任逃れだ。三権分立が機能していない」

 沖縄に寄り添う言葉を連ねつつ、国に追従する司法。地元住民は何を思うか。

◆「付言は責任逃れ、取って付けたアリバイづくり」

 名護市の測量士、渡具知(とぐち)武清さん(67)は「私たちは何度も、何度も対話を求めてきた。その経緯を裁判官が理解していないからこんな記述になる」と語気を強め、「悔しいよ。住民の痛みが無視されている。代々ここで暮らし、命を守ってきた人たちをばかにしている」と憤った。

 名護市の民宿経営、成田正雄さん(70)は「付言は裁判所が責任を免れるためのもの。取って付けたようなアリバイづくりだ」と批判し、こう続ける。

 「国の裁定をうのみにしただけではなく、平気な顔をしてわざとらしい言葉を続ける。県民のことなど全く考慮していない、完全な沖縄差別の判決だ」

◆地元の頭越しの手続きは異常事態

 国による地方自治法に基づく代執行訴訟は2015年以来で、今回が2回目。前回は辺野古新基地の関連工事に関し、当時の翁長雄志知事が承認を取り消したことから国が提訴した一方、16年に「円満解決に向けた協議を行う」として和解が成立しており、判決に至るのは今回が初となる。

 判決を受け、県が期限の25日までに工事に必要な設計変更を承認しなければ、国が代執行で承認して工事が可能になる。年明けにも、軟弱地盤がある大浦湾側で埋め立てが着手される。

 ただ、地元の頭越しに事が進むのは、異常事態とも言える。1999年の地方自治法改正で、国と地方の関係は「上下」から「対等」に転換したからだ。

◆災害など「例外中の例外」には当たらない

 当時、地方自治体が行う仕事は、本来国が果たすべきものを地方自治体が代わりに行う「法定受託事務」と、それ以外の「自治事務」とに整理された。代執行は、法定受託事務に適用され、今回の辺野古埋め立てに関する公有水面埋立法に基づく知事承認も含まれる。

 成蹊大の武田真一郎教授(行政法)は「地方自治法の改正時、代執行は『例外中の例外』と位置付けられたはず。例えば、法定受託事務の河川管理を怠り、住民を洪水の危険にさらすなど、切迫した場合を想定している。辺野古基地はこれに当たらない」と訴える。

◆「これがまかり通ると、日本中どこでも可能に」

 代執行するには、知事の管理執行に違法性があることが大前提だという。しかし裁判所は今回、玉城知事が工事認可を不承認にしたことが違法か、実質的に審理しなかった。9月に知事の不承認は違法だと形式論で判断した別の訴訟の最高裁判決をなぞった。



最高裁判所

 武田氏は、今回の判決が「地元の頭越し」の先例となり、各地に広まる危惧を募らせる。「今回のやり方がまかり通ると、国が日本中のどこでも埋め立てが可能になる。地元の反対を無視して軍事基地や放射性物質の処分場を造ることもできる。本土の人たちにも降りかかる問題だ」

 専修大の白藤博行名誉教授(地方自治法)も「代執行訴訟は、住民の生命・身体の危険など差し迫った危険がある場合であるにもかかわらず自治体が放置しているなど、やむを得ないときに発動する住民保護のための最終手段だ。国策に従わないなら代執行というのは筋違いだ」と批判する。

◆「国に逆らったら損」自治体の委縮が心配

 「心配なのは、日常の法定受託事務の処理にあたって最終的に代執行訴訟されるかもと、自治体がプレッシャーを感じること。萎縮してしまうことだ。国防・安全保障の分野に限らず、国の施策に逆らったら損だと考えるようになれば、地方自治の精神にさらに悪い影響を与えてしまう」

 やすやすと受け入れられない今回の判決。県は上告できるが、工事は逆転勝訴するまで止められない。

 元土木技師で沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏は「まずは上告して徹底的に争ってほしい」と病床の玉城知事にエールを送りつつ、代執行で埋め立てが承認されても知事に再撤回するよう求める。

◆米軍再編で「辺野古のような基地が必要とは思えない」



オスプレイなどが駐機する普天間飛行場

 承認後でも、事情の変化によって承認が適当でないと判断された場合、知事は撤回できると北上田氏は考える。18年に翁長知事が前任者の埋め立て承認を撤回したこともあるからだ。

 国の地震調査委員会が22年3月、南西諸島でマグニチュード(M)8級の巨大地震が発生する恐れがあるとの長期評価を公表したことを受け、北上田氏は「弱い地震を前提とした設計の耐震性を見直す必要がある」と語り、こう続ける。

 「米海兵隊も南西諸島の島々に小規模に分かれて再編される。辺野古のような大基地が必要と思えない。県は事情の変化を検証する第三者委員会を設置して、再撤回に向けて動いてほしい。それが今残された最後の手段ではないか」

◆デスクメモ

 今回の判決は重い。文中にあるように自治体側の萎縮が心配になる。国が各地の空港や港湾の軍事利用をもくろむ中、地元に反対意見があっても自治体が「国にあらがえず」と諦め、やすやすと受け入れに傾かないか。沖縄の苦悩に思いを巡らせつつ、人ごとで済まぬ問題とも捉えねば。(榊)

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「国策なら」基地でも処分場でも自由に造れる?…沖縄県敗訴の辺野古判決にちりばめられた「矛盾」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/2918692023年12月22日 12時00分





米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設に伴う名護市辺野古(へのこ)への新基地建設を巡り、辺野古沖の軟弱地盤改良工事の設計変更を国が県に代わって承認する「代執行」に向けた訴訟の第1回口頭弁論が30日、福岡高裁那覇支部で開かれる。県は建設反対の民意を「公益」として尊重するよう求め、代執行に反対する。国は即日結審を要求しており、裁判の結果次第では国による工事の強行で県との対立が決定的になりかねない。(佐藤裕介)

◆翁長知事時代の2015年以来2回目、年内にも判決

 高裁支部が玉城(たまき)デニー知事に承認を命じる判決を出せば、県が応じない場合でも、地方自治法に基づいて国土交通相が代わりに承認し、国は工事に着手できる。県は敗訴したら上告できるが、代執行を止める効力はない。判決は早ければ年内にも出る。

 地方自治法は国が代執行するための要件を(1)都道府県の事務が法令などに違反(2)代執行以外の方法では是正が困難(3)放置すると著しく公益を害することが明らか-と規定する。

 国は10月5日、知事に承認を命令するよう福岡高裁那覇支部に提訴した。訴状では、県が9月4日の最高裁判決で承認の義務を負った後も承認しないのは法令違反と指摘。「安全保障と普天間飛行場の固定化の回避という重要課題に関わり、『放置することで著しく公益を害することは明らか』」としている。



 県は18日、高裁支部に国の訴えを退けるよう求める答弁書を提出。工事について「長期化する可能性が高い」とした上で、「完成までの間、普天間飛行場は固定化するのだから、国が主張する『危険性の除去』という『公益』の侵害は極めて抽象的」と反論する。

 国の対応を「『安全保障』とさえ言えば司法審査はすべて不要といわんばかりの姿勢」と批判。「県民の明確な民意は地方自治法が定める『公益』として考慮されるべきだ」と訴え、県民の同意のない代執行は認められないと主張する。

 国による代執行訴訟は2015年以来で2回目。当時の翁長雄志(おなが たけし)知事が埋め立て工事の承認を取り消し、国が撤回を求めて提訴した。16年に「円満解決に向けた協議を行う」として和解が成立したが、十分な話し合いは行われず、対立は解消されなかった。

