コーチや住職に学ぶ「傾聴力」とは?
耳を「傾」けて「聴」く
傾聴とは、読んで字の如く、"耳を「傾」けて「聴」く"という意味です。
心理学を源流に持つカウンセリングやコーチングの分野でよく使われる言葉ですが、近年では、経済産業省が提唱する社会人基礎力にも「傾聴力」という言葉が使われるくらい、ビジネスでも注目されているスキルの一つです。
「聴く」と「聞く」
「聴く」と「聞く」は、漢字が使い分けられている通り、明らかに意味が異なる「きく」なのでしょう。
「聞く」は文字通り、振動としての音を認識に言葉に変換することです。振動として伝えられた音に意味を見出し、言葉として認識することです。
「聴く」はどうでしょうか。「聴」は、耳へん+十四の心と書きます。十四が妥当な数字かわかりませんが、多様な心で受け取る行為が「聴く」です。耳だけで無味乾燥に聞くのではなく、全身で、語られない言葉も含めて受け取るのが「聴く」という行為です。
人と関わり合い生きている私たちは、特別な状況に身を置かない限り、「相手の話を聞く」ことをしない日は無い、と言えるでしょう。そういった意味では、人の話を聞くという能力は、個人差はあれど、誰もが持ち合わせている能力だと言えます。
その一方で、「相手の話に耳を傾けて聴く」ことを日常的にできているか問われると、自信を持ってYESと答えられる方は少ないのではないでしょうか。このことは、人の「聴く力」にはレベルがあることを示唆します。
私たちは、日常生活で人の話をきく場合、必要最低限のレベルできいている可能性が高いのです。なぜなら、相手が発する言葉を理解することができれば、大抵の対話は目的を果たせてしまうからです。
職場での会話、顧客との会話、友人との会話、パートナーとの会話、子供との会話。相手の話に耳を傾けて聴いていると、自信を持って言えるでしょうか。相手の問題を一緒に抱えるかのように、聴いているでしょうか。
傾聴は、ただ相手の発した言葉を聞き取りその内容を理解するだけの行為ではなく、特別な聴き方です。ここからは聴く力のレベルに注目しながら、傾聴の本質に迫ってみましょう。
傾聴の3つのレベル
世界最大の対面型コーチ養成機関であるCTIが提唱するコーアクティブ・コーチング・モデルでは、傾聴には3つのレベルがあるとしています。プロのコーチがその違いを明らかにしていきましょう。
レベル1:内的傾聴=自分自身の意識に焦点をあてる
このレベルは、相手の言葉をききながらも、それが自分にとって何を意味するかに意識が向いている状態です。この状態で自分の頭を支配するのは、自分の考えや感情、意見や判断です。相手の話をきいているようで、自分の内側の声に意識の焦点があたっています。
例えば、経験の浅いキャリアカウンセラーは、相手の話をききながら、「次にどんな質問を投げようか?」「どのような求人を提案しようか?」などを考えてしまいます。自分が考えたいこと、話したいことを優先し、相手の本当に大切な話を聞き逃したり、話を深掘りできなかったりすることがあります。
レベル2:集中的傾聴=完全に相手に意識の焦点をあてる
このレベルは、全ての意識が相手に向けられている状態です。つまり、相手が発する言葉やそのニュアンス、さらには顔の表情や声の調子、仕草に表れる感情などに強い意識を向けるということです。
自分の考えや意見、感情などに振り回されることなく、相手から自分に向けて発せられる全ての情報を受け取ります。さらには、相手の話を聴き取り、自分の反応に対する相手の反応も聴き取ることから"2度の傾聴"があると言われます。
レベル2の傾聴をしている場面では、相手が話をしたいことに沿いながらも、能動的に聴いていく姿勢が求められます。周りで起きていることは一切意識に入らないくらいに、目の前の相手に全神経が集中する状態です。
レベル3:全方位的傾聴=自分の周り360度すべてに意識の焦点をあてる
このレベルは、目に見えないものや耳に聞こえるもの、肌で感じられるもの、あるいは感情的なものなど、全ての感覚を総動員して感じ取ります。意識の対象は相手に限らず、全方位360度に注ぐため「環境的傾聴」とも言います。
通常、私たちは、普段の生活においてレベル3で傾聴する必要がないため、ほとんどの人にとっては未体験の行為と言われます。レベル3の傾聴を自然に体得している職業の人として、漫才師や音楽家、俳優、研修講師などが挙げられます。
レベル3で傾聴できると、直感を働かせることが可能です。直感についての説明は別の機会に譲りますが、直感で感じ取った情報は、相手の思考や感情に大きな影響を与え、本質的な変化を促す可能性を持ちます。
※より詳しい内容を知りたい方には、一読をおすすめします^ ^
このように傾聴には3つのレベルがあります。レベルの違いを意識しながら実際に対話をしてみると、自分が各レベルを行き来しながら、相手の話をきいていることに気づくことができます。
特に、相手や環境に意識の焦点を当てることに意識的でない場合は、レベル1へと引き戻される引力が働くことが実感できるはずです。実際のコーチングの場面では、レベル2or3で傾聴をしますが、ときにレベル1に陥るのも自然なことでしょう。大切なのは、自分が今どのレベルでいるかを自覚し、相手のためにコントロールできることではないでしょうか。
『謙虚なコンサルティング』に学ぶ聴き方
