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日本的共創マネジメント057:「PMとマーケティング」~戦略的アプローチ (No.2)~

戦略的アプローチ (No.2)

概要
 前稿にて、製造業の4つのバリューチェーンモデルが4つの戦略の次元と符合することを述べました。本稿では、更に戦略思考の学説史に於ける5つの戦略観と7つのフレームワーク思考を用いて、戦略的アプローチのための「戦略の地図(Map for Strategic Approach)」を提案します。

4.5つの戦略観
 戦略思考の学説史を振り返ると、概ね「5つの戦略観(Strategic View)」があると言われます。①戦略計画的アプローチ、②ポジショニングビューアプローチ、③ゲーム理論的アプローチ、④リソースベースドビューアプローチ、⑤創発戦略的アプローチ、の5つです。

5つの戦略観

戦略策定の視点として①戦略計画的アプローチと②ポジショニングビューアプローチがあり、戦略実行からの視点として④リソースベースドビューアプローチと⑤創発戦略的アプローチがあります。そして、相互作用の視点からの戦略観として③ゲーム理論的アプローチがあります。

①戦略計画的アプローチ(Strategic Planning Approach)
 トップに主導権があります。 事前にトップが策定し、事後的に組織の末端が実行するというトップダウン的な考え方に基づき、経営戦略を明確化します。予め決められた戦略計画策定の手順に従い、トップ及び企画部門主導で策定されます。戦略計画的アプローチの戦略観が過度に強くなると、事前にトップが決めた緻密な戦略が強調され過ぎ、現場のミドルが発揮するイニシアティブを圧殺してしまう可能性があります。
②ポジショニングビュー アプローチ(Positioning View Approach)
 外部のポジション軸に分析します。市場の機会と脅威の分析に軸足を置きます。ある「ポジションを占めると優位に立てる」という市場の法則性に基礎を置いて、個別事業の競争戦略や選択と集中の決定を導く戦略思考法です。業界構造分析法やマーケティング戦略論で重視され、成熟期や衰退期の業界で有用性を発揮します。意識が外部環境側に行き過ぎるきらいがあり、内部の経営資源が無視されがちという側面もあります。
③ゲーム理論的アプローチ(Game Theory Approach)
 相互作用を解読することに力点を置きます。相手の出方を読みながら、相互の「打ち手」の成り行きを予想します。 ダイナミックな相互作用の解読が特徴です。不確実な状況でダイナミックな相互作用の展開シナリオを描きます。相手との相互作用を解読することで、敵対関係にある企業間でも協調が可能な場合もあります。しかし長期の構想という側面が弱く、局所的な戦術になりがちです。
④リソースベーストビューアプローチ(Resource Based View Approach)
 内部の見えざる資源に注目します。見えざる資産の蓄積と展開を中核に置いた経営戦略です。経営資源が重要だという基本テーゼに基づき、いま目の前に見えている事業そのものに注目するのではなく、その背後にある知識と行動の体系という経営資源に注目します。詰まり、簡単には市場取引できない情報・ノウハウ等の経営資源(見えざる資産)に、特に注意を払います。人間には学習能力があり、人間が学習した内容は多様な展開の可能性があるとします。しかし「いつかは役立つはず」だと思われる無用の長物を抱え込む危険があるので、目に見える事業成果や市場ポジションという視点から経営資源の再評価を行う必要があります。
⑤創発戦略的アプローチ(Emergent Strategic Approach)
 ミドルの主導権で行います。ミドルマネジメントが日々目の前のビジネスチャンスを活用していくプロセスの結果として、事後的に創発するパターンとして戦略を見ます。ボトムアップ的な考え方です。詳細な戦略計画で現場を縛るのではなく、現場の自由度を高め、現場のイニシアティブに任せます。企業と環境の長期的な相互作用のパターンを戦略と呼びます。相互作用パターンには、事前に経営者に意図されたものと、意図されなかったものがあります。しかし事前に意図された通りの戦略が実現されることは少ないので、ミドルがイニシアティブを発揮して現場から創発してくる戦略が重要であるという考え方です。
 換言すれば、どんなに優れた企業であっても、需要予測や競合企業の動向を100%正しく見通して、完璧な戦略を策定することはできません。したがって、その策定された戦略が環境にうまく適合するかどうかは、現場で戦略を実行する人たちが「トップで立案された戦略プランと市場環境とのズレ」をうまく修正する、いわゆる「擦り合わせ能力」と現場と戦略立案部署との戦略のダイナミックな組織的「練り直し能力」が必要となります。

