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街とその超えられない壁(2023.4.28)

Bump of Chickenが「関ジャム」に出ていた。彼らはあまりメディア露出をすることがないため、録画して興味深く見た。Bump of Chickenは「天体観測」で衝撃デビューをして以来、常に前線で活躍しているバンドだ。ライブには若者の姿も多く、幅広い支持を集めている様子がうかがえる。テレビのスタジオでは現役バンドマンを中心としたフォロワーたちが思い出を語っていた。彼ら以外にも影響を受けたミュージシャンは多いだろう。フロントマンである藤原基夫の貴重なインタビューもあり、歴史的価値のある番組だったように思う。

今はないかもしれないけれど、かつては「テレビに出ること」がミュージシャンにとってセルアウトだと思われていた時期があり、特にロックバンドにとって顕著だった。地上波に出ることが反権威主義のロックにとってあまり好ましくはなかったのだ。ヒップホップシーンでもその圧力が強く、KICK THE CAN CREWRIP SLYME、Dragon Ashは当時、大きなDISの受け皿となり、「公開処刑」され、外野のオーディエンスたちはそれに「拍手喝采」を送った。今思うと、なんとも器量の小さな話ではあるが、当時はみな大真面目だった。けれどそれも昔の話。TVがその影響力を失っていくにつれて、インディーバンドやラッパーの露出が受け入れられるようになっていった。これはSNSの発展による宣材方法の変化も関係しているだろう。

再録された「天体観測」は現在サブスクで配信されている。多くのバンドにおいて言えることだが、インディーズの楽曲は演奏技術も荒く、ミックスも適切なバランスを欠いている。しかしそれがインディーズの持ち味であり、洗練を良しとしないファンもいる。「天体観測」を再録した理由について藤原は「かつての自分ができなかったこと、やりたかったことを今の自分が手伝う」というふうに言っていた。これは正確な引用ではない。もっと言うとこれがライブでの発言なのか関ジャムでの発言なのかすら判断がつかない。けれど、確かなのは彼らが「過去の自分たち」と「現在の自分たち」の「8人」で「天体観測」の再録を完成させたという事実である。

さて、一本補助線を引こう。4月に村上春樹が待望の新刊を出したことは記憶に新しい。村上は『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』のあとに,短編「街と、その不確かな壁」を発表したが,「中途半端」であったとし,それを『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』として上書きした。村上は短編と長編を交互に書いており,短編が長編へのスケッチとして機能することも少なくない(たとえば「」は『ノルウェイの森』に,「ねじまき鳥と火曜日の女たち」は『ねじまき鳥クロニクル』へとその姿を変えた)。「街と、その不確かな壁」は長編へと生まれ変わったが,村上は,「ハードボイルド・ワンダーランド」を並走させない「街」をリライトすることを目指し、『街とその不確かな壁』を新作として上梓した。あとがきで村上はこう述べている。

この作品(「街と、その不確かな壁」筆者注)には、自分にとって何かしらとても重要な要素が含まれていると、僕は最初から感じ続けていた。ただそのときの僕には残念ながら、その何かを十全に書き切るだけの筆力がまだ備わっていなかったのだ。(略)一昨年(二〇二〇年)の初めになってようやく、この「街と、その不確かな壁」をもう一度、根っこから書き直せるかもしれないと感じるようになった。

『街とその不確かな壁』2023年,新潮社,
pp.657-659

これは手段の違いこそあれ、藤原が言っていたのと同様の内容である。年齢を重ね、スキルを身につけると過去の作品の「粗」が気になることは避けられない。もちろんその不器用さや実力不足なアティチュードが魅力的だったりするわけだが、それに「やすり」をかけたくなってしまうのは仕方ないことだろう。しかし、作品を半永久的に更新することはできない。変わり続ける作品は「作品」して成立せず、批評の対象にはなりえないからだ。「完成」し、第三者によって読まれたものが「作品」となりえる。村上は「真実というのはひとつの定まった静止の中にでなく、不断の移行=移動する相の中にある」(『街とその不確かな壁』p.661)と良い、それが「物語の真髄である」と喝破している。卓見である。

すべての小説に言えることだが、「作者が知らないこと」は原則として書くことができない。作品には世界をコントロールしている作者の「知っている対象」しか登場しない。しかし、書き落とされた「余白」を読者が想像力で補完することで、地と図が反転することがある。初期の村上作品はその「書かれなかったもの」による余韻が読者に大きな印象を残していたように思う。現在の村上は「たとえば、読む人にとっては、書けないことをすっ飛ばして書いていた若いころの、すっ飛ばし方が好きだという人もいるでしょう」と、その過去に自覚的である。「知らないことは書かない」というミニマルなスタイルが村上文学にある種のグルーヴと知的快楽を生んでいたことはたしかだ。その「書き落とし」は海外文学的エクリチュールとの相乗効果によって、ドメスティックな文壇に衝撃を与えた。しかし、もちろんこの欠落は初期村上の文学性を少しも毀損するものではない。むしろ「欠落」の実存を、「ドーナツの穴」のように捉えることで、村上文学は深いテーマ性を獲得できたともいえる。

「街と、その不確かな壁」は、70を過ぎ、円熟期を迎えた村上によって深化し、長編として生まれ変わった。それは40年前の村上には書けなかった「世界」であり、冴えた筆致で「街」はよりその輪郭を濃くしている。かつての瑞々しい文体のほうが望ましいという読者も少なくないだろう。しかし年齢を重ねれば考え方も文体も変化していくのが自然であり、かつて「書けなかったこと」が書かれている点に本作の意義がある。

ややネタバレになってしまうけれど、「超えられない壁」の向こうへ行く方法を村上は「誰かに抱きとめてもらえると信じること」と登場人物に語らせている(ポール・オースターならそれを「愛」と表現するだろう)。過去の苦しんでいる自分、なにもできずに泣いている自分を抱きとめてやれるのは現在の自分しかいない。先が不透明でも未来を信じれば大丈夫。昔の自分と今の自分の二人ならば。「未来の自分」と「過去の自分」の交叉点である現在にこそ実存を賭ける価値があると『街とその不確かな壁』に対する作者の姿勢から改めて感じた。それは創作をする人だけでなく、万人にも響く考え方ではないだろうか。

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