「日本の入管収容は国際人権法違反」訴訟#外国にルーツを持つ人々CALL4PDF魚拓



どのような事件か 

今回の裁判は、原告のサファリさんとデニズさんに対してなされた入管収容が、自由権規約で禁止されている「恣意的拘禁」にあたり、違法だったことの確認と、違法な収容をした国に対して損害賠償を求める訴訟です。

イラン出身のサファリさんとトルコ出身クルド人のデニズさんは、難民申請をしても難民として認められておらず、今も在留資格がありません。入管はこれを理由として2人を収容し、彼らは2016年以降、3年半以上もの間、自由を奪われた生活を送ることになりました。

2016年 デニズさんは5月から、サファリさんは6月から、入管に収容される
2019年6月頃 ハンガーストライキを実施
2019年7月~ 2週間仮放免を繰り返される
2019年10月 国連恣意的拘禁作業部会に対して通報する (デニズさんは2020年3月から、サファリさんは2020年4月から現在まで仮放免中)
2020年9月 作業部会は「恣意的拘禁に当たり、自由権規約等に違反する」と発表
2022年1月 日本の入管制度は国際人権規約に反するとして国に対し提訴

2人は2016年以降、入管から無期限で収容されました。その結果、家族や友人と会ったり、外に出掛けたり、みんなで食事をしたり、電話やインターネットをしたり、という当たり前のことが、自由にできなくなりました。さらに、収容期限の上限がないため、いつまで収容されるのかわからないという出口のないトンネルにいるような、不安と絶望で苦しい日々を過ごしました。

入管収容に対しては、「仮放免」という保証金を納めて釈放される制度があり、ふたりは収容後、何度も仮放免を申請しましたが、認められませんでした。

2019年6月に、大村入国管理センターでナイジェリア国籍の男性が餓死したのをきっかけに、入管収容施設では、ハンガーストライキ/絶食が広まりました。ふたりも過酷な収容によって心を追い詰められ、絶食しました。ところが入管は、ふたりを含めた、絶食した一部の収容者に対して、まるで見せしめのように、2週間前後の短期間だけ、仮放免を許可して釈放し、2週間後にまた収容する、という運用を始めました。ようやく外に出られたのも束の間、2週間後にはまた出口の見えない収容に戻される、という恐怖から、ふたりは精神を深く傷つけられました。仮放免中の現在も、ふたりは収容による心の後遺症に苦しんでいます。

ふたりは、こうした入管の非人道的な行為について、国際社会に助けを求めることにし、2019年10月、国連恣意的拘禁作業部会に対して通報しました。その結果、同作業部会は、ふたりの通報に対して「2人に対する収容は恣意的拘禁に当たり、自由権規約等に違反する」という意見を発表しました。

今回、ふたりは、日本の裁判所に提訴することで、国連恣意的拘禁作業部会でも指摘されたように、ふたりに対する入管収容が自由権規約で禁止されている「恣意的拘禁」にあたり違法であったことの確認と、違法な収容をした国に対する損害賠償請求を行い、日本の入管収容のあり方の変革を目指します。





 問題の所在 

1 恣意的な収容、無期限収容の問題

原告のサファリさんとデニズさんに対して、必要性、合理性、比例性のない「恣意的拘禁」がなされた点に問題があります。

人は誰でも、自由が原則であり、権利です。特に、身体を拘束されない自由は、人の生活にとって最も重要な権利の一つで、これを恣意的・無期限に奪われれば、サファリさんやデニズさんが被ったように、大変な苦痛や絶望を強いられることになります。外国籍で、在留資格がないからという理由で、何年も収容するのは間違っています。

日本が1979年に批准(その条約に拘束されると合意すること)した自由権規約9条1項は、「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない」と定めており、必要性や合理性、比例性を欠く「恣意的拘禁」を禁止しています。

原告のふたりは、 難民申請中で、逃げ隠れするおそれはありません。

デニズさんは日本人と結婚し、10年以上にわたって苦楽を共にしてきました。デニズさんの妻は、デニズさんがどれだけ長い期間収容されても寄り添い続けてきました。

日本語が達者で心優しいサファリさんには、多くの日本人の友人がおり、皆が、サファリさんが安心して日本で暮らせる日を心待ちにしています。 私たちは、そのような2人に対する前述のような入管収容が、必要性や合理性、比例性のない「恣意的拘禁」に当たるため、自由権規約に反すると訴えています。

