ウクライナで即時停戦には「反対」 軍事研究家・小泉悠氏「ロシアに主権奪取を諦めさせなくては」2024年6月25日 20時00分 .ウクライナは専守防衛…敵基地を攻撃すれば何が起きるのか 市民が犠牲、強力な武器を使われる口実にも2022年11月26日 06時00分.「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換…相手を脅して抑止するのは「幻想」2022年11月23日 06時00分等敵基地攻撃能力保有の問題点指摘する記事PDF魚拓



ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、6月中旬に約100の国・機関が参加する「世界平和サミット」がスイスで開かれたものの、ロシアは招待されず、中国は欠席、インドなど主要新興国も共同声明への署名を見送った。ロシアの軍事に詳しい小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授(42)は「戦争は当面続く」と見通した上で「即時停戦には反対だ」と言い切った。(滝沢学)

◆「軍事支援」国民的議論があってもいい

 小泉氏は「ロシアのプーチン政権は、(ウクライナが)占領地を差し出せば戦争をやめる、とは約束していない」と指摘。「ロシアの要求はウクライナの政権すげ替えや非軍事化であり、土地を渡せば停戦が可能との議論は第三者の勝手な思い込みだ」と楽観論を否定した。


ロシアの侵攻から2年となる2024年2月24日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)で、献花するウクライナのゼレンスキー大統領(中央)、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長(右から2人目)ら=ウクライナ大統領府のサイトより

 また、即時停戦に反対する理由については「ロシアの占領地には人が住んでおり、若者を徴兵や志願強制で軍に入隊させれば、ウクライナ人がウクライナ人を相手に戦わされる事態になる」と危ぶむ。ロシアが勝手な言い分で始めた侵攻であり「ロシアがウクライナの主権の奪取や制限を諦めるような条件で停戦することが大事だ」と指摘した。

 日本にできることとして、手厚い民生支援の継続に加え、「市民の命を守る人道支援として、防空システムだけでも供与できないか」と提案した。国際紛争の当事国への武器輸出を禁じた日本政府の原則を「簡単に変えてはいけないと思う」としつつ「ウクライナの都市では、ロシアのミサイル攻撃で一家全滅ということが頻繁に起きている」と惨状を強調。「ウクライナへの直接の軍事支援について、国民的な議論だけでもしてみてもいいのではないか」と話した。

 小泉悠(こいずみ・ゆう) 1982年、千葉県生まれ。外務省専門分析員、未来工学研究所特別研究員などを経て現職。ロシアの軍事政策のほか、人間の認知を標的とした情報戦など安全保障の新領域分野の研究も進める。著書『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)でサントリー学芸賞。ネットでは「ユーリィ・イズムィコ」のペンネームで知られている。




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ウクライナで即時停戦には「反対」 軍事研究家・小泉悠氏「ロシアに主権奪取を諦めさせなくては」

2024年6月25日 20時00分



<崩れゆく専守防衛~検証・敵基地攻撃能力③戦争の犠牲>



 ロシアによる侵攻が続くウクライナ。連日のように伝えられるのがミサイル攻撃での民間人の犠牲だ。

 首都キーウ南西の都市ビンニツァ。7月、ロシアのミサイルの巻き添えで少なくとも23人が死亡。ダウン症の4歳児リザちゃんも、壊れたベビーカーと一緒に遺体で見つかった。

 母イリーナさんは直前、広場を楽しそうに歩くリザちゃんのほほ笑ましい姿を交流サイト(SNS)に投稿したばかり。「私が愛したものは全て奪われ、殺された」。娘の死後、イリーナさんはそうつづった。一方のロシアは「精密ミサイルが軍施設に発射された」と強弁している。

 「相手国を攻撃すれば、死ぬのは軍人だけではない。周りの建物、市民も犠牲になる。訓練でも目標からはずれることはあり、戦争なら間違いなく起こる。政治家は分かっているのか」

 航空自衛隊第七航空団司令や防衛研究所戦史部長などを歴任し、地対空ミサイル部隊の指揮所運用隊長も務めた林吉永元空将補は、岸田政権の敵基地攻撃能力の保有議論を懸念する。