◆「地方自治の根幹に関わる危機」強行すれば将来に禍根

 総務省の元官僚で地方自治に詳しい片木淳弁護士の話 設計変更を承認するかどうかは沖縄県知事の権限だ。その権限を取り上げて国が県に代わって承認するというのは、沖縄だけの問題でなく、地方自治の根幹に関わる危機とも言える。



市街地に隣接する米軍普天間飛行場

 地方分権改革で国と地方自治体は「対等な関係」と位置付けられた。それにもかかわらず、最高裁は実質的な審議を行わずに手続き論に終始し、県を門前払いにした。

 高裁支部の審理では、安全保障ばかりでなく地域づくりや環境、災害防止といった多くの「公益」を考慮した具体的な審理が行われなければならない。

 裁判所は工事に反対する県民の民意と地方自治を尊重すべきだ。国はもう一度基本に立ち戻り、県との対話に応じる必要がある。

 国が工事を強行すれば、永遠に国と県との対立構造が残る。将来に禍根を残すことにもなり、絶対に避けるべきだ。

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何を「公益」とみるか…国と沖縄県の主張が対立 辺野古工事「代執行訴訟」 30日に高裁で口頭弁論

2023年10月28日 06時00分


 【ジュネーブ共同】沖縄県の玉城デニー知事は18日(日本時間19日未明)、国連欧州本部で開かれている人権理事会で演説し、米軍普天間(ふてんま)飛行場(宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)移設反対を訴えた。過重な基地負担で「平和が脅かされている」と指摘。都道府県知事として初めて翁長雄志(おながたけし)前知事が演説して以来、8年ぶりとなる。日本政府代表は反論した。





国連人権理事会で演説する沖縄県の玉城デニー知事=18日、スイス・ジュネーブ(共同)

 玉城氏はやや緊張した面持ちで、国土面積の約0.6%に在日米軍専用施設の約7割が集中していると強調。辺野古移設を「県民投票で民意を示したにもかかわらず、政府は貴重な海域を埋め立て、新基地建設を強行している」と批判した。

 米中対立や台湾有事を念頭に、政府が進める南西諸島の防衛力強化については「周辺地域の緊張を高め、県民の平和を希求する思いと相いれない」と述べた。(共同)

◆演説を比べると…変わらない沖縄の基地負担

 過重な米軍基地負担に苦しみ、民意が無視されている窮状を国連人権理事会で訴えた玉城知事。8年前の2015年には当時の翁長知事(18年死去)が国連人権理で同様に「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と国際社会に問題提起していた。だが、地元の願いとは裏腹に、安全保障関連法の成立以降、米軍と自衛隊の一体化が進み、沖縄の軍事的な機能強化が図られている。



市街地にある米軍普天間飛行場に配備された海兵隊の輸送機MV22オスプレイ部隊=沖縄県宜野湾市で(2022年4月13日撮影)

 玉城氏と翁長氏の演説を比べると、8年たったのに同じような沖縄の悲痛な訴えが盛り込まれている。この間、基地負担を押し付けられている沖縄のいびつな状況がほとんど変わっていないことを物語る。

 国土面積の0.6%の沖縄には現在も在日米軍専用施設面積の7割が集中。名護市辺野古への新基地建設に関しては、翁長氏が演説で「日本政府は民意を一顧だにせず、美しい海を埋め立てて強行しようとしている」と非難していた。

 玉城氏は、19年2月の県民投票で反対の民意が示されても、強行されていると強調した。県民が願う米軍普天間飛行場の返還は進展がなく、基地に絡む事件や事故と隣り合わせの生活が今も続く。



平和の礎=沖縄県糸満市の平和祈念公園

 さらに、沖縄の平和への願いに反して、安保法の成立により日米の一体化が深化し、米国と中国の台湾を巡るにらみ合いで緊張は高まる一方だ。政府は台湾有事を念頭に、沖縄の宮古島や石垣島などに陸自駐屯地を開設し、地対空、地対艦ミサイル部隊を配備して南西諸島の体制強化を急ピッチで進める。

 そんな現状に対し、玉城氏は演説で「軍事力の増強は日本の周辺海域の緊張を高める」と危機感をあらわにし、一層の外交努力を求めた。軍事力を競い合えば、かえって衝突の可能性を高める「安全保障のジレンマ」に陥り、沖縄に再び犠牲を強いることになりかねない。(後藤孝好)

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8年前と変わらない悲痛さ…沖縄県の玉城知事が国連人権理事会で演説 翁長知事も訴えた「自己決定権」は

2023年9月19日 20時32分


米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、軟弱地盤の対策に伴う訴訟で最高裁は4日、県の上告を退ける決定をした。県の敗訴確定で、難航が予想される地盤改良は動き出す可能性が出てきたが、工事には2022年度末時点で4000億円以上が投入されている。防衛省が当初見積もった総工費3500億円を上回りながら、埋め立ての進捗(しんちょく)率は14%に過ぎない。辺野古予算は底無しの様相を帯びてきた。(中沢誠)





◆難工事予想される軟弱地盤は手つかず

 沖縄防衛局によると、22年度、辺野古の新基地建設に支出した額は815億円。着工から21年度までにかかった工費と合わせると、総額で4312億円に達した。

 一方で、22年度末時点の工事の進捗を見ると、事業全体の埋め立て土量2020万立方メートルのうち、4年余りで埋め立てた量は14%。しかも、これまで埋め立ててきた場所は、工事がしやすい水深の浅い海域だ。

 防衛省は4年前、軟弱地盤対策のため総工費を9300億円に引き上げた。
 


 辺野古の軟弱地盤 辺野古沿岸部東側の埋め立て予定地の海底に、「マヨネーズ並み」と評されるほどの軟らかい粘土層が広がっている。最深で水面下90メートルにまで及ぶ。防衛省は2015年に軟弱地盤の存在を把握していたが、その事実を伏せてきた。政府が存在を認めたのは、土砂投入を始めた翌月の19年1月。防衛省は「地盤改良すれば建設可能」として、大幅な設計変更を行った。深さ90メートルにまで達する軟弱地盤の改良工事は世界でも例がない。沖縄県は「必要な調査が実施されておらず、地盤の安定性が十分に検討されていない」などとして、変更申請を不承認としていた。

 難易度が高く、かなりの費用がかかると見込まれる軟弱地盤の工事が始まってもいない時点で、すでに総工費の半分近くを使い切ったことになる。



 工費がさらに膨らむ可能性はないのか。沖縄防衛局に見解を尋ねると、「回答までに時間が欲しい」とのことだった。

◆「2兆、3兆円超えるかも」

 「事業進捗からすると、2兆をも超えて3兆も超えるかもしれない」。工費膨張の恐れは、国会でもたびたび指摘されている。

 ただし、国会の質疑を見ても、政府が「これから幾らかかるのか」との問いに正面から答えた形跡は見当たらない。浜田靖一防衛相も今年3月の参院外交防衛委員会で、「引き続き抑制に努めつつ、必要な経費を計上してまいりたい」と述べるにとどまった。

 新基地建設の総工費に関しては、軟弱地盤が判明するまで、政府は「少なくとも3500億円以上」と見積もっていた。

 総工費を2.7倍の9300億円に引き上げたのは、海底に約7万本もの砂杭(ぐい)などを打ち込み、軟弱地盤を固める大がかりな改良工事が必要となったためだ。工期も5年から9年3カ月に延ばした。大幅な設計変更に、当時の河野太郎防衛相は「無理のない工程だ」と強調していた。

 今年6月の参院外交防衛委員会。総工費の全体像を明らかにしない政府に対し、沖縄選出の伊波洋一参院議員は、こう迫った。「これ以上の税金の無遣いにならないよう、今が引き時ではないか」