2 入管法やその運用について

入管法に収容の要件や期間の上限、司法審査の手続が定められていないため、入管が独自の方針で収容を行うことができる運用は、必要のない収容や、収容期間の長期化などに繋がり、問題があります。

現在の出入国管理及び難民認定法(入管法)は、在留資格がない外国籍の人に対し、退去強制令書(強制送還を行う令書)を発付した後は、「送還可能のときまで」収容することができると定めています(52条5項)。そのため入管は、裁判所の判断を経ることなく、無期限に、外国籍の人を入管収容施設に収容しています。

収容された人は、「仮放免」が許可されれば外で生活することができますが、法務省入国管理局長が2018年に出した通達によって、収容に耐え難い傷病者でない限り仮放免を許可せずに収容を継続する、という運用が始まり、収容期間が全体的に長期化しました。前述のように、ハンガーストライキを行った人に対する見せしめのような仮放免・収容がなされたのも、入管法に収容の要件に関する定めがないために、入管が広い裁量によって仮放免や収容を運用していることに原因があります。

3 国連恣意的拘禁作業部会の意見に対する対応について

前述のとおり、入管法が入管収容について司法審査を定めていないため、入管の広い裁量によって収容が続けられてきました。収容を争う途は限定されているため、原告2名は、国連の恣意的拘禁作業部会に助けを求め、それが認められました。 しかし、同作業部会から、ふたりに対する入管収容は自由権規約に違反するという意見が出された後も、国は責任を認めようとせず、賠償もしていません。





 原告が立ち上がった経緯 

サファリさんとデニズさんは、今日も、難民として認定されるのを待ちながら、不自由な仮放免生活のままで、長期収容で受けた心身の苦痛に耐えています。国連が違法と判断した収容の犠牲者に対して、国は、一切謝罪することなく、何らの賠償も、収容で受けた心身の傷の治療費の負担もしようとしないのです。

そして現在も、ふたりのように、長期収容に苦しんでいる人々や、仮放免生活の中で長期収容の悪夢や爪痕に苦しみ続けている人々がいます。入管を相手にアクションを起こすことは勇気のいることです。しかし、サファリさんとデニズさんは、自分のためだけではなく、虐げられている多くの人のために立ち上がり、この訴訟を提起することを決意しました。



 訴訟を通して実現したいこと 

「サファリさんとデニズさんに対する入管収容が自由権規約に違反する」という意見は、すでに国連恣意的拘禁作業部会から出されています。

在留資格がないというだけで、必要性、合理性、比例性のない恣意的な収容を入管が続けてきたのは、日本に住む私たちの問題でもあります。私たちは、さらに日本の裁判所でも、日本の入管収容が自由権規約に違反していることを確認することで、社会により広く、入管法と入管収容の運用を変えなければならないと訴えたいと思っています。

それとともに、国には、長期間収容されて心身共に傷ついた人々に対して、賠償をして償うという、当たり前のことをしてほしいと思います。



 資金の使途 

訴訟提起のための印紙、切手代
研究者、専門家の意見書作成費用 交通費、通信費、コピー代など
通訳・翻訳費用  
会場使用料
※上記費用に計上した上でお金が余った場合には、弁護士費用に充てさせていただきたいと思います。
※2023年8月に第一目標であった100万円を達成いたしました。さらに充実した訴訟活動を行うため、ネクスト・ステップとして200万円を目指しています。ご協力の程お願いいたします。



 担当弁護士のメッセージ 

入管の長期収容問題はこれまでも深刻でしたが、2019年に入管収容施設でハンガーストライキ/絶食が広まった後の、2週間仮放免と再収容という扱いは、あまりに非人道的で、許しがたいものでした。それをきっかけに、国連恣意的拘禁作業部会への通報を行うことにしましたが、さらに根本的な問題である、無条件、無期限、司法審査のない収容という問題を、正面から問うことにしました。

この裁判では、自由権規約9条1項(恣意的拘禁の禁止)と、9条4項(拘禁にあたって司法審査を受ける権利)という、国際人権条約を法的な根拠として主張しています。

日本では、残念ながら国際人権条約があまり浸透しておらず、政府は国連の条約に基づく審査で勧告が出ても、無視してきました。入管収容問題についても、これまで自由権規約委員会や拷問禁止委員会、人種差別撤廃委員会から、問題点を指摘されてきましたが、日本政府は全く耳を傾けてきませんでした。

