いつでも一生懸命がいいわけじゃない⁈
先日こちらの記事を拝読し非常に考えさせられました。
※この記事の画像には”ロミオの青い空”の自作ファンアートを使用しています。
いつでも一生懸命やることが大事だと思ってきた。
私は小さい頃からなんでも目の前のことに一生懸命に取り組むことが何より大事だと思ってきたように思います。
運動は誰よりも苦手だったけれど、小さい頃はドラゴンボールの孫悟空に憧れを抱いていて、孫悟空みたいになりたくて小学生の頃から毎日腹筋してたり。
運動苦手なのを克服しようと頑張って中学はテニス部、高校はヨット部に入り、ほぼ毎日練習に明け暮れていました。
勉強のほうは”テストでいい点数を取る”ことは割と得意で、昔から毎回テスト勉強はクソ真面目にやってきたほうだったし、そのおかげで成績もわりとよかった方だと思います。
思春期あたりから将来の為には勉強も運動も頑張って、今のうちに将来活躍できるだけの力をつけるということが何より大事だと思ってきました。
特に中学終わりごろから家族の家計を主に担っている父親が病に倒れたということもあり、その辺りからますますその思いは強くなっていったように思います。
一生懸命の裏で犠牲にしてきたこと
小学校高学年に差し掛かるころ、仲良くなった友達たちとはこんなやり取りがありました。
「校内マラソンは適当に手を抜いて、一緒に仲良く走ろうよ」
私はこの友達の言うことはどうしても理解できず、いざマラソンを走る時になったら友達と一緒に走るなんてことはしないで、自分のできる限りの力で走りました。なんでも自分の持てる力で全力で一生懸命やることがいいことだと信じて疑わなかったからです。
そしたらマラソン終わった後にその友達には怒られました。
「一緒に並んで仲良く走ろうって言ってたのにそうしなかったのか」って。
私はやっぱりわかりませんでした。
適当に手を抜いても友達と並んで仲良く一緒に走る方がよかったのか?
今でも印象に残っているくらいの忘れられない出来事です。
他にも中学の頃、近所の方からこのように言われたことがありました。
「自分が興味なくても、みんなが見てるようなテレビ番組を見たりして、みんなの話題についていく努力は必要だよ」と。
私はこれも全く理解ができませんでした。
みんなに合わせる為に自分のやりたくもないことを無理してやらなければならないのか、と。
私は昔からよく”協調性がない”と言われていて、少しはみんなに合わせるようにしなさい、と注意されることが多かったです。
以上2つのエピソードは”一生懸命やること”とはあまり関係ないようにも思えますが、今当時の若かりし頃を振り返ってみると、なんでも成果を出すことだけがいいわけでもない、とも思えます。
何かで成果を上げようなんて思ったら、よほどの天才でもない限りは人一倍の努力が必要で、それの為に他のことを”犠牲にしてでも”優先して時間を使う必要があると思っています。
しかし、その裏では本当は文武両道を成し遂げるよりももっと大事だったかもしれない、その時にしか経験できない”友達との無為に過ごす時間”であったり、ちょっと冒険して若気の至りの”悪いこと”をしてみたりとか、
そういう時間を犠牲にしてきてしまったかもしれない、と思いました。
高校生の頃、父が病死してしまったこともあり、ますます目の前のことに一生懸命に取り組まないとという思いが強くなり、勉強も運動もものすごく頑張っていた感じでしたが、その裏では他のみんなと帰りにサイゼリヤ寄ってだべったり、花火大会を見に行ったりというその時にしかできなかったであろう時間を犠牲にしていたな、と思いました。
その時は一生懸命に生きてて目の前のことに精いっぱいだったけど、
本当はもう少し無駄に過ごすような時間があってもよかったかなと、今では思います。
これからどう生きていくのがいいんだろう?
今までのことを振り返ってきて、今現在思うところ。
私は基本的になんでも最大限成果を出すために、出来る限りの努力はしたほうがいい、と思っていて、一生懸命に生きてきたことが今助けになっていることは事実と思っています。
たぶん、これからも基本的にはその考え方は根底にあって変わらないだろうなって思う。
だけれど、時々はネジを少しだけ緩めて、今という時間を味わうというか、成果主義に囚われすぎないことが必要かなと思っています。
私の今の歳でこんなこと言うのも早すぎる気がするけど、
たぶん人生って何かを成し遂げるってことよりも、
今の時間をどう過ごすかってことの積み重ねな気がしてきていて。
何か熱中できることがあってそれに全力投球、一生懸命になることは素晴らしいことだけれど、
それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に今周りにいる素敵な人達とどう過ごすかっていうことが大事なんだよね。
私はつい熱中すると周りが見えなくなって、まわりの人のことも忘れてしまう、いうならば孤独を愛する性質なんだけど、
もう少しだけ周りのことを考える時間を増やしたほうがいいのかもしれない。それこそ、今熱中出来てることで、まわりと共感だったり一緒に楽しめる時間を増やせたら最高かもしれないなって思う。
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