   ◇

◆前泊博盛・沖縄国際大教授「事業の再点検を」

 「(辺野古新基地は)何のために造っているのか。ドローンの時代には使えない不要な基地だ」

 今年3月、新基地建設の視察に訪れた米軍幹部が、周囲に漏らしたという。



沖縄国際大の前泊博盛教授(本人提供)

 この「辺野古不要」発言を在沖縄米軍関係者から聞いた前泊博盛・沖縄国際大教授(安全保障論)は、軍事的合理性の観点から「司法判断の前に、四半世紀前に計画された新基地建設は防衛政策上、今も有効なのか再検証は必要」と説く。

 「世界一危険な普天間飛行場の危険性除去」を理由に建設が進められたはずだが、普天間の危険は放置され、滑走路のかさ上げや兵舎整備などが加速している。「返還どころか恒久使用に向けた整備強化が進んでいる。政府の主張は矛盾していないか」

 財政的合理性からも疑問を投げ掛ける。「建設費が当初計画の3倍というのは公共事業として破綻している。3倍になった建設費もさらに膨らむ可能性がある上に、軟弱地盤問題で完成のめどすら立っていない。裁判が終結しても、事業全体の総点検が必要だろう」

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「辺野古」工事費 底なし 埋め立て14%すでに半分近く使い切る 米軍幹部も「ドローンの時代に不要」

2023年9月4日 06時00分


マイナカードや原発処理水で岸田政権の強権ぶりが際立つ中、この問題も見過ごせない。沖縄県名護市辺野古の新基地建設計画。軟弱地盤の改良工事を巡り、国は設計変更の承認を県から得ないうちに、関連工事の契約に踏み切った。29日には県が行政指導を出して強く反発。新基地反対派の間にも「建設ありきの先走り」と憤怒の渦が広まる。(山田祐一郎、木原育子)

◆「そこまでやるのか。沖縄だからか」

 「何でもあり。あきれて物が言えない」。ため息交じりに吐き出すのは名護市議の東恩納琢磨さん(61)。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)を移設する名目で進む新基地建設。県の承認を得ないまま国が関連工事を契約したことに「そこまでやるのかと。これも沖縄だからか」と不信を強める。

 今月上旬の台風6号の影響で護岸が壊れ、工事は一時止まっている。国の計画では、米軍キャンプ・シュワブの南側と東側の海域で埋め立てが予定される。



 南側の海域では2018年12月、土砂の搬入が開始された。浜田靖一防衛相は今年4月の衆院安全保障委員会で埋め立ての進捗(しんちょく)率に触れ、3月末時点で92%と説明。まもなく土砂投入は終了するとみられる。

◆国は100万立方メートルの土砂を仮置きへ

 一方、軟弱地盤の存在が問題視されたのが、東側の海域だ。防衛省は20年、地盤改良工事のために設計変更を申請したが、県は翌年に不承認とした。

 防衛省の不服審査請求を受けた国土交通相は22年、不承認を取り消す裁決を下し、承認を求める是正指示を出した。これに対し、県は裁決と是正指示に異を唱えて提訴。今年3月の高裁判決で県側は敗訴となったが、上告を申し立てた。

 県は是正指示に応じていないため、「未承認の状態となっている」(辺野古新基地建設問題対策課の担当者)のだという。

 それでも沖縄防衛局は4月、2件の入札を公告。既に埋め立てが進む南側の区域に土砂を仮置きする方針で、その量は100万立方メートル。今月3日には工事契約を業者と締結した。浜田防衛相はこれまでの会見で「(東側の)埋め立て工事に必要となる土砂を準備しておくもの」「現行の承認処分で可能」と認識を示した。

 県は反発を強め、29日には仮置き工事に着手しないよう、沖縄防衛局に行政指導した。県海岸防災課の与儀(よぎ)喜真副参事は「今の工事の根拠は当初の計画書。これほどの大規模な仮置きは規定されておらず、認められない」と防衛省側の主張を批判する。

◆「国は、県にも市民にも余力がないとみている」

 新基地反対派は司法判断にも懐疑的な見方を示す。

 最高裁は今月24日、設計変更の不承認を取り消した裁決を巡り、不服としていた県の上告を受理しない決定をした。冒頭の東恩納さんは「内容に踏み込まず門前払い」と憤る。

 承認を求める是正指示を巡っては9月4日に最高裁で判決が言い渡されるが、高裁判決の変更に必要な弁論は開かれていないため、県にとって厳しい結果が見込まれる。



本紙のインタビューに答える沖縄県の玉城デニー知事

 「沖縄ドローンプロジェクト」の活動を続ける土木技師の奥間政則さん(57)は「最高裁の判断が全てではない。新基地建設は軟弱地盤だけではなく、耐震設計の問題もあり、徹底的に闘う必要がある」と語る一方、危惧を強める。

 「知事は毅然(きぜん)と対応しているが、土木事務所が仮置き土砂の搬送のためのベルトコンベヤーの使用を許可するなど、対応に矛盾がある。国の方は、県にも市民にも余力がないとみているのでは」

◆工事を認めたとは一言も言っていないのに

 新基地建設の埋め立て工事を巡っては他にも懸念がある。土砂の問題だ。特に重要なのが、岩石以外の砕石や砂などがどれだけ含まれるかを示す「細粒分含有率」になる。

 沖縄防衛局が2013年、県に承認を求める文書で明記していたのは「おおむね10%前後」。だが18年末から始まった南側の海域の埋め立て工事で、国は県に無断で「40%以下」として業者側に発注した。細粒分の割合が増すほど、土砂を投入した時に濁りが起きやすく、環境に影響を及ぼす懸念がある。



埋め立てが始まった当初の辺野古沿岸部=2018年12月14日、沖縄県名護市で

 元土木技師で「沖縄平和市民連絡会」の北上田毅さん(77)は「とんでもない話だよ」と憤まんやる方ない。30日も県庁で工事をやめさせるよう、担当課との交渉に奔走していた。

 前出の県海岸防災課の与儀副参事は「国側は『40%以下でも護岸に囲まれているため危険性は少ない』との説明だった。県としては工事を認めたとは一言も言っていないが、勝手に進められてしまった」と話す。

 東側の海域の埋め立ての仕様規格も「10%前後」から「40%以下」に変更された。19年当時、防衛局は細かい土が増えても、護岸で外海と遮断されるため、周辺海域への影響はないと主張していた。

 県などによれば、今回は護岸の完成前に埋め立てに着手する。「こちら特報部」は30日、防衛省に確認を求めたが「時間がかかる」と回答するにとどまった。北上田さんは「国は自分たちの弁明のつじつまが合わなくなり、自分たちが主張してきた言葉を無視せざるをえないようになっている」とあきれる。

◆サンゴは、遺骨は…

 東側の海域は砂地や藻場、サンゴ礁など生物および地形に富んだ環境を持つ。国は埋め立て予定海域に生息していた4万群体の小型サンゴ類を既に移植し、さらに小型サンゴ類約8万4000群体などの移植に必要な特別採捕許可を申請。県が不許可とすると、農相が是正指示を出したため、県が提訴している。

 日本自然保護協会の保護・教育部主任の安部真理子さん(57)は「すでに進められている護岸工事で、海の環境は大きくダメージを受けている」と指摘する。「日本生態学会など19の学会から工事の一時停止を求める要望が出るほど、国が実施した環境アセスメントではこの海域が持つ生物多様性を把握できていない」

 国は埋め立ての土砂採取予定地に本島南部を加えることを計画している。沖縄戦の激戦地だった本島南部で採取した場合、遺骨の混じった土砂が使用される可能性があり、市民団体などが強く反発している。

