伝統音楽における装飾音の3つの機能

 伝統音楽を聴くと惹きつけられるのは、その華やかで多彩な装飾音でしょう。装飾音について語る前に、その言葉の意味について知っておく必要があります。装飾の意味は、文字通り「飾る」ことです。ヨーロッパの古い建築を想像してみてください。たとえば古い石造りの建物があります。その柱や壁には、美しい彫刻や塗装が施されていることでしょう。柱や壁の役割は、建物を構造的に支えることです。その機能に、彫刻や塗装という異なる要素を加えて、美的な感覚を表現しているのです。装飾とは「あとから足されるもの」なのです。この考え方は、音楽にもあてはまります。装飾音がつけられたシンプルな旋律を想像してみてください。もともとは旋律だけで音楽が成立するのに、別の要素が足されています。装飾があることによって、聴く人に異なる感覚を与えるのです。ここで重要なことは、装飾とは見る人や聞く人がそれと認知できるものでなければ、意味がないということです。

 伝統音楽の装飾について考えてみましょう。伝統音楽では、のちに紹介する「カット」や「ロール」などの装飾音が使われます。これらは、何のために使われているのでしょうか。旋律を美しく飾るためでしょうか。先ほどアーティキュレーションについて読んだ読者の方ならお気づきでしょう。これらは飾るためではなく、タンギングの代わりに音を区切るために使われているのです。伝統音楽家でさえ、これらの指のアーティキュレーションを「装飾音」と呼びますが、それは言葉の定義としては正しくはないということがおわかりいただけるでしょう。アーティキュレーションとして用いられる「装飾音」は、先程のクラシック音楽の例とは反対に、それ自体は目立たないほうが良いのです。

 伝統音楽には、音を区切る目的ではない、純粋な意味での装飾音も用いられます。それは音を飾って旋律を魅力的にしたり聴き手の注意を引いたり、あるいはダンス曲のアクセントをより強調する目的で使われます。
 先ほどの「指のアーティキュレーション」と「純粋な意味での装飾音」とは、完全に区別することができません。例えば音を区切る「カット」は、その動作をすこしだけ遅くすれば装飾音の「シングル・トリル」になるのです。そして、音を区切りつつ旋律を飾るというふうに複数の目的を兼ねて使われることもあります。

 伝統音楽の装飾音はその機能から、3つに分類をすることができます。これらの機能は完全に独立しておらず、実際の運用においては複数の機能を兼ねています。
(1) 音を区切る機能
(2) アクセントを強調する機能
(3) 旋律を飾り、情感を表現する機能

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