 「敵基地」などを狙った攻撃での市民の犠牲は、世界中で報告されている。米ブラウン大によると、アフガニスタンで米軍などの空爆で死亡した市民は2020年までの15年間で3610人に上る。国連によるとウクライナの民間人死傷者は1万6000人を超え、ほとんどが砲撃、ミサイル、空爆などによるという。

 日本の「専守防衛」に基づくこれまでの考えでは、相手から攻撃されても撃退にとどめ、相手国の領域への攻撃は想定していない。このため相手国の市民の命を奪う可能性はない。敵基地攻撃能力を持てば違う。

 自民党の考えでは、敵基地攻撃能力の対象として、敵基地だけでなく司令部などの「指揮統制機能等」も含んでいる。攻撃用無人機の開発・導入の検討も進む。対象を広げ無人機も使えば、相手国の市民を巻き添えにする恐れは高まる。

 林氏が危ぶむのは、軍事的正当性を巡るせめぎ合い。例に挙げるのが、侵攻されて以降ロシア領域内に攻撃、反撃したとの明確な情報がないウクライナの対応だ。「ロシアのプーチン大統領は、ウクライナからの自国領域への攻撃を待っている。核攻撃の正当性を得るからだ。ウクライナ側は分かっているので専守防衛に徹している」とみる。

 中国、北朝鮮は核兵器を保有する。日本による領土内への攻撃で相手国市民に犠牲が出れば報復の口実を与えると、林氏は指摘し警告する。「敵基地攻撃は強力な武器を使わせる口実を与える。そうなれば犠牲になるのは日本の市民になりかねない」(金杉貴雄)

【連載 崩れゆく専守防衛~検証・敵基地攻撃能力】
①エスカレーション 「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換…相手を脅して抑止するのは「幻想」
②9条の規範性 憲法の歯止め失う「力には力」の理論、行きつく先は「核には核」か

ウクライナは専守防衛…敵基地を攻撃すれば何が起きるのか 市民が犠牲、強力な武器を使われる口実にも

2022年11月26日 06時00分



<崩れゆく専守防衛~検証・敵基地攻撃能力①エスカレーション>



 自衛隊と米軍が今月、3万6000人を投入して実施した大規模共同演習「キーン・ソード23」。精密誘導弾などの実弾射撃を行い、長射程化で敵基地攻撃能力への転用を念頭に置く「12式地対艦ミサイル」発射準備の手順も確認した。見据えるのは、台湾侵攻も辞さずに軍拡に突き進む中国だ。

 「日米の戦力を向上させ、よりダイナミックな能力と可能性を追求し続けることが日米同盟に貢献する」。海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)から自衛隊機で1時間半ほど飛行した先の太平洋上を進む海自最大の護衛艦「いずも」の艦内。在日米軍トップのラップ司令官は、自衛隊の山崎幸二統合幕僚長と並んだ記者会見で力説した。

 ラップ氏の言う「ダイナミックな能力と可能性」が指すのは、ステルス戦闘機F35Bが離着陸できるよう事実上の空母化への改修が進むいずもの評価。だが、言外には日本の敵基地攻撃能力保有への期待もにじむ。いずもからF35Bが発進し、長射程ミサイルで敵基地をたたけるようになる近未来図が浮かぶ。

 日本は憲法9条の下、安全保障の基本方針として「専守防衛」を堅持。自衛権の行使を必要最小限度にとどめ、攻撃を退けるのが大原則だ。日米の役割分担で打撃力を米国に委ね、日本は国土防衛に徹する「矛と盾」の関係には、周辺国との緊張を高めない狙いもあった。岸田政権は今、「反撃能力」という名の敵基地攻撃能力に手をかけ、この鉄則を大転換しようとしている。

 大義にするのは、中国や北朝鮮の軍拡、軍事技術の発展による脅威だ。核に加えて迎撃が難しいとされる「極超音速ミサイル」などの開発が進み、日本の抑止力を高めなければ守り切れない、というのが論拠。7月まで防衛省で事務次官を務めた旗振り役の島田和久内閣官房参与は「米国だけでなく、日本からも反撃を受けるとなれば相手側の戦略計算を複雑にし、抑止力が向上する」と説く。

