人権上の問題が多いと国内外から批判されている入管法改正案が衆議院で可決され、参議院で審議入りしたが、これまでの国会審議での出入国在留管理庁(入管庁)の答弁や説明に疑問の声が上がっている。何が問われているのか。取材した。 (元TBSテレビ社会部長:神田和則) 【写真を見る】“難民はほとんど見つけられない”、“子どもを駆け引きにはしていない”…入管法改正案・国会審議で見えた3つの疑問 ■<「難民をほとんど見つけることができません」(入管庁資料より)> 改正案の大きな柱の一つは、難民申請中は一律に送還できない現在の規定を変えて、3回以上の申請者を送還できるようにすることだ。その背景には、およそ難民には当たらない人が、送還逃れのために規定を誤用、乱用して申請を繰り返すから、入管施設に収容される人が増え、収容も長期化するという入管側の論法がある。 これを支える事実として、入管庁が繰り返し引用してきたのが、法務省の難民審査参与員でNPO法人「難民を助ける会」の名誉会長、柳瀬房子氏の国会発言だ。参与員とは、1次審査で難民認定されなかった申請者が不服を申し立てた場合、2次審査を担当する有識者で、柳瀬氏は05年の制度発足以来、その職にある。 柳瀬氏は2年前に廃案となった入管法改正案の国会審議に参考人として出席し、入管庁の主張に沿う発言をした。 「私自身、参与員が、入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」 「私だけでなくて、他の参与員の方、約100名ぐらいおられますが、難民と認定できたという申請者がほとんどいないのが現状です」 「難民の認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということを、みなさま、ぜひご理解下さい」(21年4月、衆議院法務委員会) 入管庁は、この発言が難民認定制度の乱用を裏付ける事実だとして、資料「現行入管法上の問題点」(21年12月)と「現行入管法の課題」(23年2月)に掲載した。しかし、柳瀬氏の発言を時系列で追うと、担当したという件数に疑問が浮かんできた。柳瀬氏は新聞のインタビューなどでもいろいろな数字を語っているので、一番手堅い部分を拾う。
今回の改正案の土台となったのは有識者会議の「提言」だが、この委員でもある柳瀬氏は、19年11月の第2回会合で次のように発言している。有識者会議が発足して間もない時期だったので出席者に与える印象は強かったと思う。 「私は約4000件の採決に関与、そのうち約1500件では直接審尋(注・対面審査)をし、あとの2500件程度は書面審査をした」 「私が直接審尋をした中で、難民認定されたのはこれまで4人、在留特別許可が認められた人が約22~23人いると思います。それが現実です」 これに対して21年4月の衆院法務委では、参考人として以下のように語った。 「担当した案件は2000件以上、2000人と3対1で対面で話している。一次審の難民調査官による結論を覆したい、難民と認定すべきと判断できたのは6件だけ。難民とは認められないものの人道上の配慮が必要と考え、在留特別許可を出すべきと意見を出したのは12件ある」 「私どもの参与員の審査は、あらためて第三者として、申請者の意見を聞き、徹底的に聞き直す。しかし実際には、入管が認定しなかった申請者の中から、新たに難民だと思える人はほとんど出会えないのが実態」 在留特別許可件数が、後になってほぼ半減していることも不思議だが、注目したいのは、発言によれば、19年11月から21年4月までの1年半で約500件もの対面審査をしたという点だ。また別の“物差し”で見ても、05年から19年までの15年間で対面審査が約1500件、1年あたりにして100件前後、書面審査も含めると260件以上担当したことになる。 ちなみに19年の1年間を見ると参与員全体で、対面審査は582件、20年は513件と入管庁は答弁している。1年半で500件がいかに多いかがわかると思う。私が取材した元参与員は「あり得ない」と断言した。 柳瀬発言を受けて全国難民弁護団連絡会議(全難連)は、日本弁護士連合会推薦の元参与員に対して緊急アンケートを実施した。その結果、常設された班に所属した10人の年間の平均担当件数は36.3件だった。3人1組の常設班は、普通は月2回招集されるので、毎回、対面審査が2件実施されるとして「年間50件程度が上限」とも指摘した。