 「地元の不信も何のその」と強引に進める岸田文雄首相。福島第1原発事故に伴う処理水を巡り、地元の漁業関係者の理解を十分に得ることなく、海洋放出に踏み切ったさまと通底しているようにも見える。

◆岸田首相はいつも結論ありき

 沖縄大の高良沙哉教授(憲法学)は「岸田首相はいつも結論ありきで進める。『地元に寄り添う』『丁寧に説明する』『理解を求めていく』とおっしゃるが、実現した試しがない。福島も沖縄もよく見ている。これでは信頼関係を築くことはできない。世界を見渡してみても、今の時代、環境への配慮をこれだけ気にしない国も珍しい」とする。

 翁長雄志前知事が亡くなって今夏で5年。「翁長知事だからつなぎとめられていた経済界を中心とした保守層も離れてしまっている。オール沖縄として一枚岩になれていない一面もある」と高良さん。ただ、それにしても「地元の意見を聞かず、歩み寄りさえせず、断行していく国の姿勢は、大変問題だと感じる。政治姿勢を変えなければ、問題が解決するどころか、ねじれたままだ」と指弾する。

◆デスクメモ

 つじつまが合わず、自分たちの言葉を無視。北上田さんの指摘は政権の姿勢を的確に表す。原発処理水も「関係者の理解なしに処分せず」と約束したのに、つじつまが合わない放出強行に踏み切るため、自分たちの約束を無視した。まさに何でもあり。近代国家とは到底思えない。(榊)

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軟弱地盤の沖縄・辺野古 県が未承認でも工事契約なんて…地元で渦巻く怒りが向かう先は

2023年8月31日 12時00分


沖縄県東村高江などの米軍北部訓練場のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設現場に、愛知県警が機動隊を派遣したのは違法とする判決が最高裁で確定した。2016年には沖縄県外から大量の警察官が警備に動員され、建設に反対する市民を排除。暴力的で差別的な言動が批判を浴びていた。今回の司法判断の意義とヘリパッド問題が残した傷痕を、関係者に聞いた。(山田祐一郎、中山岳)

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◆ヘリパッド建設現場で住民と機動隊が衝突

 「『よしっ』という思いでこぶしを握りました」

 愛知訴訟で原告団長を務めた沖縄県名護市出身の具志堅邦子さん(68)=名古屋市緑区=が、吉報を伝えられたのは23日。たまたま訴訟関係者と集まっており、拍手と歓声が上がったという。「私たち以上に、沖縄の現場で活動する人たちが喜んでくれている」



米軍ヘリパッド建設に反対し座り込みをしていた男性を強制排除する機動隊員ら=2016年10月、沖縄県東村高江で

 高江などのヘリパッド建設は、1996年日米の沖縄特別行動委員会(SACO)で合意。北部訓練場を一部返還する条件として、新たに6カ所を政府が整備するとされ、2007年に建設が始まった。

 14年までに2カ所が完成した後、住民の座り込みで中断していたが、16年7月の参院選直後、政府が残る4カ所で着工。警視庁や愛知県警など6都府県から機動隊員計約500人が派遣され、作業員や工事車両の進入に抗議する市民らと衝突した。

 具志堅さんら約210人は17年、愛知県警が機動隊を派遣したのは違法な公金支出だとして、大村秀章知事に、全費用を当時の県警本部長に請求するよう求めて名古屋地裁に提訴。20年の一審判決は請求を棄却したが、二審の名古屋高裁は21年10月、「派遣決定の手続きは違法だった」として、大村知事に約110万円の請求を命じた。

◆判決は本部長の専決が違法と認める

 県は上告したが、最高裁第2小法廷(尾島明裁判長)は今月22日付の決定で退け、控訴審判決が確定。愛知県警の加藤久幸監察官室長は「確定した判決に従って適切に対応する」とコメントした。

 弁護団によると、愛知県警は派遣した他県警と異なり、本部長の専決で派遣を決めた。控訴審判決は、高江への機動隊派遣について「米軍基地の問題が政治的・社会的な大きな対立を生んでおり、社会的反響を呼ぶことが予想される」と認定。県公安委員会の事前承認を求める「異例または重要」なものに当たり、専決での決定は違法だとした。

 弁護団事務局長を務める長谷川一裕弁護士は「警察行政の民主的運営、政治的中立性の確保のためにあるはずの公安委員会の軽視、形骸化が浮き彫りとなった」と話す。



愛知県警機動隊派遣訴訟の控訴審判決で、思いを語る具志堅邦子原告団長(右)=2021年10月、名古屋市中区で

 確定した控訴審判決は、派遣自体の違法性は認めず、「一部勝訴」という形だった。それでも、現地でトラックなどが出入りする「N1ゲート」前で、住民が止めた車両やテントを警察が強制撤去した事実を認定。法的根拠がなく、違法性が強いと指摘した。長谷川氏は「非常に大きな意味を持つ」と強調する。

 「安倍政権下で安保法制が議論された直後の派遣当時、法治主義がないがしろにされたことへの危機感があったのでは。現場での住民への権利侵害を重く見たことで、手続きの違法性がより厳密に審査されたのだろう」

◆訴訟で沖縄への理解が深まった

 前出の具志堅さんは、高江への機動隊派遣に「沖縄の意思が蹂躙(じゅうりん)されていると感じた。微力だが、本土で沖縄の声を伝えることに、闘う意味がある」と話す。訴訟で原告らの沖縄への理解が深まったとし「今回の結果で、辺野古など他の基地建設現場に簡単に機動隊が派遣されることがなくなるのでは」と期待する。

 高江への機動隊派遣を巡っては、東京、福岡、沖縄の住民も提訴。19年の東京地裁判決は警視庁機動隊の派遣について沖縄県公安委員会の要請を受けた東京都公安委員会が決めており適法と判断。抗議する市民らの車両やテントの撤去は「適法性に疑問が残る」としつつ、請求を棄却した。二審判決も支持し、22年の上告棄却で確定した。

 福岡訴訟は福岡地裁が、提訴は期限を過ぎていたなどとして訴えを退け、上告棄却で確定。沖縄訴訟は、沖縄県外から派遣された機動隊の活動費を県が負担した適法性が争われ、先月住民敗訴が確定した。

 いずれも敗訴で終わったが、東京訴訟原告の川名真理さん(59)は「東京高裁が認めなかった車とテントの撤去の違法性について、愛知で認められたことは良かった。高江や辺野古の新基地建設問題に関する訴訟では、住民や沖縄県の敗訴が多く失望してきたが、日本の司法も少しは機能した」と話す。福岡訴訟原告の脇義重(よししげ)さん(77)は「愛知の原告が闘って勝ち取った成果はうれしい。機動隊派遣は地元住民の意思ではないという思いは、私たちも同じだから」と受け止める。

◆「また沖縄が犠牲に」不安は消えない



 高江では16年12月、集落を囲むように六つのヘリパッドが完成し、北部訓練場敷地の半分超にあたる約4000ヘクタールが日本側に返還された。だが、同月には米軍輸送機オスプレイが名護市沖浅瀬に不時着し、大破。17年10月には、米軍大型輸送ヘリが高江の牧草地に不時着して炎上した。

 「『ヘリパッドいらない』住民の会」の清水暁(あきら)さん(52)は、高江のヘリパッドには昼夜関係なく米軍ヘリやオスプレイが飛んでくると話す。「オスプレイが集落の真上を飛ぶと自宅は振動し、騒音がひどくて近くにいる人と会話ができないほどだ。何より、落ちてこないか怖さがある」。それでも政府は沖縄の負担軽減としつつ、新しい基地建設を進める。「また戦争が始まって沖縄が犠牲になってしまうのではないか」と抗議活動を続けている。

