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公園の片隅、バニラとソーダと蝉の音。

「星くんは悩みとかなさそうでいいよね……」
パウチの袋に入ったバニラアイスを咥えたまま、蜜は器用に喋る。蜜の視線の先で、誰も居ないブランコが静かに揺れていた。
星は、何か気になることでもあるのか、公園の向かいのコンビニエンスストアの入り口をずっと眺めている。
僕は手元のフローズンヨーグルトを掻き回しながら、空を見上げる。
青い空、掴めそうなくらい滑らかに丸く浮かぶ白い雲、ブワブワとビルに反響して降り注ぐ蝉の音。
ハードなトレーニングとダンスレッスンが終わったところで、氷風呂がまだできていないことに気付き、3人でサウナの様に暑い陽射しの下へと飛び出した。
いつものように、僕らは小さな公園の片隅に据えられたベンチに座って、それぞれ好きなアイスを食べる。トレーニング室の隅に設置されたプールの水が溜まるまでの暇つぶし。
「ミッちゃんさ。悩みがなさそうに見えるのと、悩みが無いのは、違うだろ?」
諭すようにポツリと投げ返した星の言葉には、僅かな哀愁が漂う。視線は相変わらずコンビニエンスストアの入り口に向けたままだけど。
「じゃあ、星くんの悩みって何?」
「無いけど。」
「無いんかい。」
即答する星に思わず突っ込みを入れて、僕は木ベラを口にする。
氷の粒子の混じるヨーグルトは、一瞬で体温に混じり、喉の奥へと流れ落ちる。
「無いね。あるように見える?」
いかにも甘く冷たそうな水色のソーダ味の氷菓子を齧って、星はその棒を指先で弄ぶ。
「どうだか。」
咥えたパウチを薄く絞りながら、蜜は器用に溜め息をついた。
「あ、当たった。」
青い空に、ソーダの色が薄く残る平たい棒が差し込まれて欠ける。星の短く整えられた爪先。
釣られるように蜜も視線を送って、目を細めた。
「ホントだ。あるんだ、当たりって。」
顔を寄せて見上げていると、視界の隅で何かがこちらを振り返った。
見ると、公園の横の通りを結城さんが首を傾げながら通り過ぎて行く。
「暑いな……」
「うん。」
空に翳した当たりの棒を、蜜と星は写真に納める。
ついでにカメラを内側に切り替えて、スリーショットを撮った。
「棒目線。」
「見下ろされてるじゃん。」
「棒に?」
「棒に。」
首筋を汗が伝い落ちる。Tシャツはとっくに濡れて重くなっていた。
「暑い……」
星のシャツが肌に張り付いて、背中が透けている。
「そろそろ限界。」
「ボク、まだ平気。」
「俺ももうちょいイケる。」
「氷風呂、そろそろ出来ただろ。」
「戻るか。」
「戻ろ。」
立ち上がって伸びをすると、僕らは並んで歩き出す。
「先にシャワー浴びないと、健さんに怒られるよ。」
「健二くん、入らないじゃん?」
「あいつ意外と繊細だから。」
「繊細だからじゃなくて、星がいたずらするからだろ。」
「いたずらってほどでもないだろ。ちょっと短パン引っ張っただけだ。」
モゴモゴと言い訳めいた星の言葉に、蜜はくつくつと笑って「くっだらない」と呟いた。

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