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私、有咲の事が好きみたい

武道館ミライトレイン 山吹 沙綾  コスプレ衣装でのライブが終わって1週間くらい経った、ある日の夕方の事だった。いつものように蔵練を終えて、他の3人がお手洗いに行っていて、図らずも2人きりになって。練習で使った楽器の手入れを思い思いにしているその時。無言の空間に、その言葉はしっかりと、そして多少の恥じらいを持って私の耳朶に響いた。言葉の意味が理解出来なかった訳じゃない。そのセリフが、今、この時、この瞬間にはそぐわないタイミングであり、何せ私の心の準備が何もかもできていなかった結果の、「……は?」なのだ。「私、有咲の事が好きみたい」だというのに、私の目の前でさっきまでスネアの手入れをしていたコイツは、その言葉を一言一句違わずに、更には多少なりとも含まれていた恥じらいさえもかなぐり捨てたかのように宣った。「いや、ちょ……待っ……え……、……はぁ?」かく言う私は、その言葉を噛み砕けば噛み砕く程に、自分の顔が熱くなるのを感じて。驚きの中に、恥ずかしさと少しの喜びと嬉しさが同居するのを感じて。「まっ、待て……。待ってくれ。……本気か? 沙綾」「うん、本気だよ。私は、有咲が好き」ドラマーはバンド内における精神的支柱みたいな役割を持つ、とこの前音楽雑誌で読んだ。なるほど確かに、全体のリズムを司り、それぞれの楽器の持つ効果を底上げするドラムは、そこにいてくれるだけでバンドに安定感をもたらしてくれる。翻って、今私の目の前にいる彼女はどうか。ミライトレイン 牛込 りみ コスプレ衣装……思えば、ポピパは沙綾に支えられている、かもしれない。バンド面でも、精神的な面でも。もちろん、押しも押されぬポピパのリーダーは香澄だ。アイツがいなければ今の私はいないと言っても過言じゃない。おたえはそのギターテクでみんなを引っ張ってくれる。りみはウチのバンドの作曲家だ。彼女がいなければ誰が曲を作るというのだ。みんながみんな、それぞれの役割を持っている。
……あれ、私は?「……どうして、私なんだ」

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