◆可視化された差別とヘイト

 高江のヘリパッド建設では、沖縄への差別やヘイトもあらわになった。16年10月、大阪府警の機動隊員が「ボケ、土人が」と市民に対する差別発言をした。17年1月には、本紙論説副主幹が司会を務めた東京メトロポリタンテレビジョン(東京MX)の番組「ニュース女子」が、金銭による組織的動員で過激な反対運動をあおっているとのデマを流し、放送倫理・番組向上機構(BPO)が名誉毀損(きそん)の人権侵害を認定した。

 沖縄国際大の石原昌家名誉教授(平和学)は、住民が基地建設に反対し続ける心情を「沖縄には米軍占領下の時代から、異民族として支配されてきたことへの怒りがある。県民は基地を二度と造らせないと決意してきた。それなのに、日本復帰後も基地負担は続いている」と説明する。

 辺野古の新基地建設現場に沖縄県外の警官は派遣されていないが、抗議する市民の排除は続いている。岸田政権が敵基地攻撃能力の整備を進め、沖縄の自衛隊基地増強やミサイル配備を検討していることも踏まえ、石原氏は警鐘を鳴らす。

 「政府は基地問題で、経済振興をえさに沖縄の住民を分断してきた。防衛強化を名目にした政策を強引に進め、住民らの反対を警察の実力で踏みにじることはやめるべきだ」

◆デスクメモ

 沖縄に機動隊を派遣した警視庁や府県警は、自治体の予算で運営されている。税金を払っているのは住民だ。政策決定は知事や地方議員が行う。選んでいるのも住民だ。今、統一地方選が行われている。私たち本土が在日米軍基地の7割を沖縄に押しつけている問題も思い出したい。(本)

「機動隊派遣は違法」の最高裁判決が意味すること 米軍基地問題で蹂躙されてきた「沖縄の意思」

2023年3月31日 12時00分


 公文書の保存や開示を軽んじる問題が相次ぐ日本で、米国の情報公開制度(FOIA)に注目が集まっている。米国民はもとより海外の研究者やジャーナリストも利用できる。制度を駆使して在日米軍基地由来の有機フッ素化合物(PFAS)汚染の実態などを明らかにしてきた英国人記者ジョン・ミッチェルさん(48)=川崎市在住=は「日本の人たちこそ積極的に活用すべきだ」と訴える。 (竹谷直子)

 「日米地位協定により米軍は日本の法律に従わなくてもいいが、米国の法律に従わなくてはいけない。FOIAは基地内で何が起きているかを調べるための強力なツール」。ミッチェルさんは力を込める。

 初めてFOIAを利用したのは2014年。沖縄に持ち込まれた枯れ葉剤の影響を調べるためだったという。粘り強い交渉で1年以上かけて内部文書を開示させた。「当時、どう使えばいいのか分からずミスもたくさんした」というミッチェルさんだが、今では「FOIAオタク」を自認するほど、制度を使って数々のスクープを手掛けてきた。日本でも多くの人に利用してほしいと今年1月、ノウハウをまとめた「『情報自由法』で社会を変える!」(岩波ブックレット)も出版している。

 「FOIAの使い方は実はとてもシンプル。米国政府は原則すべての公文書を公開しなければならないためだ。誰でも公文書を手に入れる『情報の自由』は、基本的人権の基盤だが、そこが日本ではあまり理解されていない」

◆トランプ氏やバイデン氏の調査にも使われた

 米国の情報公開制度は1966年に成立した。使い勝手がよいように育て上げたのは、制度を使い続けてきたジャーナリストたちだという。「公文書に光を当てることで政府はより誠実になり、情報を隠せなくなる。米国ではドナルド・トランプやジョー・バイデンの調査なども含めてFOIAが非常に多く使われている」。政府に情報公開を促す週間も毎年あり、多くの新聞がキャンペーンに取り組んでいるという。

 米国では連邦政府公報や各省庁の「閲覧室」などですでに公開されている情報もあり、基本的にオンライン検索が可能という。これらで入手できないものを公開請求することになる。ミッチェルさんは「アメリカ政府がつくった文書、ビデオ、写真、メール、手紙、ボイスレコーダーなどを要求できる」と話す。

 ブックレットでは、FOIAを使った自らの実践例を詳しく紹介。例えば、2016年には沖縄に赴任する海兵隊員の新任研修が沖縄の人々を見下し、侮辱する内容だったことをスクープしている。報道の反響は大きく、在日米海兵隊のトップは、研修内容の見直しを約束した。冊子には申請のためのテンプレートも複数掲載している。「請求後に『NO』と言われたらあきらめがちだが、決してあきらめるべきではない。丁寧に我慢強くしつこく要求し続ければ、文書は手に入る」。実際、日本でも沖縄県がFOIAを使って米軍基地内の情報を入手しているという。

 情報公開請求が重要なのは、日本政府に対しても同じだと言う。「情報はもちろん公共のものだ」とミッチェルさん。十分な議論のないまま安全保障政策の大転換を決めた岸田文雄政権の動きに触れ、「今は歴史的にも危険な時代に突入している。政府がどのように税金を使って何をしようとしているのか、何が将来起きるのかを知る必要がある」と強調した。

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米軍基地内を調べる強力ツールとは? PFAS実態明かしたミッチェルさんノウハウ本出版 「情報は公共のもの」

2023年3月22日 12時00分


東京・多摩地域で水道水に利用していた井戸水から発がん性が疑われる有機フッ素化合物(PFAS(ピーファス))が検出された問題で、社会医療法人社団「健生会」(東京都立川市)が4月以降、専門知識を持った医師による健康相談窓口「PFAS相談外来」を設置する。同会によると、全国初の取り組みで、松崎正人専務理事は「不安を抱く人に医療機関として腰を据えて対応していきたい」と語った。(松島京太)

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 多摩地域では高濃度でPFASが検出され、都水道局が井戸34本の取水を停止し、大きな影響が出ている。汚染源として、米軍横田基地(福生市など)との関連が浮上している。

 相談外来を計画しているのは、健生会グループの「立川相互ふれあいクリニック」(立川市)など多摩地域の5カ所前後の診療所。同会は、市民団体「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」が昨年11月から実施する地域住民のPFAS血液検査で採血会場も提供し、協力してきた。



PFAS相談外来の設置が検討されている「立川相互ふれあいクリニック」

 当面は、検査の参加者約600人の中で希望者の健康状態を継続的にチェックし、治療が必要ならば専門の診療科を紹介する。検査に参加していない人でも、PFAS摂取を抑える方法を助言したり、健康相談に応じたりする。料金は未定。

 「明らかにする会」による住民の血液検査では、国分寺市を中心とした87人のうち、74人の血中に含まれるPFAS濃度が健康被害の恐れが高まるとされる米国の指標値を超えていたことが判明。PFASに詳しい京都大の小泉昭夫名誉教授(環境衛生学)は「PFASの血中濃度が高い人の健康不安に向き合うと同時に、健康影響に関する科学的知見を集める場所になれば」と話した。

全国初の「PFAS相談外来」多摩地域に4月以降設置へ 医師が健康状態を確認して助言

2023年3月4日 06時00分


有機フッ素化合物(PFAS(ピーファス))はどんな物質なのか。その特徴や健康への影響、規制の状況などをまとめました。(榊原智康)

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 Q どんなもの?

 A 主に炭素とフッ素からできた「有機フッ素化合物」の総称です。ほとんどが人工的につくられたもので、4700種類以上あります。水や油をはじき、熱に強い特徴があり、自然界ではほぼ分解されません。環境中や人体に長く残るため、「永遠の化学物質(フォーエバー・ケミカル)」とも呼ばれています。PFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(パーフルオロオクタン酸)が代表的な物質です。

 Q 何に使うの?

