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日本的共創マネジメント035:「PMとシステム思考」~システムズアプローチ(No.2)~

「PMとシステム思考」~システムズアプローチ(No.2)~:

1.3. ハードアプローチとソフトアプローチ
 従来からの工学全般(OR・経営科学・システム工学等)は、「何をすべきか(what to do)」が与えられているときに、これを「どう実現すべきか(How to do)」という問いに答えるのに有効であった。すなわち、工学全般の強みは、「目的(What)」が与えられたときに、「手段(How)」について答を得ることにある。ところが、現実の社会的な活動全般は混沌として複雑なものである。達成すべき目的について明確な形で合意できているとは限らない。合意できていないとき、これらのアプローチは残念ながら無力である。例えば「企業経営を改革する」という目的が与えられたときに、この目的が意味する内容理解は、株主・経営者・従業員・取引先・顧客のそれぞれの立場によって異なる。のみならず、それぞれの立場のなかでも個々人によって異なるであろう。このようなとき、工学(Engineering)全般には、これらの異なった具体的な意味内容を探る手だてがない。
「合意・定義された目的をどう実現するか(How)」が得意である従来からの工学全般をまとめて「ハードアプローチ(Hard Approach)」と呼ぶ。一方、異なる価値観をもった関係者の間で「何を実現すべきか(What)」を探求するための手法をまとめて「ソフトアプローチ(Soft Approach)」と呼ぶ。この「ハード」、「ソフト」という用語は、コンピュータとは関係ない。関係者に共有されている状況や価値観や目的が単一でカッチリとしたものか、混沌としてとらえどころなく扱いにくいものか、といった違いを表現している。
システムズアプローチの基本は、対象をシステム環境図式や全体と部分、目的と手段などの切り口で規定し、全体像を明確にしていくものであり、「ハードシステムズアプローチ」と称される。一方、それらでは規定できない、曖昧模糊とした様相をもつ問題がある。たとえば、人間活動システムのように関係するステークホルダーが多岐に渡り、利害・損得が対立して前述したハードシステムズアプローチでは調停がむずかしい場合もある。そこで、価値観の異なる関係者間の合意形成や目的設定、関係設定、関係が明らかでない状況の中で関係性を見出す、あるいは関係をつくり出すための緩やかなアプローチが必要であることが主張され、「ソフトシステムズアプローチ」と称されている。
ハードシステムズアプローチが、課題や目標を明確にした上で、それを実現していくための方法論であるのに対し、ソフトシステムズアプローチは、あるべき姿や問題が曖昧な混沌とした状況において、異なる考え方を持つ人同士が、議論を重ねて互いの考えを共存させる妥協点を探るプロセスである。

1.3.1. ソフトシステムズアプローチ(SSM: Soft Systems Methodology)

 関係者間で実現すべき目的(What)について合意していないとき、または目的を明確に定義できない複雑な社会事象に対するときの接近法であるソフトアプローチは、各種手法が1970 年代以降に開発されてきた。数あるソフトアプローチのなかで、とくに英国人のチェックランド(Peter Checkland)により開発された「ソフトシステム方法論(SSM: Soft Systems Methodology)」が、利用者の広がりで群を抜いているので、以降はSSMについて述べる。
SSM の基本前提は、「社会的状況の意味付けは立場によって異なる」ということである。例えば、江戸時代の鼠小僧は、為政者にとっては「世を騒がす大泥棒」だが、庶民にとっては「強欲な富裕層の富を再配分する庶民の味方」であった。一般的に客観的に観察可能であると思われる物理的な対象であっても、実は見る人のバックグラウンドや価値観によってどう見えるかには違いがある。ましてや社会事象においては、人により立場により、そのもつ意味の違いが際立っている。というより、立場によってそのもつ意味が異なって見えるのが、社会事象の特性であるといったほうが正しいかもしれない。このような複数の立場と意味が輻輳する状況において、それらの間の相互了解をとることは容易ではないし、意識したアプローチによらずに自動的に相互了解が実現することは、事実上期待し得ない。すなわち、複雑な状況においては、関係者が相談するにもそのための「技術」が必要となる。
SSM は、このような多様な価値観が複雑に絡み合った状態の中から、意味の探求をするアプローチとして誕生した。SSM のキーワードは「アコモデーション(accommodation):折り合い」である。異なる立場や価値観の統一を求めず、違いは違いのまま、お互いに自分を相手に合わせて調整しあって折り合える点を探すプロセスである。お互いの立場や前提だけでなく、自分自身が無意識に持っている価値観(メンタルモデル)を、周囲の状況について学習し理解を深めることで自己修正しながら、関係者にとって受容可能な代替案を作成し、合意に近づくことを期待するのである。
あらゆるプロジェクトには、現在及び将来にわたって、その全てを事前に把握することができないという難しさがある。プロジェクトの過程と結果は、本質的に不確実である。この予め全てを確定できない状態において、プロジェクトの当事者間の「アコモデーションを得ること」は、プロジェクトの成否を決する重要な要素である。

