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日本的共創マネジメント085:「サムライPM」〜宮本武蔵 『五輪書』 (その15)~

⑤ -3. 火之巻 : (その 4)

2.武道としての武士道 (020)
⑤ 宮本武蔵 『五輪書』 (1645) (その 15)
⑤ -3. 火之巻 : (その 4)
 今号では、下記の項目について述べる。
13 : 感染させる  《うつらかすと云事》
14 : むかづかせる  《むかづかすると云事》
15 : おびやかす  《おびやかすと云事》
16 : まぶれる  《まぶるゝと云事》
17 : 角にさわる  《かどにさはると云事》
18 : うろめかす  《うろめかすと云事》

13 : 感染させる  《うつらかすと云事》
 感染させる《うつらかす》というのは、どんなことにもある。眠気などもうつり、欠伸などもうつる。多人数の戦い《大分の兵法》でも、敵が浮ついて《うはきにして》事を急ぐ心が見える時は、こちらは少しもそれにかまわず、いかにもゆったりと見せれば、敵もそれにつりこまれて、闘志がたるむものである《きざしたるむもの也》。それが伝染したと思ったとき、こちらから不意に《空の心で》、素早く強く攻撃して勝利を得ることができる。個人の戦い《一分の兵法》でも、こちらは身も心もゆったりとし、それが感染して敵のたるみの瞬間をとらえて、強く早く先手をうって勝つことが重要《専》である。また、よわする《よハする》といって、これに似たことがある。いや気がさすこと《たいくつの心》、落着きがなくなること《浮かつく心》、弱気になること《弱くなる心》などである。よくよく工夫あるべし。
【解説】
 「伝染・感染させる《うつらかす》」を利用するという作戦である。伝染するといっても病気ではなく、気の弛みが伝染する。眠気が他の人にうつり、欠伸がうつる。こうした気分の弛緩が伝染する。逆に緊張が伝染することもある。気分というものは無意識のうちに相互に影響し合っている。こうした心の現象も戦いに利用できる。こちらが弛みを見せれば、相手の気も弛む。気の弛みが感染するのである。そこで敵の弛んだところを一撃する。《空の心にして》というのは、「無心」「虚心」というより、何の兆しもみせず、不意にということである。

14 : むかづかせる  《むかづかすると云事》
 動揺させる《むかづかせる》ということは、どんなことにもある。危険な場合《きはどき心》、無理な場合《むりなる心》、予測しないことがおきた場合《思はざる心》などである。多人数の戦い《大分の兵法》でも、敵の心を動揺させることが肝心である。敵の予期しないところを、息が詰まるほど攻撃を仕懸けて、敵の心の定まらぬ内に、こちらの有利《利》なように先手を仕懸けて勝つことが大切である。個人戦《一分の兵法》でも、はじめはゆったりとしたようすで、突然強く攻撃に出て、敵の心の動揺に応じて、息を抜かずこちらの有利なままに勝を得ることが肝心である。よくよく吟味あるべし。
【解説】
 「動揺させる《むかづかせる》」を利用するという作戦である。敵の心を動揺させるのである。《むかづく》は、心が激しく動揺し、「げっ」という気分になることである。その事例として、《きはどき心》、《むりなる心》、《思はざる心》の三つを挙げる。敵の予期せぬところを不意に仕掛けて、「げっ」というほど敵を驚かせ、先手をとるのである。要するに、不意打ちの効果から先を取る利を引き出すということである。

15 : おびやかす  《おびやかすと云事》
 怯える《おびゆる》ということは、どんなことにでもある。思いもよらぬことに怯えることである。多人数の戦い《大分の兵法》でも、敵を脅かすことが肝要である。たとえば物の音で脅かす、あるいは小を急に大にして脅かす、また横から不意に出て脅かす《ふつとおびやかす》などである。その怯えた拍子をとらえて、その有利《利》で勝たねばならぬ。個人戦《一分の兵法》でも、身体によって脅かし、太刀によって脅かし、声によって脅かし、敵の予期しないことを不意に仕懸けて《ふつとしかけて》、敵が怯えたところにつけいり、そのまま勝ちを得ることが肝要である。よくよく吟味あるべし。
【解説】
 「怯える《おびゆる》」を利用するという作戦である。この脅かしも、前条の「動揺させる《むかづかせる》」と同じく、敵の予期しないことを不意に仕掛けて、怯えを生じさせるのである。

