並行軸に引きちぎられる人間『キャプテンアメリカ ウィンターソルジャー』について

今作でクリス・エヴァンス演じるキャプテンアメリカは常に平行移動を意識したショットをとられながら、同時に、平行した2つの対立概念によって引き裂かれる存在である。

冒頭では、アンソニー・マッキ演じるファルコンを、颯爽と平行軸で追い抜き、海賊との戦闘シーンも平行軸を意識したかたちでとられる。この、並行軸のイメージは単なる表象としてあるのではなく、映画そのものの内容の中に食い込んでいるのではあるまいか。

キャプテンアメリカことスティーブロジャースは、己が信じていた自由の守護者たらしめる「SHIELD」が、裏では、ヒドラの残党と組み、自由を弾圧しようとする政策を推し進めようとしている事を知る。この設定の本質的な部分は、統治にとってのリアリズムと、人間集団にとっての理想が矛盾しあい、その中でいま・ここに生きている人間が引き裂かれることに他なるまい。

1945年の時点では統一されていたものが、現代の中では、矛盾しあい、対立しなければならない存在となってしまう、つまり、この〈時の流れ〉という、存在もまたロジャースを横に引きちぎろうとしている。

そこで、重要なのが、〈キャプテンアメリカ〉という存在は、〈スーパーマン〉ではない〈人間〉であり、1人の兵士であるという事だ。

ロジャースは一人の、アメリカの大義を信じる兵士であるから悩んだのだ。人間である以上でも以下でもない。アイアンマンの様な、高度な武器は財産を持っているわけではない。スパイダーマンの様な、特殊能力を持っている訳でもない。

肉体改造した以外は普通の兵士であり、斬ったら血が出る〈生身〉なのである。平々凡々の生身の兵士だから、悩んだのだ。根本的に普通の人間とは違う存在であれば、ロジャースはアメリカという祖国に対して悩みはしなかったはずである。そこがある種、キャプテンアメリカの魅力なのではあるまいか。

我々も才能がない、あるいはあるかどうかもよくわからない存在であり、常に、なにかしら簡単に答えが出てこない問題に悩むのだ。悩んで、悩んで、そこから決断することによって一歩を踏み出す。おそらくキャプテンアメリカの魅力は他のヒーローとは違った、平々凡々の人間であるからこそ悩む、〈現実〉と〈理想〉という答えられぬ二項対立の中で、分裂されながらも、常に決断し前に歩を進めようとする〈生き様〉なのではないだろうか。おれはそんな風に思う

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