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外に出てみると見えてくるもの

疲れる。非常に疲れている。原因はわかっている。アレだ。アレ。

アレというのは、行政での子どもの発達相談である。

なんでも、子どもの身体や精神発達(詳しく言えば、運動機能など6分野)を検査して、その子どもの発達を見立てて、保護者に助言できる心理判定員がいないそうで、完全なる売り手市場だ。ヒャッハー!

でもない。断じて!

わたしは、この分野の仕事をして10年以上なので他分野ではややベテランなのかもしれないが、勤続30年クラスのベテランの先生がわんさかいるところなので、ペーペーである。

だから、ある程度、仕事の内容もわかっているし、対応のレパートリーも増え、ある意味、ルーチンワークとも言える。けれども、そうとも言い切れない。

なんせ行政の仕事だから、何より相談者を選べない。行政の地域支援サービスの無料相談だから、聞いて行くかレベルから、なんか来させられちゃったレベルまで、様々である。

精神科クリニックなど医療で診療費を自腹で支払っての相談ではないから、要するに相談ニードは低いし、双方のニードは噛み合わないこともザラ。

また、有料の相談ならば、相談料は自由に設定できるし、また、選べるから、自ずとクライエントの社会環境も偏りが出てくる。

そういうわけで、当たり前だか、文化、思想など様々な環境が異なる人の話を聞き、然るべき方向へと話を進めないとならない。

時々、他の窓口から、地域住民が職員に怒鳴りつける声も聞こえたりして、役人は公僕といえ、それはないのでは?と、思うこともしばしばだ。というわけで、役所は住民のクレームを恐れている。

こうして、分析していると、日本には厳格な階層はないと言われているけれど、いやいや、地域による文化の違いがソレだよ。と、思う。

実際、子どもの教育格差が親の収入格差だというデータは、世界各国で共通だし、日本でもそのような研究結果はあるのだが、あまり公にはしていない。

アメリカではそのような教育格差を是正するための政策がなされている(例えば、NCLB法 どのこも置き去りにしない法)。

日本でも貧困率が上がっている。教育の機会均等が保証されている日本では、このようなことは起こらず対岸の火事と思うかもしれない。

でも、そうでないことを相談業務の後の職員カンファレンスで、深いため息をつきながら職員たちは、吐き出す。

このような業務後の振り返りはデブリーフィングと言い、心理的支援業務が負担になったり、心的負担にならぬようにする。われわれ、心理的支援者の燃え尽き防止だ。

いづれにせよ、現場にいると、さまざまな人がおり、さまざまな背景があるのだなぁと、普段、研究の世界や守られた世界で生きていると出会えないことにいつもびっくりしている。


論文や所見書き、心理面接にまみれているカシ丸の言葉の力で、読んだ人をほっとエンパワメントできたら嬉しく思います。