◆軍拡競争で「自分たちに刃」の懸念

 敵基地攻撃能力は本当に抑止力になるのか。安全保障に詳しい東大大学院の遠藤乾(けん)教授は「抑止は基本的に威嚇して脅すこと。相手が脅威を認識しないと成り立たない」と解説。ミサイルが移動式の車両や潜水艦から発射される現代は標的を正確に把握しづらく、司令部も強固な地下施設などで破壊は難しいため、「(戦闘機の飛行を妨げようと)滑走路に通常弾頭のミサイルを撃っても1日で修復される。1000発持っても相手の攻撃意図をくじく能力になるのか」と疑問視する。

 軍拡競争の過熱も懸念する。「日本が攻撃能力を持てば、相手はそれを上回る破壊的な攻撃力を持つエスカレーションの階段を上っていく」と明言し、「相手を脅して抑止するのは幻想だ。攻撃力が自分たちへの刃になる」と語る。

 東大の石田淳教授(国際政治学)は「専守防衛という長年の宣言政策の信頼が低下し、他国の不安をかき立てる」と警鐘を鳴らす。日本と中国や北朝鮮は近接し、ミサイルに対応する時間は限られる。「何かあったらすぐに日本もミサイルを撃たなければならず、誤認による偶発戦争も起こり得る。それが怖い」と危ぶんだ。(川田篤志)

   ◇

 岸田政権は年末に国家安全保障戦略を改定し、日本が戦後一貫して持ってこなかった「敵基地攻撃能力」の保有を決定しようとしている。ロシアのウクライナ侵攻や中国、北朝鮮の脅威を前に、日本の安全保障に対する国民の不安と懸念は存在する。だが、敵基地攻撃能力を持ち、武器や兵器を増強していけば「専守防衛」が崩れゆくことになりかねないのも確かだ。本当に国民の安全は高まるのか。かえって国民の命を危険にさらすことにならないか。安保政策の大転換となる判断の是非を問う。

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「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換…相手を脅して抑止するのは「幻想」

2022年11月23日 06時00分



 防衛力の強化に向けた政府の有識者会議は22日に公表した報告書で、反撃能力と言い換えた敵基地攻撃能力の保有は「不可欠」と提言した。保有を既成事実化したい岸田政権の姿勢が一段と鮮明になったが、予算面で新たな枠組みが盛り込まれたのも特徴だ。研究開発や港湾整備など、防衛費の本体以外でも必要と判断すれば、優先的に予算を振り向けることを明記。現時点で規模は示さず、大盤振る舞いで関連経費が膨張する可能性があり、その分は国民負担に直結する。(川田篤志)

◆4項目、5年間の特別枠

 有識者会議の報告書は、優先的に予算計上する「総合的な防衛体制の強化に資する経費」として①科学技術の研究開発②公共インフラ整備③サイバー安全保障④抑止力強化のための国際的協力—の4項目を列挙。いずれも防衛省以外の省庁が主に所管する分野だ。

 4項目には今後5年間、予算の要求段階で特別枠を設け、増額させる仕組み。岸田文雄首相は報告書を受け取り「(省庁の)縦割りを排した総合的な防衛体制の構築の検討を進めたい」と応じた。

 国の予算は各省庁が要求し、財務省が査定する。特別枠が導入された場合、「防衛」に関連づければ認められる可能性は高まる。

◆台湾有事想定の港湾補強も

 報告書は予算化の道筋も示した。

 例えば科学技術関係予算。年間4兆円を超えるが、約半分は文部科学省分で、防衛省分は4%ほど。報告書は関係省庁の連携を促しており、文科省などが防衛省の要望を踏まえたとして「防衛装備品の開発に生かす」と研究開発費を要求すれば、優先度が高いと判断されそうだ。

 インフラ整備でも、自衛隊や海上保安庁の意向を受け、緊急時の部隊展開や住民避難で利用が想定される「特定重要拠点空港・港湾(仮称)」の整備や運用の方針を策定するよう促した。台湾有事を見据え、南西諸島などの港湾の掘削や補強工事などを進めることが想定される。

