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問い続ける森村泰昌

森村泰昌は大阪生まれの現代芸術家です。

主にセルフポートレイトの写真作品を発表しているのですが、その作風は名画に入り込んだりロックスターや文豪になったり、ぱっと見、わかりやすいキャッチーさと、大坂人らしいサービス精神を感じます。

こちらは1985年のデビュー作<肖像(ゴッホ)>です。

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こちらの作品は絵に見えますが、写真なんです。衣装も小道具も背景も作り、メイクを施して写真に収まったそうです。
この奇妙な作品から、彼の現代芸術家としての活動が始まります。

下は同じゴッホシリーズですが、コンピューター合成する技が加わりました。複数の人物を一人で演じるので合成が必要になってくるわけです。

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ご覧いただいて「えっ!?これが芸術…?」ってなっちゃってる人もいると思うんですが、現代美術は作品に込められた見えにくいメッセージまでも含めて作品なのですよね。むろん「こんなものは芸術だなんて認めんぞ!」っていうスタンスも当然ありだと思います。なんでしょう、現代芸術って受け手の感情や思考の化学変化みたいなものも含めて作品だと思うのです。

というわけで、ヘッダに使った作品<肖像・双子>と下の作品<モデルヌ・オランピア>、名画オランピアを元にした作品は比較的イメージがわきやすいと思いますが、<肖像・双子>については、主人(白人)と召使(黒人)を対比させた人種問題、白人女性を日本人男性が演じる人種・ジェンダー問題、<モデルヌ・オランピア>は蝶々夫人などを思わせつつ献身と搾取であったり、女性の男性への服従であったり、色々想像を巡らせられるのです。

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<モデルヌ・オランピア>



森村泰昌作品にはさまざまなシリーズがありますが、以下は<Mの肖像>シリーズです。名画以外の人物になり切り始めたのもこのころからですかね。

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イニシャルMを持つ名画やスターになりきりる森村さん。

女優シリーズという作品もあり、古今東西の女優に扮する森村さん。

シリーズが発表された当時は今ほどジェンダーについて深く論議されることがなかったのですが、作品を拝見した時はジェンダー問題や、性同一性障害など、様々なマイノリティについて思いを馳せてしまいました。

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さらに言うなら、「芸術作品=しかめっつらしく見て感動する」という決まりきった鑑賞さえも「それでいいのかな?」と問いかけられている気がします。

過去何回か森村さんの展覧会を見ていて、少なからず失笑・爆笑する観客を見たからです。
もちろん私も「ぷっ」と噴き出したりするところもありました。

森村さんは、結構狙ってくすぐりかけて来ている作品もあるので、芸術全体の在り方を問うているのかもしれません。

まぁ、本当のところはご本人しかわからないとは思いますが。

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