16 : まぶれる  《まぶるゝと云事》
 まざり合う《まぶるゝ》というのは、敵とこちらが接近して、互いに強く張り合って、思うようにならないときは、すぐさま敵と一つにまざり合って《まぶれあひて》、まざり合うなかで有利に勝つことが大切である。多人数の戦いでも少人数の戦いでも《大分小分の兵法》、敵と味方が分かれて向き合っていては、互いに張り合って、なかなか勝敗が決まらない。そのときは、すぐさま敵とからみ合い、敵と味方が区別できないようにして、そのなかで有利な方法《徳》をつかみ、その最中で勝うる道を見いだし、しっかりと勝つことが大切《専(せん)》である。よくよく吟味あるべし。
【解説】
 「まざり合う《まぶれる》」を利用するという作戦である。混戦状態にもち込んで勝つという方法である。この《まぶるゝ》という語は、「泥にまみれる」「塩をまぶす」と同じである。《敵とひとつににまぶれあひ》というのは、自他の区別がつかなくなるほど、混じり込んだ混戦状態である。敵我互いに強く拮抗して、膠着状態のまま決着がつかないと見れば、すぐさま混戦状態にもち込め、という教えである。

17 : 角にさわる  《かどにさはると云事》
 角にさわる《かどにさはる》というのは、どんなものでも強いものを押す場合、そのまままっすぐに押込むのは容易ではない。多人数の戦い《大分の兵法》でも、敵の人数をよく見て、つよく突出した所の角を攻めて、優位に立つことができる。突出した角がへこむにしたがって、全体も勢いがなくなる。その勢いのなくなるなかで、出ている所出ている所を攻めて、勝利を得ることが大切である。個人戦《一分の兵法》でも、敵の体の角を痛めつけて、その体勢が少しでも弱まり崩れる格好になったら、勝つことは容易である。このことをよくよく吟味して、勝ちどころをわきまえることが大切である。
【解説】
 「角にさわる《かどにさはる》」を利用するという作戦である。強力な敵を相手にする場合の攻略法である。どんな場合でも強いものを押すとなれば、真っ直ぐに押し込む正攻法では難しい。そこで「角にさわる《かどにさはる》」である。「角」(かど)は「すみ」の意味である。強力な敵に対しては、正面や中央を攻めるのではなく、角(隈)から手をつけろ、という教えである。弱き者が強い敵を倒す方法を教えたのである。前条「まざり合う《まぶれる》」と同様に、ゲリラ的戦法である。

18 : うろめかす  《うろめかすと云事》
 うろたえさせる《うろめかす》というのは、敵に確固たる心を持たせないようにするということである。多人数の戦い《大分の兵法》でも、戦いの場において、敵の意図を見抜き、こちらの兵法の智力をもって、敵の心を翻弄し、あれやこれやと《とのかうの》迷わせ、おそいか早いかと迷わせて、敵がうろたえた心になる拍子をとらえて、確実に勝つ方法を見分けることである。個人戦《一分の兵法》でも、その時々に応じて、いろいろな業(わざ)をしかけて、敵のうろたえた様子につけこみ、思いのままに勝つこと、これが戦いの要諦である。よくよく吟味あるべし。
【解説】
 「うろたえさせる《うろめかす》」を利用するという作戦である。これは前にあった《むかづかせる》《おびやかす》と同じ心の作戦である。敵の心を迷わせ、うろたえさせる。《うろめく》には、浮き足立ち、おろおろする、あわてて前後の見境もなく分別のないことをする、という意味もある。敵を「うろたえさせる《うろめかす》」のは、敵に確固たる心をもたせないためである。あれこれ仕掛けて敵の心を撹乱する。そして敵がうろたえたところを捉えて、そこにつけ込んで勝つ、ということである。

【余話】 『孫子』(孫武著:BC5C~BC2C) (出典:Wikipedia)
 日本の『武士道』にも影響を与えた『孫子(そんし)』は、中国春秋時代の思想家「孫武」による兵法書である。それ以前は戦いの勝敗は天運に左右されると考えられていた。孫武は戦争の記録を分析・研究し、勝敗は運ではなく人為によることを明らかにし、勝利を得るための指針を理論化して後世に残そうとした。孫武の書に後継者たちによって徐々に内容が付加されていき、後に曹操の手によって整理され、今日の形になったといわれる。
その構成は、以下の13篇からなる。
・ 計篇 :序論。戦争を決断する以前に考慮すべき事柄について述べる。
・ 作戦篇:戦争準備計画について述べる。
・ 謀攻篇:戦闘に拠らずして、勝利を収める方法について述べる。
・ 形篇:攻撃と守備それぞれの態勢について述べる。
・ 勢篇:態勢から生じる軍勢の勢いについて述べる。
・ 虚実篇:戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。
・ 軍争篇:敵軍の機先を如何に制するかについて述べる。
・ 九変篇:戦局の変化に臨機応変に対応するための手立てについて述べる。
・ 行軍篇:軍を進める上での注意事項について述べる。
・ 地形篇: 地形によって戦術を変更することを説く。
・ 九地篇:9種類の地勢について説明しそれに応じた戦術を説く。
・ 火攻篇:火攻め戦術について述べる。
・ 用間篇:スパイ、敵情偵察の重要性を説く。


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