私たちは、日本の入管収容が国際人権条約に違反することを日本の裁判所でも明らかにすることで、入管収容はもちろん、様々な人権問題について、日本政府が国連機関の指摘を尊重し、国際人権条約に沿った対応がなされるようにしたいと考えています。



 担当弁護士の紹介 




▲担当弁護士と、原告のデニズさん、サファリさん

浦城知子・東京弁護士会・信和法律事務所
小川隆太郎・東京弁護士会・東京共同法律事務所
駒井知会・東京弁護士会・マイルストーン総合法律事務所
鈴木雅子・東京弁護士会・いずみ橋法律事務所
岡本翔太・東京弁護士会・翔栄法律事務所

私たちは、難民事件をはじめとする外国籍の方々の人権問題に取り組んでいます。人権に国境はないという信念の下、国際人権条約を日本の裁判に活かしたいと思っています。

入管収容問題はここ数年で、社会から注目されるトピックになりました。 入管収容の国際人権条約違反を正面から問う今回の訴訟に、ご支援いただければ幸いです。

https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000096
「日本の入管収容は国際人権法違反」訴訟

#外国にルーツを持つ人々



サフラジェットとは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリスで女性参政権運動を率いたメンバーを指す。抗議活動によって刑務所に収監されたサフラジェットは、ハンストで抵抗。これに対し、政府は彼女たちに強制給餌(きゅうじ)をおこなった。この仕打ち自体、人間の心身を激しく苛む(さいなむ)虐待だが、政府は更に、被収容者の健康が悪化して死亡した際の責任を逃れるため、ハンストでボロボロになった人を一時的に釈放し、体調が回復すると再収容する法を可決。これが当時のイギリス社会で大きな批判を呼んだ、通称、猫とネズミ法(Cat and Mouse Act)だ。その1世紀も前の悪法と同じことが、現代の日本でおこなわれたのだ。

「みんな、何年も収容されて、外に出たくて焦っていたから」

「自分より先に2週間仮放免になった人が再収容されたとわかっていても、もしかして自分は大丈夫じゃないかって、ちょっとだけ希望を持ってしまうんです。でも、結局、2週間仮放免が3回も繰り返されました。外で受診した精神科の病院の診断書を持って行っても、入管は見ないから。本当に全然見ないから」

ハンストが続き、もしまた餓死者が出れば、世間の入管に向ける目は厳しくなる。わずか2週間という、被収容者を精神的に追い詰める方法で仮放免を出して、彼らが逃げれば、入管は責任を免れるだけでなく、「ルールを破って逃げたのだから、捉まえるのは当然」と、自分たちの行為を正当化できる。

「国が制度として許される範疇(はんちゅう)を、完全に超えたんです」と、駒井さんは憤りを隠さない。

「一口に3年の収容といっても、予め期限がわかっているか、いないかで、収容の意味合いはまったく違ってきます。いつ外に出られるかわからない日々が続くことの精神的なストレスは、極めて深刻で『夜と霧』に描かれるナチスの強制収容所を連想させます。でも、サファリさんは逃げませんでした。彼のように律義に戻ってくる人が、どれだけつらかったか……」

駒井さんが見やると、サファリさんはこう応えた。

「やっぱり自分を信じて保証人になってくれた人やお世話になっている人を、裏切ることはできないから。入管のやっていることは本当にひどいけど、でも、私は難民としてこの国に“助けてください”とお願いしている立場だから、逃げるのはよくないと思っていたから」

けれど、とサファリさんは続ける。

「戻ったら再収容されるとわかっているから、二度とあそこに入りたくないから、みんな悩んで悩んで逃げている。3年もあそこにいて、たった2週間で再収容されるなら、もうどうなってもいいと思ってしまう。逃げる人の気持ちも、私にはわからなくはありません」

▲流暢でていねいな日本語を話すサファリさんは、収容施設内でも職員の依頼で、日本語のできない同胞の通訳をしていた。同胞に頼まれ、面会時にも通訳していたサファリさんは、面会室で駒井さんと知り合ったという

