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5-08「思春期」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は蒜山目賀田「トゥー・ビー・サンプル」でした。

5巡目は「前回の本文中の一文を冒頭の一文にする」というルールで描いています。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】


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 そこは骨董品屋だった。裏路地に潜り、両側の商店と三々五々の買い物客を通り過ぎた突き当りに、小さな店があって、ガラスウィンドウにヨーロッパのポストカードや風景の写真が貼ってあり、ガラスの向こうに古い雑貨や家具が並んでいる。目を上げると真ん中の木の看板に:Blue Houseと書いてある。店長の名前は明敏(ミンミン)という。

 その名前は、店内に居合わせた常連さんが呼んでいたのを聴き覚え、足繫く通うようになってから、どういう字を書くのか尋ねて知ったが、日記で彼の事を書く時は、「週末の青い友だち」、周末的蓝色朋友、と書いていた。

 わたしがお店に行くのは大抵週末の昼間で、接客中でなければ、明敏はいつも声をかけてくれて、生活の出来事やらここで買った小物のことやらを話した。普通の中学生が持てる世界の広さの境界にある空間だった。

 出会って一年が経った頃、ある日そのお店に友人への誕生日プレゼントを探しに行くと、お会計を済ませてラッピングをしてもらっている間に、明敏はいつもの軽快な口調で話し始めた。「ぼくがここで働いてどれくらいになるか知ってる?」わたしは知らないと答えると、「もう4年になるよ。高校生の時よく見かけたお客さんも、今は大学生になってね」と彼は言う。そして一拍置いて、「来年の春にはここを離れるんだ」と、二三が月先の別れの挨拶を交わした。

 契約が満期になるタイミング、ということだった。それを機に地元に帰って結婚する。

 明敏がいなくなってから、その青い部屋はわたしの生活圏のマップ上でグレーに塗り替わったものの、その何年か先、都市開発が推し進められるまではそこにあった。

 同じ生活圏内に、都市開発を乗り越えて今では全国に店舗展開をしている「金棕櫚」というヘアサロンがあった。「サロン」は「沙龍」と書いて、元の意味と乖離して現代的な美容室を指す名詞になっていた。客層は「理髪店」の利用客そのままで、見慣れない字面を読み上げる気恥ずかしさもあってか、それを「サロン」と言う人はいなかった。だんだんと理髪店とも言わなくなって、話の中にそれが出てくる場面は「髪を切りに行く」と言ってそれほど困らないから、「美容室」のようなちょうどいい言葉はついに作られなかった。

 ガラス戸を開けると、スタイリストの名前が書いてある名札が受付の後ろの壁にかかってある。”Jackson”、”凌晨”、”阿杰”。ニックネール、愛称で名前を呼ぶ呼び方は従来のものもあれば、ネットカルチャーと文芸から浸透したものもあった。わたしが通されたスタイリストは連浩(レンコウ)という。連浩は大人の健康そうな体型で、陽気で優しそうな表情に、話し上手、その上仕事にはごく真剣だということは会話で容易にわかる。美容室での鏡越しの会話にかかる心境は劇場的なもので、曲げられた小指の角度や、まつ毛の湾曲、頬のふくらみ、有機的な表面すべてが黄色い照明の光韻を輝いて、深い注意が注がれた細かい絨毛の振動を乱さぬよう小心翼々に息をした。

 地元を離れるまでその美容室を通っていたが、帰省時に偶然再訪する機会もなく、連浩は数年後新しくできた支店の店長を経て独立したという話を伝い聞いた。その後に出会うスタイリストの職の人はみんな優しげで、しなやかで、真面目な人が多かった。

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次週は7/18(日)更新予定。お楽しみに!
 


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