 A 1950年代以降、こびりつかないフライパンや水をはじく衣類、半導体の製造、大規模火災時用の泡消火剤などに広く使われてきました。工場排水や米軍基地の泡消火剤の漏出などで土壌を汚染し、地下水や河川水に入り込んで飲み水として人が摂取している可能性があります。

 Q 健康に影響は?

 A 国際がん研究機関は、PFOAを発がん性の恐れがある物質に分類しています。腎臓がんや前立腺がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患の発症の他、赤ちゃんの体重減少、コレステロール値の上昇などとの関連が指摘されています。

 Q 研究の状況は?

 A 米国の公的機関では、血中1ミリリットル当たり20ナノグラム(ナノは10億分の1)以上あると腎臓がんや脂質異常症などのリスクが高まるとの結果をまとめました。多摩地域の血液検査では20ナノグラム超の人も多くいました。ただ、日本では摂取と健康被害の関係の研究があまり進んでいません。

 Q 規制は?

 A 有害な化学物質を国際的に規制するストックホルム条約でPFOSは2009年、PFOAは19年に製造・使用が原則禁止となりました。飲料水は各国が安全の目安となる数値を示しています。日本は20年に、毎日2リットルの水を飲んでも健康に影響が生じないレベルとして、水道管理の暫定目標値をPFOSとPFOAの合計で1リットル当たり50ナノグラム以下と定めました。米国はもっと厳しく、米環境保護庁が昨年6月、PFOSを0.02ナノグラム以下、PFOAを0.004ナノグラム以下とする暫定勧告値を示しました。

<Q&A>そもそもPFASって何なの? 健康にどんな影響があるの?

2023年3月4日 06時00分


沖縄県名護市辺野古(へのこ)の新基地問題が緊迫した局面を迎えている。斉藤鉄夫国土交通相は5日、県に代わって関連工事の設計変更を承認する「代執行」に向けて提訴した。背景にあるのが先月の最高裁判決。不承認とした県の訴えを退け、工事の推進を後押しする形になった。ただこの判決には、多くの行政法学者らが疑念を示し、100人超が名を連ねる声明を出した。果たして何が問題なのか。(宮畑譲、西田直晃)

◆県が不承認→政府が政府に審査請求→政府が県に是正指示→訴訟



オスプレイなどが駐機する普天間飛行場。沖縄県名護市辺野古が移設先とされる=沖縄県宜野湾市で

 「不合理極まりないもの」「実質審査権を裁判所が放棄することは許されないはずである。この理に反しそれを許容する」

 100人超の行政法学者が賛同した声明は、最高裁判決に対する怒りに満ちていた。先月27日に公表したのに続き、今月5日には東京都内で会見し、強い不満を訴えた。

 辺野古新基地の予定地には「マヨネーズ並み」とされる深さ最大90メートルの軟弱地盤がある。海底に砂杭(くい)を打ち込むなどの地盤改良が必要なため、防衛省沖縄防衛局は2020年、沖縄県に設計変更を申請した。しかし県は調査不足などを理由に挙げ、不承認とした。

 沖縄防衛局から行政不服審査法に基づく審査請求を受けたのが、工事関連の法律を所管する国土交通相。承認取り消しの裁決のほか、是正の指示も出した。



沖縄県の玉城デニー知事(2022年7月撮影)

 県は異を唱えて提訴したが、9月4日の最高裁判決で退けられた。玉城デニー知事は「承認は困難」としたため、国は今月5日、代執行に向けて提訴した。

◆最高裁「裁決が出た場合、知事は従うべきだ」…?

 国の代執行を後押しする形となった最高裁判決。行政手続き関連の法解釈を専門とする「行政法」の学者らは疑問を投げかけた。

 そもそもこの判決では、県が不承認の理由として挙げた地盤対策の是非については触れなかった。重要な争点について実質的な審査を避けたように見える。声明の中でも「最高裁は、不承認が(関係法に)違反してなされたものであるか審査することなく」と批判がなされている。

 行政法学者らが強い疑問を向けた点がある。



辺野古問題を巡る最高裁の判決文。行政法学者らが問題視する

 最高裁が重きを置いたのは、県が不承認とした直後の動き。具体的には、防衛局から不服審査請求を受けた国交相の裁決だ。

 判決の中では、行政不服審査法の条文を引用しつつ「審査庁の裁決は関係行政庁を拘束する」と強調し、不承認を取り消す裁決が出た場合、知事はその趣旨に従うべきだと続けた。

 声明の呼びかけ人の一人で成蹊大の武田真一郎教授は「審査請求した沖縄防衛局は国の機関。国交相はいわば身内。国交相は身内に有利な判断をした」と指弾する。その審査に重きを置く最高裁に対しても「中立公正に審理する責任を完全に放棄している」と批判する。「国の裁決の拘束力が及ぶなら、国に一方的な結果になり、国と地方は対等とする地方自治法の基本原則を根底から覆す」

◆次の「代執行訴訟」の争点は…

 同様に呼びかけ人に名を連ねる龍谷大の本多滝夫教授も「最高裁が国交相の裁決を前提に国を支持するのは問題」と訴える。



米軍普天間飛行場。沖縄県名護市辺野古が移設先とされる

 前出の通り、防衛局は行政不服審査法に基づいて審査請求を出し、国交相が裁決を下し、最高裁はその裁決を重視する判決を出した。この行政不服審査法は本来、国民を簡易迅速に救済することを目的としたものだ。本多氏は「今回の件で迅速な救済は必要ない」とばっさりと切り捨てる。

 先の武田氏はデニー氏の判断に理解を示す。「今回の判決は問題のある不完全なもので、知事が『承認は困難』としたのは自然なことだ」。その上で代執行訴訟の行方をこう占う。

 「国交相が知事の代わりに承認の代執行をしなければ、著しく公益を害することになるかが争点になる。工事が環境や財政に与える影響への検証は十分ではない。玉城知事が主張すべき点は少なくない」

◆岡正晶裁判長、「1票の格差」合憲、「マイナンバー」合憲

 多くの行政法学者らが懸念を示した最高裁判決。担当した5人の裁判官は、どんな人物なのか。

 裁判長を務めたのが岡正晶氏で、第一東京弁護士会会長や日弁連副会長などを歴任。2021年9月に最高裁判事に就任後、今年1月には「1票の格差」が問われた21年衆院選を「合憲」とし、今年3月には行政機関によるマイナンバーの利用は「合憲」で、プライバシーの侵害に当たらないと判断した。なお、山歩きや花の栽培が趣味という。

 他の4人のうち、山口厚氏は法学者、深山卓也氏と安浪亮介氏は裁判官出身。山口、深山両氏は21年6月に夫婦別姓の選択肢を認めない現行制度を「合憲」と判断した。残る堺徹氏は検察官出身で、東京地検特捜部長時代に大王製紙事件などを手がけた。

◆「日米関係が絡むと何もできない」最高裁

 この5人が籍を置く最高裁は、安全保障政策に関わる裁判で及び腰の姿勢が目立つ。国会や政府に遠慮があるのか、特に憲法判断にはなかなか踏み込まない。

 安保法制違憲訴訟・東京弁護団の古川(こがわ)健三弁護士は「高度の政治性を有するということで、イエスもノーも示さずに、自分から進んで一歩引いてしまう。外交問題、はっきり言ってしまえば日米関係が絡むと何もできない」と憤慨する。



最高裁

 かたや政府は、安保政策では独善的とも言える姿勢で物事を進めてきた。集団的自衛権の行使容認や敵基地攻撃能力の保有も改憲の手続きを経ず、時の政権の閣議決定だけで済ませた。

