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岬先輩

「誰を敵に回してんねん」

これは先日、尊敬する大先輩から放たれた一言である。



話は先週末にさかのぼる。私は梅田のビッグマン前で、ある人物を待っていた。
およそ3年ぶりの再会。
岬先輩はすこし痩せていた。

女子特有の「久しぶり~」トークをさっさと終え、岬先輩は「どこまで話したっけ?」と私に問うた。


先々週 母校で開催されたセミナーに岬先輩が居たことを知ってから、私は岬先輩にLINEを送っていた。

私:岬先輩居たんですね!会いたかったです!

岬先輩:サキちゃん元気?
    私、年内に離婚するねん。
    夫が複数の女と浮気してた。

私:はい???

こんなやりとりをしましたよねと答えると、岬先輩は「そうだった」と、ここまでの経緯を思い出したようだった。


適当なカフェに腰を下ろし、私は岬先輩の話に耳を傾けた。

先輩の話を要約すると、どうやら夫が複数の女性と浮気を繰り返していたようで、この浮気性は治らないと見切りをつけた岬先輩が離婚を切り出し、慰謝料獲得のために奮闘している最中ということだった。

夫はうまく隠蔽していたつもりのようだったが、岬先輩は、SNS GPS ETCなどなど、あらゆるツールを駆使してデータを収集・分析し、探偵を雇わずして証拠を押さえた。


そして冒頭の「誰を敵に回してんねん」という名言が放たれる。

「ほんまやで」と、私は思った。

岬先輩と私の出会いは、前職でソーシャルワーカーとして働いていた頃にさかのぼる。
右も左も分からない新卒の私を導いてくれたのが岬先輩だ。
あらゆる分野の知識、ケースマネジメントの力、会議のファシリテーションセンスなどなど、岬先輩の才能はもう「天才」と呼称して差し支えないものだった。
まさか離婚においてもこれらの力が総動員されることになろうとは。
てゆーか探偵も雇わずに自力で証拠を押さえて、弁護士に「これだけ証拠を揃えれば大丈夫」とお墨付きをもらうってどんな才能だよ。



しかし、その才能を対人援助に活かそうと思うような人であるから、お人好しというのもまた事実である。


岬先輩の話はだんだん「夫はアディクションだと思う」「治療が必要だが、周辺の精神病院を調べてもアルコール依存がメイン」「性依存に対する支援が不足しているのは‥‥」と、クライエント支援および社会資源の脆弱さを懸念する方向にシフトしていった。

やはりこの人は根っからの援助者かつ研究者なのである。


なんだかなぁ、と私は思った。

「私たちアセスメント力を養ってきたはずなのに、なんでこの力はプライベートで発揮できないんですかね?」

かくいう私も仕事ではほどほどに見立てはできるが、プライベートでは”人を見る目がない”系に属する方である。
人には善意があるはずだという理想を信じ込みやすいからかなと思う。

岬先輩は「ほんと、そう!」と前置きした上で「もう誰も信用できない。独身で生きていく。5年後にマンションを買う。」などと言い出した。

私は冷静に岬先輩をアセスメントし
「先輩、その選択は極端すぎます。選択肢はほかにもあります。人がそんなに極端なことを言い出すのは高いストレスにさらされているときです。」と伝えた。




そして離婚経験者として、私は引っ越し先選びの大切さを説いた。

「日当たり!日当たりが重要なんです!」
「日差し強いくらいでちょうど良いです!」

…思い返すと日当たりの話しかしてなかった気がする。



そんなこんなで離婚報告会はお開きになり、お茶代は全て岬先輩が払ってくれた。
岬先輩を励まそうと思って私から誘ったのに、不甲斐なさすぎる後輩である。

駅前で別れる時、咄嗟に「応援してます!」と岬先輩の手を握った。しかしなぜか3本の指だけしか握れなかった。
岬先輩は「なんで?」という顔をしながら、エスカレーターで駅のホームに登って行った。

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