日本の入管は「国際人権法」に違反している

国連には、国連人権理事会の決議に基づいて、「恣意(しい)的な拘禁」が疑われる身体拘束を調査する専門家グループ「恣意的拘禁作業部会」(WGAD)がある。

駒井さんをはじめ5人の弁護団は、サファリさんと、サファリさん同様、長期収容されたクルド人のデニスさんの代理人として、2019年10月「ふたりの収容は自由権規約9条に違反している」と、WGADに通報した。これを受けて調査したWGADは、2020年9月28日「入管による外国人の長期収容は国際法違反である」との勧告を日本政府に出している。

だが、政府は収容の運用を改めることも、ふたりに賠償をおこなうこともなかった。サファリさんとデニスさんは弁護団とともに、収容の違法と、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)の国際法違反について訴訟を起こした。

国連による勧告という後ろ盾があったとはいえ、サファリさんにとって、国を相手にした訴訟の原告になることは、傍からは想像しきれない勇気が必要だったはずだ。

「国が相手では、日本の人が裁判を起こしてもほとんど負けてしまう状況なのに、自分たちが裁判の原告になるのだから、それは怖いです。やっぱりどうしても入管は怖いです」

「ハンストをした後、私たちは記者会見の場で、自分の名前や顔を表に出しました。収容されていた外国人で表に出る人は、それまでほとんどいなかったから怖かったけど、弁護士の先生方がよい人たちだったので、勇気づけられました」

人としての自分は弱くはないし、怖いものもない。ただ、入管に行くとどうなるとわからないから。サファリさんはそう話す。

「収容されたら、いつ出られるかわからない。そこがいちばん怖いところです。延長申請に行くときも、また入れられてしまうんじゃないかと考えてしまいます」

仮放免の審査は入管がおこなうが、明確な判断基準が示されていない。結果について理由を尋ねても「個別の案件についてはお答えできません」としか返ってこない。たいていの場所では通用しないことが、こと入管に限ってまかり通っている。

▲「やっぱり駒井さんがいなければ、私は裁判をしていなかったです。駒井さんは私のために、本当に一生懸命やってくれていますから」とサファリさん

民主主義のこの国で

2016年4月、入管内では「東京五輪の年までに不法滞在者ら社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することは喫緊の課題」という内部通達が出された。

入管問題に取り組む弁護士や支援者の方々が異口同音に唱えるように、これ以降、仮放免は出なくなり、収容の長期化が進んだ。

2020年にコロナ禍が始まり、施設内の感染防止のため、入管が仮放免を積極的に運用するよう収容方針を変更したことを機に、被収容者は激減した。

だが、入管が喧伝(けんでん)していたように、多くの外国人が外に出たことで、治安上、大きな問題は生じたことを裏づけるようなデータはない。

「そのことが明るみになってしまったから。だから、外国の人たちを犯罪者扱いから、今度はテロリスト扱いしようとしているわけです」と、サファリさんと駒井さんは口を揃える。

2023年の通常国会で再提出される入管法改正案では、「送還忌避者の送還の促進」という名目で、難民認定申請中でも複数回申請者は、一定の条件下で送還できるようにする、としている。しかし、2021年の日本の難民認定率は1%にも満たない。「救われるべき難民の保護を縮小し、彼らの生命・身体などの人権を危機にさらすことになる」と複数の人権団体が強く反対を表明している。

「30年日本にいて、私がどんな悪いことをしたか。治安に関わるようなことをしたか。もしあるなら教えてほしいです」

「来日以来、たくさんの友達ができました。人生は一回きりだから、なるべく今を楽しく生きたいと思っています。今、私はこうしてみなさんとお話ししているけど、この部屋を出たら、何が起きるかわかりません。人間はいつ死ぬか、わからない。だからいい思い出を残せるように生きたいんです」

理由があって、自分の国に帰ることができないから、難民として助けてくださいとお願いしている。ただそれだけで、同じ人間だから。サファリさんはまっすぐな視線をこちらに向ける。

「収容施設内では、入管は本当に何でもやることを私はこの目で見てきましたから。ある意味、私の国の政府と同じです。イランや北朝鮮ではなく、民主主義の国で、外国人が差別されている。それはすごく残念です」

駒井さんも続ける。

「たとえ貧しくても、家族や友人がいる自分の国は、入管の中にいるよりはいいはずなんです。それでも自分の国には帰れない理由があるから、帰国したら政治的迫害を受ける危険があるから、サファリさんは難民申請をしているんです」