 古川氏は「安保法制違憲訴訟では国民の『改憲を決める権利』を侵害していると主張したが、取り合われなかった」と語り、「裁判所が踏み込むことを避けてきたため、数の力をたのむ政府が多数決で何でも決め、その政治状況を司法が追認する構図になっている」と危機感を募らせる。

◆「政策として誤っている」

 審理を尽くさない裁判所の姿勢は、沖縄県民の不信感を増幅させる一方、独りよがりの国の政治手法を問う場として、今回の代執行訴訟に注目が集まる。

 代執行という形を取ってまで承認が必要かが焦点になる一方、沖縄国際大の佐藤学教授(政治学)は、新基地が本当に必要か、問い続けるべきだと強調する。

 「辺野古基地は滑走路が短く、オスプレイを配備するための場所で、台湾有事への対処にはなり得ない。国は米国を引き留めるために必要だというが、すでに支出が想定以上にかさみ、総工費がいくらかかるかさえ分からない。裁判所は国側に付くかもしれないが、政策として誤っていると言い続けるしかない」



沖縄県庁

 安保政策で政府が強い実権を握る中、彼らに再考を促すべく、佐藤氏は辺野古の問題を「日本全体で考えてほしい」とも語る。

◆「国策の遂行のために地方を切り捨てる強引な手法」

 その思いは同県南城市議の瑞慶覧(ずけらん)長風氏(30)も共有している。

 「沖縄はこれまで、県民の総意として基地反対を訴え続けてきた。地盤や環境破壊といった問題も山積みなのに、国は強権的姿勢を続けてきた」と前置きし、こう強調する。

 「国策の遂行のために地方を切り捨てる強引な手法はあり得ない。そんなむちゃがまかり通れば、地方自治は崩壊するし、他県も例外ではない。そんな国のやり方が正しいのか」

◆デスクメモ

 最高裁判決後も承認に転じていないデニー氏。SNSでは「法治主義を無視」「法治国家から退場を」と非難される。ただ、あの判決に疑念が消えない。国の方針も代執行の訴訟で改めて問われる。今後訪れるヤマ場。尽きぬ疑問を問い続けるのが私たちの役割。そう肝に命じたい。(榊)

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辺野古新基地推進のために最高裁が「不合理」判決 行政法学者100人が指摘するおかしな点 政府は次の訴訟へ


集団的自衛権の行使を容認した安全保障関連法の違憲性が問われた訴訟。6日付の最高裁決定は上告を退け、憲法判断に踏み込まなかった。最高裁が「違憲かどうか」について判断しないケースはこれまでも少なくない。一体、なぜなのか。これで「憲法の番人」と言えるのか。(中山岳)

◆原告側「憲法の番人であるべき裁判所の責務に反する」



提訴のため、東京地裁に向かう原告ら=2016年4月、東京・霞が関で

 「最高裁が原告らの訴えを門前払いしたことは、人権救済の否定であり、憲法の番人であるべき裁判所の責務に反する」

 原告の弁護団は8日に声明を発表し、最高裁の姿勢を強く批判した。

 873人の原告は、2016年施行の安保法制により「平和に生きる権利(平和的生存権)が侵害された」と主張。一、二審判決は「原告の生命・身体の安全が侵害される具体的な危険が発生したとは認められない」として棄却した。最高裁が上告を退けたのも「具体的な権利侵害がある場合に憲法判断する」との判例からだ。

 ただ、原告側は集団的自衛権を行使すれば日本が攻撃対象でなくとも同盟国の戦争に参加することもあるとし、「具体的な危機の切迫」も訴えてきた。

◆「憲法9条に違反していると言わざるを得ないから逃げた?」

 原告の元陸自レンジャー隊員、井筒高雄さんは「台湾有事を含めて外国との武力衝突が現実になれば、まず海上封鎖による輸出入の制限、食糧不足が起きうる。攻撃が始まれば死傷者も出る。そうした被害が出るまで最高裁が何も判断しないなら、司法の職務放棄だ」と怒りをにじませる。

 安保法制を巡っては、安倍晋三政権が14年の閣議決定で、歴代政権が違憲としていた集団的自衛権の行使を一転して合憲と認めた。多くの学者らが違憲と指摘し、各地でデモが起きた。

 原告弁護団の古川(こがわ)健三弁護士は「安倍政権の閣議決定から安保法制を経て、防衛費増大や日米軍事一体化も進む。最高裁は憲法判断に踏み込めば安保法制は憲法9条に違反していると言わざるを得ないため、逃げたのではないか」と話す。

◆国会や政府を差し置いて、司法が国の方針を決めないように



最高裁判所

 最高裁が憲法判断をせずに訴えを退けたケースは過去にもある。

 旧日米安保条約が9条違反かどうかが問われた砂川事件の最高裁判決(1959年)では、高度な政治性を有することを理由に判断を避けた。自衛隊の合憲性が争われた「長沼ナイキ基地訴訟」では73年札幌地裁判決が違憲としたが、最高裁は82年に「訴えの利益がない」として退けた。

 憲法判断に消極的と見える背景には何があるのか。

 元最高裁判事の浜田邦夫弁護士は「日本の司法制度は、具体的な国民の権利侵害や法的紛争がないと裁判所は憲法に適合するかどうか判断できない仕組みになっている。国会や政府を差し置いて、司法が国の方針を決めないようにするためだ。今回の最高裁決定も、そうした原則に基づいている」と説明する。

◆「権利の侵害」には社会情勢や時代によって変わる余地

 一方で「戦争が起きない限り、安保法制の違憲性を判断できないかといえば、そうではない。どんな状態なら国民の権利が侵害されているかは、社会情勢や時代によって変わる余地がある」と述べる。

 一例に挙げるのが2015年に女性の再婚禁止期間を定めた民法規定を違憲とした最高裁判決だ。「社会で男女平等の意識が進むにつれ、昔は合憲とされてきた規定も女性の権利を侵害していると考えられるようになり、違憲判決が出た。法令の違憲性を巡る解釈には幅があり、少しずつ変わる」と語り、こう続けた。

 「安保法制についても、おかしいという世論が高まれば、裁判所が尊重せざるを得なくなる面はある。最高裁の変化を招くために、国民的な議論の盛り上がりやメディアの継続的な問題提起も必要ではないか」

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「司法の職務放棄だ」…最高裁はどうして憲法判断を避けたのか 安保法制訴訟 元判事が明かす「原則」

2023年9月9日 12時00分


集団的自衛権の行使を認めた安全保障関連法は憲法違反だとして、市民873人が国に1人当たり10万円の支払いを求めた国家賠償請求訴訟で、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は原告側の上告を退ける決定を出した。4人の裁判官全員一致の結論。違憲かどうかの判断はしなかった。決定は6日付。請求を棄却した一、二審判決が確定した。

◆原告側主張は「上告の理由に当たらない」

 原告側は2016年に施行された安保法制により、憲法前文にある「平和に生きる権利(平和的生存権)」を侵害されたなどと訴えていた。しかし、最高裁は決定で原告側の主張を「上告の理由に当たらない」とした。

 一、二審判決は、憲法前文に掲げる平和的生存権について「憲法の理念を表明したもの。国民の具体的権利とは言えない」とし、安保法制により「原告の生命・身体の安全が侵害される具体的な危険が発生したと認められない」として請求を棄却した。具体的な権利侵害がある場合に憲法判断するとした判例を理由に憲法判断をしなかった。



最高裁判所

 安保法制を巡る訴訟は弁護士らでつくる「安保法制違憲訴訟の会」の呼びかけで全国20以上の地裁・支部で起こされ、原告は7000人以上。会が関わる訴訟で最高裁が判断を示したのは初めて。