そうなると、柳瀬氏の担当は、なぜ異常に多いのか。 記録を精査するまでもなく短時間で不認定と判断できるような案件ばかりが集中しているのであれば、「難民はほとんど見つけられない」のは当然だろう。だが、それは柳瀬氏に限定されたことで、参与員全体を代表して語る材料にはならない。さらに「申請者の意見を聞き、徹底的に聞き直す」(柳瀬氏)こととは矛盾する。 一方で、数字を間違えたのであれば、難民申請者の運命を左右しかねない法案で、大事な参考人を務める資質が問われ、発言の信用性が揺らぐ。 そもそも参与員は組織体ではない。長く担当しているからと言って、すべての参与員を背負って発言すること自体があり得ないし、入管庁が他の参与員の意見を無視している理由もわからない。 全難連のアンケート調査にあたった高橋済弁護士は「移民政策の話は印象に操作されやすい。だから事実をベースに議論をしなければならない。柳瀬氏は、難民と認められるはずの人が送還されて、人の命を奪うかもしれない法案の審議で『難民はほとんどいない』と重要な発言をした。そのことの真偽は、まさに法改正が本当に必要なのかどうかの根幹に関わる」と指摘する。あいまいにしてはならない。 ■<「両親の帰国を条件に子どもに在留特別許可をするような運用はしていない」(入管庁国会答弁)> 家族を引き離さないで!非正規滞在の当事者や支援者が訴える会見が、5月15日に開かれた。 まず、衆議院法務委(4月28日)でのやりとりから引用する。 ▽本村伸子議員(共産) 「両親に在留資格がない子どもの中には、両親が帰国すれば子どもに在留資格を与えるという教示を受けた家族もいるというふうに聞いていますけれども、これは事実でしょうか」 ▽西山卓爾・入管庁次長 「入管庁では、ご指摘のような両親が帰国することを条件に、子どもに在留特別許可をするような運用は行っておりません」 会見ではこの発言に対し、NPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク共同代表理事」の鈴木江理子・国士舘大教授が「子どもの在留特別許可と引き換えに、親の帰国を迫ることはしていないという答弁はうそ」と強く反論、「入管職員は親に対して『お父さん、お母さんが帰ると言わない限り、子どもは苦しむよ』と言ってきた」と自ら体験した事実を明らかにした。
会見では、非正規滞在の家族の厳しい状況が次々と語られた。
一時的に収容を解かれる「仮放免」の家族を支援してきたビスカルド篤子さんは、子どもたちが泣き叫ぶ中で、入管職員が父親を収容し送還した場面を目の前で見てきたと語り、「一家の大黒柱を失うと、家族にとっては兵糧攻めになってしまう。お母さんはどんなに気丈に振る舞っていても2年、3年がたつと心が折れて追い詰められていく」、そして「自分の身代わりに親が強制送還されたとしたら、子どもたちはどれほど自分を責めることになるでしょうか」と問い掛けた。
両親がペルー出身の大学生の女性は、中学3年の時に父親が強制送還され、母親、弟と暮らしてきた。「私は日本で生まれて、日本で育った。『荷物をまとめて帰りなさい』というのは、知らない国に行けと言われているのと同じ」と苦しい胸の内を明かした。現在は「仮放免」なので住民票がなく、就労も認められない。「一生に一度の晴れ舞台の成人式の招待状も届かず、当日は家に閉じこもったまま過ごした。就活も極めて難しい。私たちの故郷は間違いなく日本。ただ親とここで暮らしたい、静かに平凡な日常を送りたいだけ」と訴えた。
元中学教諭で、両親が強制退去となった姉妹の未成年後見人を務めた大谷千晴さんは「日本で生まれ育って、教育を受けた子どもたちは、日本の財産。子を産み育て、働いて税金を納め、この社会の一員として生きていく子どもたちを大切にしてほしい」と呼び掛けた。