2022年のFIFAワールドカップで、イランの代表チームは世界に中継されるリスクを知りつつ、国内の抗議デモに連動し、国歌斉唱をしないことで反政府の意思を表明した。昨年末にはあるサッカー選手が、イラン国内で女性の権利を守る抗議活動に参加したことで、死刑宣告されている。

「“イランで若い人たちが無残な死に方をしているのに、自分は何も力になれないことがつらい”といって、サファリさんは泣くんです。とにかく一日でも早く、サファリさんを難民として、保護してもらいたいです」

▲「最初に2週間仮放免をされたとき、わたしもサファリさんもどうしていいか、わからなくて。でも、絶対許されることじゃなかったので、記者会見をやることにしたんです」と駒井さん

自由権規約委員会が憂慮する“Karihomensha”

「正直、毎日暇でいやになってしまいます。やっぱり働くことが好きだったから」

今、生活はどんな感じですか、と尋ねると、困ったようにサファリさんはそう応えた。支援グループに家賃を援助してもらい、食費も切り詰めてなんとかしているこの暮らしは本意じゃないと、その表情には滲んでいる。

仮放免者は働くことも、健康保険に加入することも、一時旅行許可を取らなければ、所在する都道府県を越えた移動をすることもできない。収容施設から外に出ても、籠の鳥であることに変わらないと、当事者は皆そう口にする。

2022年11月に出た国連自由権規約委員会の総括所見には、“Karihomensha”というローマ字がある。そこには就労が認められず、収入を断たれ、生存の危機にさらされる仮放免者への憂慮が記されている。

日本の仮放免制度の残酷さ、異常さが国際的に問題になっていると指摘し、駒井さんはこう続ける。

「自分が同じような状況に置かれたら、明日からどうやって生きていくのか。仕事はお金や日々の糧を得るため、税金を払って社会の一員になるためだけでなく、人生におけるやりがいや生きがいにも通じるものです。それを奪うことはどう考えても、残酷過ぎるんです」

「支援者や友人はずっと私のことを見てきて、事情をわかっているから助けてくれるけれど、就労を認めてくれれば税金も払うし、生活者としてお金を使うこともできます」

サファリさんのことばは、難民申請中の仮放免者の思いを代弁している。

「自分の国に戻ったら危険だから、日本で暮らしたい。収容前はずっとそうしてきたから、もちろんできれば仕事もしたいです。

私は日本の文化や習慣に馴染んでいるし、自分は日本に育てられたと思っています。20年前だったら、別の国に行くという選択肢もあったかもしれません。でも、32年、日本で暮らしてきて、今さらどこに帰れというんでしょう」

「考えても考えても、私のいる場所は日本にしかありません。この先、イランの政情が変わり、戻ることができたとしても、ゼロからのスタートです。そこに生きていく基盤はありません。私の基盤は日本にしかないんです」

▲こちらの都合で時間変更を繰り返したため、最終連絡がうまくつかず、約束に5分ほど遅れて平謝りするサファリさんに「でも、サファリさんが思っていた約束の時間よりずいぶん早く到着しているよ(笑)」と駒井さん

国際法を遵守する法改正、制度改革へ

「国連の恣意的拘禁作業部会から意見を得るのは大変なことなんです。でも、作業部会は入管の収容制度が間違っていると指摘してくれました。これで日本政府が反省してくれたら、訴訟までせずに済んだかもしれません」と、駒井さんはいう。

「でも、政府は批判を無視しただけでなく、国連に抗議までしているように、反省も国際法を遵守する気もなかった。訴訟を起こしたのはサファリさんとデニスさんですが、ふたりだけでなく、恣意的拘禁の犠牲になった被収容者はたくさんいます。その真実を明らかにし、裁判所から法的な評価をいただきたい。そして国際法を遵守する法改正、制度改革に結びつけたい。そう思って私たちは立ち上がりました」

制度が変わらなければ、同じことが繰り返されます、と、サファリさんもいう。

「施設内では2007年から今まで、自殺も含めて18人が命を落としています。彼らは入管の過ちによって、見殺しにされたんです」

「入管の問題は、悪いことをしても外部に伝わらないことです。今まで刑罰を受けた職員はいません。担当や上層部の人が責任を取って相応の罰を受ければ、こんな酷いことにはなりません」

