心の壁を超えろ!── VTuberたみーの苦悩と決心

 2021年12月18日(土)、VTuberFes2022出場者オーディションの最終選考が公開で実施された。
 選考自体はニコ生のアーカイブが全体公開で残っているし、インターネットの海を探せば観戦記はそこかしこに出てくるであろう。
 Twitterのハッシュタグ#出ようぜVTuberFesでも、その様子を窺い知ることができる。

 その舞台に立った一人のVTuber。その名はたみー。 ……民安ともえと呼んだほうがわかる人は多いであろうか。
 彼女は何を求め、願い、オーディションに挑んだのか───

望み

 たみーは苦悩した。

 一週間を費やした。参加を決意するまで。

 何故参加したのか、何故苦悩したのか、10月6日付けの配信で語られている。

 破りたかった。自分の心の殻を。
 捨て去りたかった。リアルにまたがる存在であるが故の引け目を。
 立ちたかった。億兆の観衆の前に、VTuberたみーとして。

 オーディションを勝ち抜き夢を掴んだ盟友の背を追うように。
 トラウマを踏み越えて。
 重く苦い過去を振り払うべく、たみーは最初の歩を踏み出した。

望まなかったこと

 最終選考の前日、「最終選考の説明会」と称した配信が行われた。

 サムネイルにあるとおり、たみーが望まなかったことがあった。それは、

 他の人のパフォーマンスを聴いてほしい。最終審査だけどライブだよ。(中略)この日のために一生懸命作ってきたものを見せてる最中に、「たみー」って個別のギフトでは埋めないでほしい。

 ニコニコで私たちが宣誓した一番最初の言葉は、「私たちは、今回のオーディションに、(中略)ズルとかを全くしないで正々堂々と、そして、大会運営、他の出演者の皆さん、全員に敬意を払って、まっすぐオーディションに参加し、戦い、走り抜くことを誓います」とみんなで宣誓をしました。
 なので、明日たみーが出ていても出ていなくても、最初の宣誓を必ず守ってください。

 なんということか────
 明日命運が決する、その時になってなお、たみーは、自らのファンが善きリスナーであることを望んだのだ。
 
 思えば、1次選考からずっとたみーが言い続けていたことがあった。「このオーディションを楽しむ」と。

 一つのイベントとして、最初から最後まで「楽しむ」ことを重んじた。勝ち負けに拘泥することを望まなかった。
 それは、苦い過去との訣別でもあり、エンターテイナーとしての矜持でもあった。

運命の刻

 12月18日。誰にとっても忘れられなくなった一日。
 
 チャレンジャー部門の選考は、開始早々に始まった。二次選考を通過した4名は、通過順位の逆順にパフォーマンスを披露していく。二次で1位だったたみーは大トリとなった。

 たみーの選曲は「ようこそジャパリパークへ」
 おお、なるほど、と得心した。自らの強みを生かせる土俵で勝負するという意思を読み取れた。

 常日頃から「自分が歌が上手くはない」と言っていたたみー。(無論我ら凡百よりは遥かに歌唱力はあるとはいえ)歌を生業とするような人々ほどの高みには至れていない、という意味であろうが、今回オーディションで争う相手はリアルの歌手にも伍するような一流のVSingerばかりである。実際、前の3人はいずれも歌唱力を全面に出し、観客は静かに聴き入るような曲を選んでいる。

 だから、たみーは歌唱力で正面衝突するのではなく、あえて観客とともに盛り上がる曲を選んだ。実際「ようこそジャパリパークへ」はコール&レスポンスが非常に重要な曲である。

 歌唱力では及ばないかもしれない、しかしエンターテイナーとして何年生きてきたと思ってるんじゃい。会場を沸き立たせるのはこの私だ、そんな心意気がビシバシと伝わってきた。

 アピールタイムから、選考終了しユニット部門に切り替わるまで、たみーの発した熱に浮かされていたように思う。各参加者が何を語っていたか記憶が薄い。唯一たみーがください!ください!ください!ください!と連呼していたことぐらいしか覚えていない。

 放送終了予定を大幅に超えた0時20分頃、審判は下った。

 1ヶ月半紡がれた願いの糸が、断ち切られた。

そして、残ったものは

 2万点。割合にして1%。僅かにして残酷な差。
 たみーに天命が下ることはなかった。

 あと2万点なら、自分がギフトを投げていれば── ファンからも嘆きが聞こえた。

 理屈の上で言えば、結果論だろう。中間発表でも接戦で、最後までどちらに転んでも不思議ではなかった。
 一次と二次の計20日間、毎日配信・投稿をし、ポイントレースを勝ち切った。正道で戦い抜いた。これ以上にできることなどないであろう。だが、

 気持ちは、痛いほどわかるのだ。

 VTuberとしての矜持を賭して臨んだオーディション。ファンと一丸となって、見事二次選考トップ通過を掴んだ。ならば、もう少しどこかで何かが違っていれば。もう一押し、何かアクションを起こしていれば。望んだ世界線が、すぐ隣にあったのかもしれない。そう思ってしまう人間のサガを、咎める者はない。

 VTuberに限らず、芸能の世界は残酷なまでの実力主義だ。実力の前には、祈りも願いも無力である。
 
 しかし、そうと知っていても。

 箱の底の希望にたみーの手が触れることを祈って、筆を置くこととする。

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