「普通」と「絶対」はこの世の中にない説〜普通編〜

今回は「普通」と「絶対」は存在しないのではないかという説を唱えます。前から、この説は唱えていました。その理由などを書いていきます。


最初に考えてほしいのが、「普通ってなんですか?」ということです。多数派の事を言う時もあるし、出来なければいけない事も言えると思うし、他の人や物と変わっていない事を普通と言えると思います。ここでは、人を中心にして考えていきます。
普通とは何かと言われると、答えを出すのが難しい問題だと思います。どういった答えを出せばいいのか悩んだ方もいるかと思います。俺が出した答えは、個人個人の自分の事だと思います。詳しく言うと、小さい頃から、人は自分を普通だと思って生きているのではないかという事です。俺にとっての普通は他の人からすると普通ではないかもしれないし、1人1人普通という概念は違っていると思います。
実際にあった話なのですが、友達と電車に乗っている時に、いつも通り吊革を持っていたところ、「吊革届かないんだよねー」と友達が言ってきました。ここでは
俺の普通=吊革を使う
友達の普通=吊革を使えない
という事になります。
日本では、右利きが9割で左利きが1割と言われています。この場合、右利きが普通と呼ばれ、左利きはレアみたいな扱いになりやすいですよね。
こういったことを考えていると、普通というものはないのでは?という考えに至りました。

1人1人が自分にとっての普通であり、その普通は他の人には通じない。

という事が今回の結論になります。普通という価値観が似てる人はいると思います。しかし、全て一緒という人はいないと思います。
いじめの原因って自分達と違う人だからという理由で狙われやすいと言われています。でも、そのいじめてる側の集団の中でも1人1人考えは違うから結局いじめる意味はないし、いじめられて自分を追い込む必要はないと思います。なんだかんだでみんな違うから。その違いという事が分からないアホ達が普通とは違うからという理由を押しつけていじめをする。本当に惨めだし、哀れだなって思います。何か嫌な事があった時は俺が相談乗ります。連絡ください。なんでも話聞きます。

今回は、〜普通編〜という事で、書きました。明日は〜絶対編〜を更新します。何かあればコメントしてください!

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