収容施設に勤務する警備担当官を、被収容者は“担当さん”と呼ぶ。担当さんは名札をつけているが、そこには名前はなく、アルファベットと数字を組み合わせた記号が記されている。

担当さんたちは、なぜ自分の名前を公にしないのか。互いの名前がわかれば、名前が知られて困るようなことは自制するのではないかと、収容施設に面会に行くたびにそう思う。だが、情報開示を請求しても、出てくる文書は黒塗りであるように、入管行政は、公共性や公開性の対極にある。

「あんな政府でも……いや、自分の国を愛しているから、あんな、といういいかたはよくないけど……。でも、ああいう政府でも、国としてはアフガニスタンやシリアからの難民を、日本よりはずっと受け入れています」

サファリさんのことばが、今も耳に残る。

▲サファリさんは最後まで真剣に思いを語ってくれた

取材・文/塚田恭子(Kyoko Tsukada)
撮影/穐吉洋子(Yoko Akiyoshi)
編集/丸山央里絵(Orie Maruyama)

https://www.call4.jp/story/?p=2236
自分の国に帰れないから、助けてとお願いしている。ただそれだけで、同じ人間だから




2022年1月、サファリさん・デニズさんは5人の弁護士とともに、国を相手に訴訟を提起した。

無期限の収容、必要性・合理性などを要件としない収容、裁判所がチェックする機会も与えられない収容。これらは国際法(自由権規約)で禁止されている「恣意的拘禁」にあたって違法であること。その根拠となっている入管法も国際法違反で無効であること。収容によってふたりに生じた損害を国は賠償すること。――自由権規約には、「違法に逮捕され又は抑留された者は、賠償を受ける権利を有する」(9条5項)とある。

「私たちは、この訴訟を通じて、『国際人権法は単なる理念ではなく、法規範だ』ということも伝えていきたいと思っているのです」というのは小川隆太郎弁護士。

「国際人権法が法規範であると明言されれば、同じように入管や刑事施設、精神病棟で恣意的拘禁に苦しむ人たちもが国際人権法に守られるようになる」

「私がこの分野の仕事を始めたのは、学生のときに9.11が起こって、イラク問題を入り口に海外の人権状況に関心を持ったのが始まりです」、小川弁護士は振り返る。

「それで大学生の時にボランティアしていた国際人権NGOヒューマンライツ・ナウで『アフリカンナイト』というイベントをやったときに、日本にいる難民申請中のアフリカ出身者に、『海外の人権問題に取り組むのも大事だが、その結果、日本に逃げてきて日本でも困っている私たちのような人がいる』と言われた」

「ハッとしました。海外と日本国内の両方の人権問題に取り組もうと思った。それで弁護士になった当初から難民事件は受けていました」

「事件を受ける中で、病気にならないと仮放免してもらえない入管収容の実態を目の当たりにして、在留資格が『人権を享有する前提』のように考えられていることが問題だとずっと思っていた。人権は、すべての人に保障されるものであって、在留資格の範囲内で国から裁量的に与えられるようなものではない」

在留資格は人権保障の前提ではない

▲「収容は、被収容者の心と身体を打ち砕く手段になっている」と駒井弁護士

駒井弁護士がうなずいた。「在留資格が認められないことによって、人間が人間でなくなるわけではない」

5人は国連の作業部会への通報に際してチームを組み、訴訟に向けてサファリさんとデニズさんをサポートしながら、議論を重ねてきた。5人の議論は、単にふたりの事件にとどまらず、収容の問題、外国籍の人びとの暮らし、ひいては日本社会全体のあり方に関わるものだった。

「いま、収容は、被収容者に『耐えられない、帰ります』と言わせるための武器として使われている」

「これまで、『祖国で迫害を受けて死ぬかもしれなくても、人間として死にたい』と言って、帰国を決意する収容中の難民申請者の方々を何人も見てきた。彼らは口々に、『自分は動物じゃない』と言った。収容が彼らに『自分たちは人間として扱われていない』と感じさせているということです」