別の観点から、傾聴について考えてみましょう。マサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉教授であり、組織心理学と組織開発の第一人者であるエドガー・H・シャイン氏の著書『謙虚なコンサルティング』に学びます。
本書では、「本当の支援を速やかに行う」ためには原則があるといいます。詳細は本書に譲りますが、謙虚なコンサルティングを提供するためには、相手との間にこれまでにない「個人的な関係」を築く必要があるとしています。
その関係性を築くために重要にあるのが「傾聴力」だとされています。相手が最初に話すことをどのように聴くかによって、相手との関係の構築に及ぼす影響がそれぞれ異なるとしています。その傾聴の基本形は、以下3つです。
1.自己中心的に聴く=自分に関心に焦点をあてる
2.内容に共感しながら聴く=相手の重要な問題に焦点をあてる
3.人に共感しながら聴く=クライアントの経験や感情に焦点をあてる
どのように聴くかを選択することは、相手にどのような対応をするかを選択することに等しい。「相手とどのような関係を築きたいか?」という対話の目的に合わせ、内容について聴くのか、人について聴くのかを選択する必要があります。
同時に傾聴はスキルであり、姿勢でもあります。本書では傾聴をする前提となる姿勢として3つのC(Commitment:力になりたいという積極的な気持ち、Caring:クライアントに対する思いやり、Curiosity:好奇心)が挙げられています。
そして、先に紹介した"傾聴の3つのレベル"との関連性は、「自己中心的に聴く」がレベル1で、「内容に共感しながら聴く」「人に共感しながら聴く」がレベル2~3と考えることができそうです。
※より詳しい内容を知りたい方には、一読をおすすめします^ ^
在り方(Being)としての傾聴
ここまでは聴く方法(Doing)にフォーカスをしてきましたが、傾聴する側の在り方(Being)にも触れたいと思います。なぜなら、私たちが何をどこまで表現するかは、「どのように聴いてもらうか」以外に、「どのような人に、どのような存在で聴いてもらうか」にも影響されるからです。
人は本能的に「安心・安全」を求めます。安心・安全が確保できない状況で、自分を開いたコミュニケーションは取れません。仮に傾聴の目的が「相手を深く理解すること」であれば、相手の安心・安全を確保することの重要性は語るまでもないでしょう。
では、人はどのようなときに安心・安全を感じるのでしょうか。それは、相手から「ただ受け入れられた」感覚を持てたときと言われます。"ただ受け入れる"とは、一切の価値判断を排除した状態で、相手を受け止めるということです。相手の存在そのものを素直に受け入れる、とも言い換えられます。
聴き手は話し手の「鏡」です。つまり、聴き手の在り方(Being)が、話し手の在り方(Being)に影響を与えます。聴き手がただ受け入れれば、話しても同様にただ受け入れます。聴き手が安心・安全を感じていれば、話しても同様に安心・安全を感じます。
まずは難しいことは横に置いて、自分が、どのような人にどのような存在で聴いてもらいたいかを想像してみるのはいかがでしょう。どのような存在を前にすれば、自分は開いたコミュニケーションができそうでしょうか。
実体験から語られる傾聴
東日本大震災で移動式傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」という活動を通し、2万人以上の被災者の声に耳を傾けてきた住職が、実体験から掴み取られた傾聴の真理」が描写されています。
「哲学がない人は、人の話を聴けない」
「『他者肯定』と『自己否定』を絶え間なく繰り返すのが、傾聴の極意」
「傾聴を通し、その人が持つ固有の『物語』を聴き、そしてそれを肯定してあげることで、その人の心を動かすことができる」
「自分の半径20メートルの範囲にいる人の話をよく聴きなさい」
「傾聴で相手の人生に寄り添うとき、何か結果を求めるのは傲慢なこと」
「もぞっこさげねえ」
実体験に裏付けられた力強い言葉と慈悲の心が、傾聴の核心に迫ります。
まとめ
以上から、傾聴のポイントは、
● 話の聴き方のレベル(違い)を理解する
● 話の聴き方を意識的に使い分けるようにする
● 相手へのコミットメント/思いやり/好奇心を持つ
● 相手に安心・安全をもたらす在り方(Being)でいる
● 傾聴とは共感であり、共感とは"慈悲の心"である
にあると言えます。
真に相手の役に立つためには、相手の思考や感情、置かれた状況を潜在的なレベルも含めて理解するように努め、本当に相手が心の底から重要だと思っていることを焦点をあてる必要があります。
社会の価値観、思考、感情は今後ますます多様化していきます。国や組織、世代を越えて信頼関係を築き、円滑なコミュニケーションを実現するのは、「目の前の相手を尊重し、理解する」シンプルな能力かもしれません。
それを実現する「傾聴」というアプローチは、生活やビジネスの様々な関係構築・コンサルティングの場面で、これからより一層、有効なスキルになることでしょう。
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