 原告弁護団の伊藤真弁護士は「最高裁が憲法を守る役割を放棄し、残念でならない。集団的自衛権行使を認めた閣議決定と安全保障関連法制定は多くの憲法学者らが憲法違反だと指摘したにもかかわらず、裁判所がブレーキをかけられなかった。三権分立が機能していない」と述べた。(太田理英子、中山岳)

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安保法制の違憲訴訟 最高裁が市民側の訴えを退け、請求棄却判決が確定 違憲かどうかは判断せず

2023年9月7日 17時47分


集団的自衛権の行使を容認する閣議決定も安全保障関連法も憲法違反だ―。たった1人で2度も違憲訴訟を起こしたが、憲法判断が示されないまま、訴えを退けられた男性がいる。津市に住む元三重県職員の珍道世直(ちんどうときなお)さん(83)。ロシアのウクライナ侵攻など新たな事態が生じる中、最高裁への再審請求に最後の望みを託したものの、先月末に棄却。「日本が戦争に巻き込まれてからでは遅い。平時の今こそ、憲法判断が必要なのに…」と危機感を募らせる。(佐藤圭)

 「本件申し立てを棄却する」。9月30日、最高裁から郵送で届いた決定書は素っ気なかった。「最高裁は国民の叫びに全く耳を傾けようとしない。無念だ」と珍道さんは肩を落とす。

 再審請求したのは今年8月。15日の終戦記念日を選び、同日付で受理された。訴状では、もし米国がウクライナに派兵すれば、日本も集団的自衛権の行使を要請されて参戦し、ロシアに反撃されるなどと指摘した。

 平和への切なる願いは「門前払い」の連続だった。

 2014年7月1日、当時の安倍政権は歴代内閣が維持してきた憲法解釈を変更し、閣議決定で集団的自衛権の行使を容認した。その10日後、珍道さんは、安倍晋三首相らに閣議決定の違憲と無効の確認などを求めて東京地裁に提訴した。1審と2審で敗訴し、15年7月に最高裁も上告を退けた。

 その2カ月後に安保法が成立。珍道さんは国を相手に、安保法は憲法9条に違反しているとして津地裁で訴訟に踏み切ったが、またも1審と2審で敗訴。約2年後の17年6月、最高裁は上告を棄却する決定を下した。

 裁判所は、珍道さんの期待に反して憲法判断を回避し続けた。安保法制を巡っては、全国で集団違憲訴訟が提起されているが、これまでの判決で違憲審査請求はすべて却下されている。

 2度目の最高裁決定から約5年。今回再審請求を決意したのは「集団訴訟に委ねようと思ったが、憲法適合性の審査に入っていない」からだったが、司法の壁に阻まれた。

 珍道さんの原点は戦争の記憶だ。終戦当時は6歳。1945年7月、津市は米軍の大空襲に見舞われ、空襲警報の発令と同時に、家族全員で自宅庭の防空壕(ごう)に入った。隙間からは焼夷(しょうい)弾の雨が見えた。生き埋めになった人たちのうめき声はいまも耳から離れず、川に無数に浮かんだ死体は目に焼き付いている。「子どもながらに戦争の恐ろしさ、むごさを感じた。日本を戦争する国にしてはならない」と心に刻んだ。

 珍道さんは今後も、講演会などで安保法制反対の声を上げ続けるつもりだ。

 「集団的自衛権の容認は戦争への道を開く。憲法に違反している安保法は廃止しなければならない」

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「安保法は違憲」裁判負けても再審請求…空襲の記憶がある男性が司法に問い続けた理由とは

2022年10月7日 06時00分


 安全保障関連法の成立が強行されたのは今から七年前。今年七月に銃撃され亡くなった安倍晋三首相の政権時だった。日本を「戦争できる国」に変えた安保法。戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を明記した憲法九条に合致するのか、問い続けなければならない。

 二年に一度、米海軍主催によりハワイ周辺海域で行われる世界最大規模の海上演習「環太平洋合同演習(リムパック)」。今回は六月二十九日から八月四日まで実施され、日米両国のほか英仏豪印韓など計二十六カ国が参加した。

 一九八〇年から毎回参加する海上自衛隊は今回、ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」や護衛艦「たかなみ」などを派遣したが、これまでとは異なることがあった。安保法で新たに設定された「存立危機事態」を想定した訓練が初めて行われたことである。

◆政府解釈根底から覆す

 「日本政府が存立危機事態の認定を行う前提で、武力の行使を伴うシナリオ訓練」が行われたのは七月二十九日から八月三日まで。当時の岸信夫防衛相が自衛隊の参加を明らかにしたのは終了後だった。詳細は「運用にかかわる」として明らかにされていない。

 存立危機事態は、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を指す。他に適当な手段がない場合に「集団的自衛権の行使」も可能とされる。

 国連憲章で認められた集団的自衛権は有しているが、その行使は必要最小限の範囲を超えるため、憲法上認められない。これが国会や政府内での長年の議論を通じて確立し、歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈である。

 この解釈を一内閣の判断で根本から覆したのが安倍内閣だ。二〇一四年に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に踏み切り、翌一五年には行使容認を反映させた安保法の成立を強行した。

 戦後日本は憲法九条の下、国連憲章で認められた自衛権のうち、個別的自衛権しか行使しない「専守防衛」に徹してきた。

 平和国家という国の在り方は、国内外で多大な犠牲を強いた戦争への反省にほかならない。

 訓練には、緊張が続く台湾情勢を踏まえ、軍事的圧力を強める中国に対する抑止力を示し、けん制する狙いがあるのだろう。

 故安倍氏や麻生太郎元首相らから台湾有事は日本の存立危機事態に当たるとの発言が出ていた。

 しかし、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、武力を行使することは、他国同士の戦争に参加することにほかならない。それでも戦争放棄や戦力不保持、交戦権の否認を明記した憲法九条に反しないと強弁できるのか。

 防衛政策を抜本的に転換した安保法の検証は、安倍氏の追悼と切り離して続ける必要がある。

 岸田文雄政権は「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」三文書の年内改定に向けた議論を始めた。中国の軍事的台頭や海洋進出の動きなど周辺情勢の変化を改定理由としている。

◆戦争可能国家への変質

 文書改定の焦点は相手国の領域内で軍事拠点などを攻撃する「敵基地攻撃能力」保有の是非だ。安倍政権時代から自民党が繰り返し提言してきたものでもある。

 歴代内閣は座して自滅を待つのは憲法の趣旨でないとして、ほかに方法がない場合、敵のミサイル基地を攻撃することは自衛の範囲とする一方、敵基地攻撃が可能な装備を平素から保有することは憲法の趣旨ではないとしてきた。

 敵基地攻撃可能な装備が常備されれば、存立危機事態の際、日本が直接攻撃されていなくても相手国への攻撃が可能になる。戦後日本の平和国家の歩みは途絶え、戦前のような戦争可能な国家への回帰は避けられまい。

 安保法は平和憲法のタガを外してしまったかのようだ。自衛隊の任務や可能とされる軍事的領域は広がり、国内総生産(GDP)比1%程度で推移してきた防衛費は倍増の2%も視野に入る。そして敵基地攻撃能力の保有である。

 世界を見渡せば、力には力で対抗する緊張が続いているが、平和国家として歩んできた日本はそれに乗じて「軍備」を増強するのではなく、緊張緩和に向けた外交努力こそ尽くすべきではないか。

 平和への構想力を欠く安保政策では、軍拡競争を加速させる安全保障のジレンマに陥り、地域情勢を好転させることはできまい。

<社説>安保法成立7年 違憲性を問い続けて

2022年9月19日 07時25分