「そこまで言わせるカラクリが日本に残っていることは、日本社会に対する脅威です」

入管だけではない、横断的な問題でもある

▲議論を重ね、一時期は終電まで残って準備することもあった5人

「恣意的な拘禁が道具として使われているのは、入管の事件に限りません」、駒井弁護士の話を受けて指摘するのは鈴木弁護士。

「刑事事件では自白を強要するために勾留することが『人質司法』と言われている。精神医療の分野でも、本人の意思に関わらず強制入院させられる制度がある」

「多数派の『安心安全』のために少数派の人権を踏みにじることをいとわないことが、さまざまな分野でよく表れている」

「そもそも社会全体にとって何がいいことかも分からないのに」と、髙田弁護士も声を合わせる。

「多数派の『全体がよければ少数者は排除していい』という感覚が制度に反映されてしまっている」

「私たちがさまざまな分野で、社会的弱者になったときに、国家機関が徹底的に人間の尊厳をはぎ取っていく、それを社会として許していて良いのか」駒井弁護士が疑問を提起する。

身体の自由は根本的な人権

▲「人間が人間として扱われないことが、他人事でいいはずがない」と弁護団

「社会的に弱い立場にある人たち、声を上げにくい人たち、マイノリティの人たちが特に身体の自由を奪われやすい」と言うのは浦城弁護士だ。

「彼ら彼女らの身体の自由が奪われることに対する抵抗感が、この社会には弱すぎる」

「人間が同じ人間でありながら他人の身体の自由を奪うことは、究極の差別だと思うんです」浦城弁護士は続ける。

「人を閉じ込めることは、同じ人間だと扱われていないという気持ちを抱かせること。被収容者が『私たちは人間だ、動物じゃない』という気持ちになるのはそこだと思います」

「身体の自由がどれほど人間にとって根源的な自由であるか」と小川弁護士。

「もし『いつまでか分からないが、ずっと一つの部屋、建物内にいて』と言われたら、誰でも発狂しそうになると思います。Covid-19が流行して『ステイホーム』と言われて、移動できないことがいかにストレスを伴う非人間的なことであるか、自由に動けることがいかに大事かはみんなよく分かったと思う」

「人をひとつの場所に無期限で閉じ込めるとどうなるか。精神的な影響などが出て、外に出てきた後も普通の生活ができなくなるんです」

サファリさんの診断書には、度重なる収容を経て、抑うつ状態からうつ状態へ移行していったことが記されている。

5人が裁判を通じて求める未来

▲「この訴訟はみんなの問題。市民社会が見守ることも大切」

「サファリさんとデニズさんのほかにも、苦しんでいる人はたくさんいる。理不尽な目に遭った人たちは、仮放免を受けても、Covid-19が落ち着いた後の再収容に怯えている。今もまだ収容されている人たちがいる」

「制度がおかしいということを分かってもらって、より多くの人の救済を目指したい」と髙田弁護士。

「『この裁判によって救われる人たちがいる』ということが、今も苦しんでいるふたりにとっても心にともる灯りになるといい」と駒井弁護士が続ける。

「日本の景気が悪くなり、内向きになって排外的になる中で、外国籍の人たち、非正規移民の人たちの人権保障の状況は悪化してきた。私たちもそれをずっと止めてこられなかった」

「この裁判が転換点になって、身体の自由という基本的な人権の保障が、裁量の範囲とかじゃなくて、きちんとなされるようになってほしい」と鈴木弁護士。

「特別なことをしているつもりはない」というのは浦城弁護士。

「日本の裁判所での前例はないが、自由権規約は存在し、解釈も確立している。あるべき判断がなされておかしくない。過去のハンセン病患者に対する扱いが間違っていたと明らかになったように、今までの入管法は問題があったということが、訴訟によって明らかになると思っています」

「その意味では、時代を少し先取りするだけの訴訟です」と小川弁護士が笑顔を見せる。

希望はあると5人は口をそろえる。5月31日に行われた東京地裁の口頭弁論期日では、大法廷の傍聴席が満席になった。市民が興味を持つことが、社会の人権意識の向上につながる。それは、日本がいずれ人権分野をリードする国になるための、第一歩でもある。

▲人間の尊厳を守る戦い。弁護士たちは訴訟の先に希望も見ている

取材・文/原口侑子(Yuko Haraguchi)
撮影/神宮巨樹(Ooki Jingu)
編集/丸山央里絵(Orie Maruyama)

「自分は動物じゃない」そこまで言わせる日本の入管収容は国際法違反である