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6-08「監視員日誌」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は蒜山目賀田「鈴木におまかせ(仮)(1)」でした。

5、6巡目は「前の走者の文章の中から一文を抜き出して冒頭の一文にする」というルールで書いています。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】

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 先年の秋口に一度、このあたりにやってきた覚えがある。このあたりで目にした光景が呼び起こす彼個人の不安は、今この瞬間に先触れであったようにようやく思えたが、すでに先触れであったと言わなければならないだろう。すべてがそうであるように。

 老爺が川辺で洗濯をしていた。彼は川に流れ込む泡を見て心が痛んだ。不可逆なことは不幸ではない、しかし彼のいる世界はまだ若く、目撃者になることを皆平気ではないのだ。監視員が必要だと判断されたのも、それが理由に絡んでいるのではないかと私は考えたが、詳しい経緯は知らされていない。

 彼の世界に派遣されたのはこれが二回目だった。監視員は初任時に派遣された世界を担当する決まりがあるが、監視員がひとりについたまま生涯を終えることもあると聞く。私は四年前にひとり目の監視の終了を言い渡され、彼についた。最初の仕事は、彼にこの世界での役割を案内することだった。市役所の一室に家々から収集された磁器の破片が保管されており、彼の役割はそのひとつひとつの破片の元の形をシミュレーションすることだった。

 案内されたとき、彼は戸惑った。それもそのはずで、白い磁器の破片はどれも二センチ四方ほどの小ささで、規律された形のものはひとつもない。元の形はどうだったか、どこにも根拠を見出せないのだ。それでも彼は根気強く、決められた時間に部屋にやってきて、一日中磁器を石鹸できれいに洗っては撫でた。その手付きはどこか愛おしむように丁寧で、職務を重ねるにつれ、彼がその磁器たちの持ち主のように見えた。

 ある日、市役所の磁器部屋に新しく女の人が配属された。彼はそれまでひとりで勤めていたから、女が来たことが新鮮だったが、具合が悪くなることもなく、最初の冬になった頃には、時々実家の果物屋からサトウキビやブッシュカンを持ってきては、女に食べさせた。女は彼に懐いて、ふたりは勤務の後連れ立って出かけるようになった。女は小柄で、肌は透き通るほど白く、笑い声はカラリとして冬空に静かに融けた。

 女を川で見つけた時、彼が何を思ったか、私にはわからない。彼は固まるようにしばらく立って、しゃがみ込んで女の顔と両手をじっくり触って、そして女を抱き上げて川に入り、川に戻した。黒い水面に濡れた息、凍えた赤い関節と遠くへ消える白い皮膚、私は川辺で見ていた。

 あれから数年が経って、彼はまだ若い。磁器の復元の作業はゆっくり進んでいる。老いるまでに、元の形を見てみたい。

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次週は9/26(日)更新予定。担当者はC Tanaka。お楽しみに!

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