5.7つのフレームワーク思考
 フレームワークとは文字通り「枠組み」のことで、思考を助けるツールとしての枠組みのことをいいます。P2Mもフレームワークの一つです。様々な問題を考えるときの切り口を提供します。また考えを整理しながら、新しいアイデアや意義を見出すためにも有効です。

戦略策定の基本プロセス

 ここでは世界のコンサルティング業界においてGolden Ruleとなっている「戦略策定の基本プロセス」を紹介します。このフレームワークの特徴は、ミッション・ビジョンからスタートし、外部環境・内部環境を分析し、目標設定、戦略構築、プログラム作成、実行、フィードバックとコントロールまで必要なプロセスが、自然な流れに沿って網羅されています。「戦略策定の基本プロセス」は、前述の戦略の次元(立地の選定、構えの設計、戦術の次元、管理の次元)のすべてにおいて利用することが可能であり、全部で「7つのフレームワーク」群から成り立っています。 戦略策定の基本プロセス「7つのフレームワーク」

6.戦略の地図(Map for Strategic Approach)
 以上の考察からP2Mへのインプリケーションとして、4つのモデル、4つの戦略次元、5つの戦略観、7つのフレームワークをマトリックス上に配置した「戦略の地図(Map for Strategic Approach)」というものを提案します。

戦略の地図

ここで見えてくることは、それぞれの位相(Topology)から、相対的に整合のとれたフレームワークを見出すことの重要性です。

 戦略に絶対というものはありません。何故なら市場経済を前提とする限り、どの企業も将来の需要予測、および競合する相手企業の動きを100%読めないからです。その結果、いかにすばらしい戦略を立てても、競合する企業もまた別の戦略を立てて対抗してくるし、市場環境も、競争環境もさらには政治的環境も変わってきます。従って、特定の戦略に固執することは危険です。それぞれの戦略的トポロジーを適宜バランスさせながら、複眼的に戦略を思考していくのが重要になります。問題は他者の語る戦略にも自分の語る戦略にも共にバイアスが存在していることを認識し、お互いのバイアスを相対化できる「戦略の地図」を当事者たちが持っているか否かです。これがあれば、それぞれの戦略思考の文脈(Context)を理解し、分析・議論の糸口を見出すことができます。こうして多様な意見を徹底的に話し合えば、かえってバランスのとれた戦略を構築できる可能性があります。
 現在のP2Mは概念的なフレームワークは示していますが、それを具体的に実践するためのダイナミックなガイドが不十分です。ここに示した「戦略の地図」を拠りどころにして、戦略の次元とモデルをベースにそれぞれの戦略観を反映した、実践のためのフレームワークを開発する必要があると考えます。

5.結論
  プロファイリングマネジメントとシステムズアプローチの考察から、製造業のバリューチェーンにおける「4つのモデル」を抽出しました。それが「戦略の次元」と符合することを述べました。更に「5つの戦略観」の中に「7つのフレームワーク」をマッピングすることで「戦略の地図」を導きました。これにより戦略思考のトップ・フレームワークを示せたと思います。詰まりは、フレームワークのフレームワークによる全体像の提示です。
 環境のダイナミックな変化に適合する最適戦略を策定するためには、リアクティブ(事後対応)型の戦略から、プロアクティブ(将来予見)型の戦略への転換が必要です。静的な分析手法だけでなく、それを可能にする組織的メカニズム、換言すれば、常に創意工夫し、学習し、自らソリューションを創造していく創発型組織設計が不可避です。そのためには、トップ・ミドルのみならず構成員全員がエンパワーメントされている知識共創型の組織デザインが前提となります。組織の構成員が自発的な意欲と責任感を持って、変革に資するような行動をとるためには、問題に対して既存の目的や前提そのものを疑い、それらを含めて軌道修正を行うという、ダブルループ・ラーニングを持った新たなPM体系が必要です。そのためには「戦略の地図」は不可欠であると考えます。

                              以上

         (2012年12月「PMAJオンラインジャーナル」へ寄稿)

(この項終わり)

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