 特別枠は、防衛力を5年以内に強化する政府方針を踏まえた措置だが、反映されるのは2024年度予算からの見通しで、どこまで膨らむのかは分からない。

◆財源に「幅広い」増税浮上

 政府関係者は、防衛目的の研究開発費の増額や空港・港湾の利活用促進は「これまで防衛省がやりたくてもできなかった壁だった」と指摘。有識者会議を通じて実現へと前進する。

 だが、防衛費と同様に財源問題が横たわる。他の予算から調達したり、国債に頼ったりしなければ、選択肢として増税が浮上する。

 防衛費の大幅増を巡っては、財源として所得税増税や法人税増税が挙がったが、報告書は「幅広い税目による負担が必要」と記すにとどめた。財源が見通せないまま、巨額の支出につながる議論が先行している。

 敵基地攻撃能力 相手国領域内にあるミサイル発射基地や軍事拠点などを直接攻撃する能力。政府は1956年、日本を狙ったミサイル攻撃を防御する他の手段がなければ、最小限の武力による敵基地攻撃は自衛権の範囲内で合憲との見解を示している。自民党は今年4月にまとめた政府への提言で「先制攻撃との誤解を与える」との理由から「反撃能力」と改称し、保有を求めた。政府はその言い換えを踏襲している。

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「防衛名目」で予算膨張、国民の税負担増す恐れ…でも財源や規模は示さず 敵基地攻撃提言の有識者会議

2022年11月23日 06時00分



<崩れゆく専守防衛~検証・敵基地攻撃能力②9条の規範性>

 「抑止力として力を発揮するのは、圧倒的に『懲罰的抑止』だ。報復の可能性にどれだけ現実味・真実味をもたせられるかで、効果も変わってくる。だからこそ日本は核を巡る意思決定に、深く関与すべきだ」

 今夏の参院選で演説中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相は4月、月刊誌に米国の核兵器を日本で共同運用する「核共有」の議論を促す論文を寄稿した。自ら積極的に訴えてきた敵基地攻撃能力の保有に関する自民党内の議論がまとまろうとしていた時だった。

 「懲罰的抑止」とは、相手に耐え難い被害を与える報復能力を示して攻撃を断念させる考え方。それは憲法9条に基づいて専守防衛に徹してきた日本の安全保障政策を大きく変容させることを意味する。

 敵基地攻撃能力で念頭に置くのは、弾道ミサイルや核兵器を持つ中国や北朝鮮への対処。敵基地攻撃能力が「力には力」の論理である以上、通常の兵器だけで足りず、自民党内からは「弾道ミサイルも必要だ」との声が上がる。「抑止力の向上」は、最終的に「核には核」でなければ相手に攻撃を断念させられないという議論にもなりかねない。

 政府は1950年代、敵基地攻撃に関して「防御する手段がほかに全然ない場合」に「座して自滅を待つのが憲法の趣旨ではない。誘導弾などの基地をたたくということは法理的には自衛の範囲に含まれ可能」との見解を示している。岸田政権もこの見解を基に、保有は政策判断で憲法上問題ないとの立場だ。

 だが、日弁連憲法問題対策本部副本部長の伊藤真弁護士は「当時の見解は、軍事技術が発展していなかった半世紀前の仮定に基づいた議論。軍事力を高めた中国や北朝鮮に敵基地攻撃してもそこで終わるはずがなく、相手を殲滅(せんめつ)するまで続けなければならない」と指摘。「憲法の下で許される『必要最小限の自衛の措置』とはとても言えない」として、現代の敵基地攻撃能力の保有は憲法9条違反と断じる。

 政府見解に詳しい阪田雅裕元内閣法制局長官も「発射地点をたたけば用が足りるとの前提で議論していた当時と状況が全く異なる。今は指揮命令系統などほぼ全て殲滅的に攻撃することが必要で、憲法9条の規範性が失われる」と強調する。

 憲法の理念とは相いれない「力と力」「懲罰的抑止」の先には「核兵器を持った方が世界は安定する」という倒錯した世界観すら見える。(市川千晴)

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憲法の歯止め失う「力には力」の理論、行きつく先は「核には核」か

2022年11月24日 06時00分