難民審査参与員も務める鈴木教授は、「人間としての権利は在留資格に先行する。成長過程にいる子どもには一刻の猶予もない。入管法改定の審議よりも、子どもの最善の利益を考えて、まず現行制度の下で在留特別許可か、難民認定による正規化が先だ」と強調した。
耳を澄ませて、当事者の声を聞かなければならない。
■<「難民かどうかの判断に“個別把握説”は採用していない」(入管庁国会答弁)>
日本の難民認定数が欧米諸国に比べて極端に低いことは再三指摘されてきたが、その原因は、迫害や迫害の恐れを国際基準より狭く解釈してきたことにある。全難連代表の渡辺彰悟弁護士は「これまで入管側は、迫害する側から個別に把握されていなければ難民とは認定しない独自の基準、個別把握説をとってきた。国際的な判断基準とは異なっていた」と指摘する。
ところが入管庁は、国会答弁で個別把握説を否定した。参議院法務委員会(5月16日)でのやりとりを引用する。 ▽谷合正明議員(公明) 「個別把握論は採用されているのかどうか、うかがいたい」 ▽西山卓爾・入管庁次長 「わが国では、そもそも迫害を受けるおそれの要件の該当性判断にあたって、ご指摘のような考え方(注・個別把握説)は採用していない」 だが、これはまったく違う。私の過去の取材でも明らかだ。 国軍批判の活動を続けてきたミャンマー人男性が難民認定を求めた裁判で国側はこう主張した。 「原告がミャンマー政府からことさらに注目されるような事情はなく、迫害を受ける恐れがあるとは認められない」 全難連がまとめた「難民勝訴判決20選」には、裁判所が入管の判断を覆した20件の判決が収録されているが、入管側が難民不認定とした理由も示されている。 「反政府活動家として注視されるような存在であったとは認められません」 「政府が、ことさら警戒して迫害を企図するとは考えられません」 「特段、本国政府から関心を寄せられるようなものとは認められず」 「多数の中の1人としてデモ等に参加した程度に過ぎない」 「注視」「警戒」「関心」「把握」に「ことさら」「特段」を付けて難民性を否定するのは、入管側が用いてきた常とう句で、これこそが個別把握説によって難民該当性が判断されてきたことを示している。 20選の中の福岡地裁判決(10年3月)が重要な指摘をしている。 「仮に本国政府が極めて冷静で賢い政府であれば、最小限の労力で最大の萎縮効果が得られるように、迫害することが困難な著名な反政府団体の指導者等ではなく、その他大勢の活動家のうちの1人に過ぎない者を、ランダムに迫害するものと考えられる」 これは明らかに裁判所が入管側の個別把握説に疑問を呈したものだ。 今年3月、入管庁が公表した「難民該当性判断の手引」は、「迫害主体から個別的に認知(把握)されていると認められる場合、そのことは、本要件の該当性を判断する上で積極的な事情となり得るが、そのような事情が認められないことのみをもって、直ちに申請者が迫害を受けるおそれがないと判断されるものではない」という一文を明記した。これをどう見るか。
渡辺弁護士は「本来、難民の要件と判断は、裁量を許さないものだというのが難民条約の考えで、どの国に行っても同様の保護が受けられるようでなければならない。ところが、個別把握的な判断は、難民の受入れを自分たちの都合のいいように裁量的に調整するためのものでしかなかった。『手引』は結局のところ,この裁量的な要素を残していて、真に国際基準にのっとった難民行政を施行するという決意はみられない」と批判する。 その上で「法を改正し、3回目以上の難民申請者について送還を停止する規定を外すためには、適正な難民認定が行われているという前提が絶対に必要だ。『手引』はこれを意識して、個別把握説への批判をかわそうとしている」と見る。 「真に適正な基準に沿って今後の運用をするというのであれば、個別把握説にこだわり続けた過去を潔く認めた上で、国際水準に沿った判断に改めると明言すべきではないか。国会答弁は、事実に反しているし、不誠実としか言いようがない」
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