1.3.2. SSM の7 ステージモデル
SSM のプロセスはしばしば「7つのステージ」として説明される。この7つのステージはSSM を実施するうえでかならず順番に経由しなければならないものではなく、ステージの間を自由に行ったり来たりしながら全体としての学習を進めていくことができる。「SSMは方法論である」といわれるが、これは、SSM においてはステップを踏むことが正解に到達することを保証するものでもなく、むしろ必要に応じて幾つかのステージを行ったり来たりすることが薦められていることを示している。しかし、SSM を最初に学ぶときには、「7つのステージ」として順番に説明したほうが、SSM においてなすべきことが分かりやすいので、以下チェックランドのモデル記述に従う。

ソフトシステムズメソドロジー

(1) ステージ1:問題状況の構造化
構造化されていない問題状況を、構造化された問題状況に変える。SSM では問題状況を表現したものを「リッチピクチャ(Rich Picture: RP)」と呼び、問題状況に関る人々が納得できるリッチピクチャ(概念図)を描く。
リッチピクチャに自分が問題状況をどう捉えているかを描き、その絵をミーティングで説明することにより、それぞれが思う問題状況に対する見方や考え方を明らかにしていく。
(2) ステージ2:関連システムの選択
多くの関係者のリッチピクチャを持ち寄ることにより、1つの問題状況に対する複数の見方や考え方を知ることができる。次に、関係者が問題状況をどうとらえているかを言葉で表現する。この中から、考察の対象とすべき「関連システム(Relevant System: RS)」を選択する。この関連システムは、システムが結局何を行うのかを明らかにする。ここでは異なった立場を反映する複数の関連システムを選ぶ。
(3) ステージ3:基本定義の作成
選択された関連システムをそれぞれ「基本定義(Root Definition: RD)」に展開する。基本定義は「~のため~によって~するシステム」という形式の文章にする。展開プロセスでは、システムの受益者、実行者、所有者、さらに世界観や制約条件も検討することで、基本定義を洗練化させる。重要なことは、正しいモデルを作成することではなく、立場の違う関係者間で、問題状況をどのように考えているかを議論し、基本定義の修正を繰り返す作業を通して、関係者間でアコモデーション(合意)を取ることである。
(4) ステージ4:概念モデルの作成
基本定義から「概念モデル(Conceptual Model: CM)」を作成する。この概念モデルは、基本定義に規定された関連システムを実現する活動を論理的にモデル化したものであり、現実をモデル化したものではない。「どのような活動をすれ」ば基本定義を実現できるかを考える。
(5) ステージ5:現実との比較
概念モデルとリッチピクチャと比較する「比較表」を作成する。現実の問題状況と表現したリッチピクチャと比較することで、現実にはない活動または存在するが上手く機能していない活動を発見し、変革のために必要な活動を議論する。このステージでは改革案や代替案の議論を行うことになる。
(6) ステージ6:変革案の作成
比較表とリッチピクチャに基づいて、関係者が受容可能で実行可能な改革案を検討する。望ましく実行可能な「改革案」がステージ6のアウトプットである。
(7) ステージ7:変革案の実施
ステージ6 で作成した「変革案を実行」する。その実行の結果として問題状況が変化し、スパイラルアップした新たな状況のもとで、SSM の次のサイクルが始まる。

上記の7 ステージの中で、ステージ1 からステージ5 までが「何をすべきか(What)」を明確にするソフトアプローチで、ステージ6 とステージ7 が「どう実現すべきか(How)」を追及するハードアプローチと位置づけることができる。

                  (2006年「P2M研究報告書」寄稿)

(次号に続く⇒)

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