164.カモン カモン(2021)
全編を通してモノクロである。しかし,モノクロが色づいて見えるほど本作は美しいショットに溢れている。見えなければ見えないほど,観客は想像力を刺激される。映画と観客はそうやって蜜月関係を築いてきた。独身男性であるジョニー(ホアキン・フェニックス)が,甥ジェシー(ウッディ・ノーマン)を預かり,2人でNYで数日,生活するというのが本作の骨子であるが,ジョニーがインタビュアーという設定から,作品内にはドキュメンタリーのような雰囲気が漂っている。作中でジョニーは一般人に,そして子どもたちにインタビューをする。彼らの回答が台本通りなのかそれともアドリブなのかはわからないが,どれも心に響くような至言ばかりだ。個人の内奥から産み出された借り物でない言葉はどれもリアルであり,それらの言葉は抒情詩となって映画を彩る。モノクロの映像に色を加えていたのは「言葉」だったのかもしれない。ジェシーは貸してもらったマイクで環境音を聴き,世界を「再発見」する。私たちの周りは音で溢れているが,それらは意識しなければ聞き逃してしまうものばかりである。「マイク」を通すことで,ストリートの雑音や海のたてる波音,人々の話し声が普段とは違う聞こえ方をしていることにジェシーは気づく。それは彼の世界認識を変え,価値観を揺さぶる。彼は身近な大人であるジョニーから世界の見方を教わったのだ。しかし,時に二人はぶつかりあう。ジェシーには子供がなく,甥の扱いに難儀するが,やがて和解し,より良い関係を築くこととなる。ジョニーは良い歳をした大人であるが,6歳のジェシーから多くを教わったのだ。教師が生徒から教わるという教育的関係と相同である。人は他人を媒介として成長していく。そこに年齢は関係ない。ジョニーがクレア・A・ニヴォラの『星の子供』を朗読するシーンは人生に疲れた観客たちを慰めるだろう。ジョニーもジェシーも私たちもみな同じ「星の子供」なのだ。世界は変わらず残酷だけれど,それでも美しく見えるような瞬間は,たしかにある。
監督*マイク・ミルズ
主演*ホアキン・フェニックス
2021年
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